2016年11月28日更新 133view

岸田今日子、童話作家としても大成功を収めた女優を紹介!

妖艶な容姿と圧倒的な存在感を持ち、映画『砂の女』の怪演などで知られる女優、岸田今日子。2006年にこの世を去った昭和の名女優について、元夫で俳優・仲谷昇や一人娘との関係、声優や大成功を収めた童話作家としての活躍などをご紹介します。

岸田今日子のプロフィール

岸田今日子

岸田今日子は、1930年4月29日生まれ、東京都出身の女優・声優・童話作家。文学座の創設者で劇作家・岸田國士、翻訳家の母を両親に持ち、姉は俳人で童話作家・岸田衿子という、芸能・文筆一家に生まれました。

舞台芸術に興味を持ち、高校卒業後は舞台美術家を志して、文学座付属演技研究所に入ります。裏方の研修生だったはずが、女優に転身し1950年に『キティ颱風』で初舞台を経験。1963年に『にごりえ』で映画デビューしました。以後、舞台・映画・ドラマなどで、高い演技力と存在感を発揮してきました。

ドラマの主な出演作は、お茶の間での知名度を上げた『男嫌い』、従弟・岸田森との共演作『傷だらけの天使』や語り手を担当した『大奥』。映画では市川崑監督の『犬神家の一族』、『学校の怪談2』や『八つ墓村』などがあり、2006年に死去するまで第一線での活躍を続けました。

若いころは舞台で圧倒的な存在感を放った

岸田今日子

1950年に初舞台を踏み、60年の三島由紀夫演出の『サロメ』で主役に抜擢されました。それ以降、テアトロン賞を受賞した『陽気な幽霊』を始め、多くの舞台で大役、難役を任されるようになります。

1963年には芥川比呂志らと文学座を脱退し、「劇団雲」を経て75年の「演劇集団 円」設立に参加。鋭い感性と圧倒的な存在感を発揮し、『壊れた背景』などの別役実作品の大半に出演しました。

『マクベス』や『欲望という名の電車』といった、翻訳劇にも意欲的に挑戦し、第一線で活躍するその存在感から”怪演”と称されたことも。雰囲気のある妖艶な容姿を生かす悪女役、ユーモラスな役も自在にこなす演技力は、若い頃から高い評価を得ていました。

映画『砂の女』の怪演で実力派女優の地位を確立

『砂の女』

1963年公開の映画『砂の女』は、安部公房の同名小説を映画化した作品です。安部の代表的作品であり、近代日本文学の傑作の一つと言われるこの小説は、海外でも高い評価を得ています。

海辺の砂丘に昆虫採集に来た男が、一人の女が住む砂穴の家の中に閉じ込められ、逃亡と失敗を繰り返すもやがて砂の世界に順応していく様を描く物語。岸田今日子は、男を砂の世界に引きずり込む未亡人を怪演し、1964年にブルーリボン賞の助演女優賞を受賞しました。

また作品自体も、カンヌ国際映画祭など国内外の映画祭で数々の賞を受賞。岸田の名は一躍世界でも知られるようになり、62年の『破壊』での好演も相まって、実力派女優の地位を確立しました。

文学座の2枚目俳優だった仲谷昇と結婚

仲谷昇

出典: cinema.ne.jp

1954年、文学座に所属し2枚目俳優としても評判だった俳優、仲谷昇と結婚。仲谷は岸田と同じ『にごりえ』で映画デビューを飾り、舞台・映画・ドラマなどに幅広く出演、貴重な存在として活躍しました。

最初の妊娠が発覚するものの、休むことが難しい仕事への影響を考慮して流産を決断し、以降は演技にさらなる磨きをかけていくことに。1968年に2度目の妊娠で長女を出産、「キリンビール」のCMでも夫婦共演を果たすなど、世間からは”おしどり夫婦”として認知されていました。

しかし、女優業が忙しくなるに連れて仲谷と上手くいかなくなり、1978年に離婚。夫婦の縁は切れても、「劇団雲雲」・「演劇集団 円」と行動を共にし、同志のような関係が最後まで続いたそうです。

朗読などを収録した”おはなしアルバム”で娘と親子共演していた!

『おはなししてよ かあさん~小さな娘のために・岸田今日子~』

1998年には、3歳(収録時)だった一人娘・まゆさんとのお話や歌、岸田の朗読などを収録したCD『おはなししてよ かあさん~小さな娘のために・岸田今日子~』が発売されました。

永い付き合いの友人が、「親子の中で何かが生まれる所をレコードにしてみよう」と提案し、1度レコードとして発売したものをCD化したそう。岸田の自宅に録音機が持ち込まれ、1日に何時間も長回しした録音テープの中から、可能な限りそのままの声を生かして制作されています。

歌や朗読などで綴られる娘への愛情から見えるのは、”女優”ではない”母親”としての姿。娘は両親と同じ道に進まかったものの、この親子共演はとても思い出深いものになったでしょうね。

ムーミンの声で知られる声優・ナレーターとして幅広く活躍

『ムーミン』

トーベ・ヤンソンの同名小説などを原作とした、アニメシリーズ『ムーミン』。この1969年版・1972年版で、主人公ムーミン・トロールの声を演じているのが、岸田今日子なのです。

この仕事を請けたのは、娘に仕事を理解してもらおうという思いからだそうで、毎回スタジオに連れて行き収録を見せていたと明かしたことも。ムーミンが子どもから愛され、独特の性質と情感あふれる読みが注目されると、声優・ナレーターとして多様なジャンルの番組に起用され始めます。

活躍の場は多岐に渡り、ラジオドラマや吹き替え、文学作品の朗読も多数行っていました。宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』や『向田邦子作品集』のほか、自ら書き下ろした作品も朗読していたようです。

幅広い分野の執筆を行い童話作家としても大成功

『子どもにしてあげたお話 してあげなかったお話』

女優だけでなく、作家としても豊かな才能を発揮し、エッセイから翻訳まで幅広い著作を発表しました。

特に児童文学・童話への造詣が深く、童話作家として『こどもにしてあげたお話 してあげなかったお話』、『大人にしてあげた小さなお話』などを出版。1998年には『妄想の森』で日本エッセイスト・クラブ賞を受賞し、絵本も積極的に創作していた岸田は、晩年まで執筆活動を続けていたのです。

そのほか、所属した「演劇集団 円」が毎年年末にシアターXで上演している、子どもも楽しめる舞台「円・こどもステージ」の企画も担当していました。

2006年12月17日に76歳で死去した岸田今日子

岸田今日子

岸田今日子は、2006年12月17日に脳腫瘍による呼吸不全のため、76歳で死去しました。

11月16日に仲谷昇が死去したばかりで、元夫の訃報は娘から伝えられるも、認識できたかどうかも分からないほどの状態だったとのこと。1月下旬に脳腫瘍で入院して以降、娘や孫たちの必死の看病で小康状態を保ちましたが、17日の午後に家族に看取られました。

葬儀は近親者のみで行われ、喪主は一人娘の西条まゆさんが務めたそうです。付き合いの深い親友、女優の吉行和子や冨士眞奈美も出席し、人々は昭和の女優がまた一人去ったことを惜しみました。

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