走れ、絶望に追いつかれない速さで

走れ、絶望に追いつかれない速さで

作品情報

製作年 2015年
製作国 日本
上映時間 83分

新着感想・ネタバレ

____RiN____の感想・評価
『ウワアア!監督同い年いいい!』

だからでしょうか、もう、いちいち、いちいち思い出を引っ張りあげられる。この映画のひとつひとつの場面たちが、わたしの拙い人生の何某かをいちいち釣り上げる。そういう釣り針で溢れている。

たとえばこれは喪失の物語で、近い作風では橋口監督の「恋人たち」があるけれど、わたしにはまだ、妻と子供を亡くす痛みは、想像はできてもどこか夢物語でした。それよりもずっと、「親友の突然の死」のほうが、リアリティのある悲劇であり、その親友の昔の恋人のほうが、リアリティのある存在なのです。
親友との青春の日々は、わたしにもこれでもかと覚えがあり、たとえば朝方の駅前通りでのやりとりや、たとえばマグカップで飲む安酒の味は、手に届く範囲にあるのです。
そして、常に傍にある緩く柔らかな絶望の影。これは、不況ネイティヴや悟り世代と称される、独特の空気感なのかもしれません。

忘れようとしていたあの人のあの言葉とか、あの日の虚勢とか、あの朝の後悔とか、小さな嘘と大きな嘘とか、蓋をして奥にしまって埃をかぶっていたはずの思い出たち。そういう、実にパーソナルなものと、恐ろしいほどリンクしてしまいました。

引っ込み思案で感情を表に出すことが苦手な主人公・漣。対照的に、人当たりが良く甘い顔の美男でいつも輪の中心にいるような親友・薫。そんな彼の突然の自殺を受け入れるため、薫のルーツを探す旅に...
Ryosuke_Ohbaの感想・評価
2016年のミニシアター映画ランキングに入ってくるであろう傑作青春映画です。素晴らしかった。83分にまとめた手腕は評価されてしかるべきでしょう。

本作が表現しているのは青春の終わり。つまり、「自分の分身とも言える親友が去り、青春は終わった」という話なのです。それは、スコット・フィッツジェラルドが『グレート・ギャツビー』で表現し、レイモンド・チャンドラーが『ロング・グッドバイ』で表現し、村上春樹が『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』で表現したものと同じものです。本作は、かの傑作たちの流れを汲んだ正統派青春物語なのです。

『グレート・ギャツビー』は1925年、『ロング・グッドバイ』は1953年、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』は1985年とおおよそ30年周期で語り継がれている物語類型なのですが、本作が春樹から30年経て発表されたことはまさにその正統な後継であることを示唆する要素のひとつと言えるでしょう。

監督の中川龍太郎は1990年生まれと非常に若い監督。才能があるクリエイターであり、映画を撮ることが難しい現状をふまえて、10年に1本の傑作を作るのではなく、10年連続で駄作を作りたいと発言するなど、その姿勢は尊敬に値します。

個人的には10年に1本傑作を撮る監督の方が好みなのですが、中川監督は表現の本質をふまえて上記のような発言をしているので、是非、次の作品も観てみたいと思いました。
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