2017年7月6日更新

エルマー・バーンスタイン、『大脱走』などハリウッドには欠かせなかった作曲家を紹介!

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エルマー・バーンスタイン

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エルマー・バーンスタインは幼いころから才能に溢れていた

1922年4月4日のニューヨーク、ウクライナ人とオーストリア=ハンガリー人の両親の元にエルマー・バーンスタインは誕生しました。子供時代から芸術の才能にあふれ、プロのダンサーや子役であっただけでなく、絵画でもいくつか賞を受賞していたエルマー。 15歳の頃にはニューヨークのスタインウェインホールで若きピアニストとして初めてコンサートをしました。

エルマー・バーンスタインが作曲家になるまでの道

バーンスタインは作曲家のアーロン・コープランドの勧めで、ロジャー・セッションやシュテファン・ヴォルベなど有名な作曲家のもとで作曲について学びました。 第二次世界大戦中には、アメリカ陸軍航空軍のラジオ番組の制作に従事し、そこで初めでドラマ用の音楽を作曲する楽しみを味わいます。 終戦後は再びクラシックピアノの世界に戻りますが、その傍らで国連やアメリカの伝説的ラジオ脚本家、ノーマン・コーウィンのラジオ番組用に作曲し続けました。

ブレイクのきっかけは?

1950年、バーンスタインの古くからの友人である放送作家のミラード・ランペルが、自らが執筆した野球映画に新人作曲家を起用すべきだと説得。プロデューサーのシドニー・バッチマンに打診したことがバーンスタインブレイクのきっかけでした。 この『Satureday’s Hero(原題)』はコロンビアピクチャーズによって製作され、1951年に公開されました。

グレーリストにも載っていた・・・

1952年、ジョーン・クロフォードのスリラー映画『突然の恐怖』に採用されたバーンスタインの楽曲は批評家を魅了しました。 しかし1953年までの間に、バーンスタインは自らが”グレーリスト”に名前が載っていることに気づき、これまでのような大きな仕事からは手を引き、B級映画の仕事をするようになります。 当時バーンスタインは、共産主義寄りの新聞であるデイリー・ウォーカーで音楽の批評を書いており、また有名な党員と長い付き合いがあったため、”グレーリスト”に名前が載ってしまったのです。

バーンスタインの快進撃がはじまる

“グレーリスト”に名前が載る一方でバーンスタインは『オクラホマ!』(1955)のバレエシーンのリハーサルピアニストを務め、またダニー・ケイの妻、シルビア・ファインに『The Count Jester(原題)』(1955)で使用する楽曲を書き下ろしました。 音楽スタジオの経営者がバーンスタインを気の毒に思い、当時『十戒』(1956)を撮影中で劇中のダンスに使う古代エジプト風の音楽を探していたセシル・B・デミルを紹介。 もともと契約していたヴィクター・ヤングは健康上の理由で辞退し、デミルはバーンスタインを代役として起用しました。ちなみにセシル・B・デミルはゴールデングローブ賞にも名前が賞になっているほど有名な映画監督です。

アカデミー賞に初ノミネート

『十戒』に取り組んでいた1年半の間にバーンスタインはオットー・プレミンジャーの『黄金の腕』(1955)用に革新的なジャズのスコアを作りました。 『黄金の腕』のサウンドトラックは1956年のビルボードアルバムチャートで2位になり、映画のサウンドトラックで初めてヒットしたアルバムの一つとなります。 バーンスタインは晴れてハリウッドの一流作曲家として名を馳せ、“グレーリスト”の噂もなくなりました。 『黄金の腕』の楽曲は初めてアカデミー賞にノミネートされ『成功の甘き香り』(1957)や『ねずみ競争』(1960)、『荒野を歩け』(1962)を含む、バーンスタインのジャズシリーズも発売されました。

ミュージカル音楽の達人

ジャズの楽曲に加え、60年代には西部劇の仕事が主になり、バーンスタインはアメリカンミュージカルの達人としての評判も獲得しました。 躍動感のある楽曲『荒野の七人』(1960)がアカデミー賞に再びノミネートされ、さまざまな種類の西部劇の仕事をオファーされています。

エルマー・バーンスタインは伝説の作曲家へ

バーンスタインの楽曲はこれまでに14曲アカデミー賞にノミネートされ、『モダン・ミリー』(1967)ではアカデミー作品賞を受賞しました。またゴールデングローブ賞では2曲受賞し、グラミー賞でも2曲がノミネートされました。 バーンスタインが亡くなる数年前、『大脱走』(1963)のテーマがサッカーのイングランドサポーターの間で試合中に歌われるようになり、バーンスタインはカルト的な地位を得ました。 バーンスタインは2004年8月18日にこの世を去っています。

誰もが一度は耳にしたことのあるはず!バーンスタインの有名曲

「これ聞いたことある!」と思わず言ってしまうであろう、バーンスタインの楽曲の一部を紹介します。ぜひ最後までお楽しみください!

『荒野の七人』(1960)

バーンスタインがアカデミー賞に2度目にノミネートされた曲です。 『荒野の七人』は黒沢明監督の『七人の侍』(1954)を西部劇に置き換えて製作された傑作映画。大ヒットし、続編も第4作『荒野の七人・真昼の決闘』(1972)まで制作されました。

『大脱走』(1963)

『大脱走』は史実を基に制作された戦争映画です。戦争映画ですが、メインは脱走。捕虜収容所に捕らえられた連合軍の兵士たちが脱出不可能と言われた収容所から大量脱走を企てるストーリーです。 監督は『荒野の七人』と同じジョン・スタージェスで、『大脱走』もまた大ヒットしました。“大脱走のマーチ”はサッカーの試合でイングランドのサポーターに歌われています。また、以前日本でもCMで起用されていました。

『ゴースト・バスターズ』(1984)

言わずとも知れた有名作です。3人の科学者が幽霊退治に奮闘するSFコメディ映画。当時は社会現象になるほど大ヒットしました。 1989年には続編の『ゴーストバスターズ2』が公開されただけでなく、2016年には主役全員が女性ということで話題になった、リブート版も公開されました。