2016年12月7日更新 1,008view

浅丘ルリ子、若いころがきれい!石坂浩二との関係とともに迫る!

芸能生活は60年を超え、現在も映画・ドラマ・舞台など、第一線で活躍を続ける女優・浅丘ルリ子。1971年に結婚し、後に離婚した俳優・石坂浩二との関係も交えつつ、若いころが可愛いと噂のベテラン女優の軌跡に迫ってみたいと思います。

浅丘ルリ子のプロフィール

浅丘ルリ子

浅丘ルリ子は、満州国新京子市出身、1940年7月2日生まれの女優。日活株式会社(日活)や石原プロモーション(石原プロ)を経た後、芸能事務所「舞プロモーション」に所属しています。

1955年に銀幕デビューを果たし、小林旭の三大アクション・シリーズや『夜霧よ今夜も有難う』を始めとする石原裕次郎のムード・アクション・シリーズなど、日活映画の看板女優として活躍するほか、主題歌などを中心に多くの曲を発表し、歌手としても有名になりました。

ドラマの出演作も、NHK大河ドラマ『竜馬がゆく』や『冬物語』など多数あります。1980年代は活動の場を舞台に移すも、2000年に入ると再び映画に戻り、『博士の愛した数式』といった話題作に出演しました。

2017年のNHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』にも出演!

浅丘ルリ子『おんな城主 直虎』

出典: natalie.mu

2017年には、今川義元の母・寿桂尼役で出演するNHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』も放送予定。76歳を迎えた現在も、常に第一線で活躍を続けているベテラン女優です。

1955年に映画『緑はるかに』で銀幕デビュー

緑はるかに

浅丘ルリ子は、1955年の映画『緑はるかに』のヒロイン、ルリコ役で銀幕デビューしました。

中学校在学中、14歳だった1954年の夏。北条誠の小説『緑はるかに』が映画化されるに当たって、ヒロイン役を募集していることを知り、両親の賛成を得て応募したそうです。約3000人の中から、挿絵を担当していた中原淳一による強い推薦で選ばれ、見事にヒロイン・ルリコ役を獲得しました。

また、芸名・浅丘ルリ子の”ルリ子”も、中原が名付け親だと明かしています。当時は役柄のヘアスタイルが”ルリコカット”として流行し、一躍美少女として脚光を浴びることになりました。

歌手として『愛の化石』でオリコン2位を獲得

浅丘ルリ子『愛の化石』

歌手としても知られており、1960年代を中心に多数のシングルを発売。日活時代から多くの出演映画で主題歌を担当し、石原裕次郎とのデュエット曲『夕陽の丘』はミリオンセラーになりました。

その後、自身にとって久々のヒット曲となったのが、1969年のシングル『愛の化石』です。浅丘のナレーションに始まり、語りと歌を組み合わせた形のバラード曲だそう。B面曲には『お願い帰って』が収録され、オリコンチャート最高順位2位を記録するなど大きな話題を呼びました。

翌年の1970年には、浅丘ルリ子と田宮二郎主演で映画化されました。公開後は門外不出、幻の映画と呼ばれていましたが、2016年に石原プロで原版フィルムが見つかりDVD化されています。

浅丘ルリ子の若いころがきれい!美しさの秘訣は?

浅丘ルリ子

出典: cinema.ne.jp

芸能生活は60周年を迎え、現在は円熟した魅力を放っていますが、若いころがとてもきれいなんです!

目が大きくぱっちりとしていて、非常に美しい顔立ちの女性という印象ですね。銀幕デビュー後は、美少女だと注目を浴び、日活映画の看板女優として人気を博した浅丘。日本映画全盛期、一時代を築いた日活アクション映画において、代表的なヒロインとして知られるようになります。

浅丘ルリ子&渥美清『男はつらいよ』

出演作の中でも、渥美清主演の映画『男はつらいよ』シリーズのクラブ歌手、リリー役は大好評でした。シリーズとして最多の4回、最終作「寅次郎紅の花」で、マドンナを務めたことも有名です。

浅丘ルリ子

多くの恋の噂も流してきた浅丘曰はく、現役を続けられる秘密は”恋愛をする”こと!ボーイフレンドは途切れたことが無く、ときめく存在がいることが、大きな張り合いになっているそうです。そして何よりも、「きれいでいたい!」という強い思いこそ、美しさの秘訣だと明かしました。

1971年に俳優・石坂浩二と結婚するも離婚

『2丁目3番地』

浅丘ルリ子は、1971年にドラマ『2丁目3番地』での共演後に、俳優・石坂浩二と結婚しました。

実はそれ以前に、友人の加賀まりこから「(石坂が)大ファンで、一度デートしたいと言っている」と言われ、彼の思いを知っていたのだとか。30歳になり結婚も考える時期で、「あなたは女優だ。結婚しても仕事を選んで女優を続けてください」という言葉から、一緒になろうと決意したと言います。

浅丘ルリ子&石坂浩二

しかし博識かつ多趣味だった石坂は、5~6年が経った頃に「絵を描くためのアトリエを持ちたい」と言い、自宅とは別に借りた部屋で寝泊りを始めました。浅丘は”別の女性”の存在に気付き、つらく腹が立つ思いでしたが、熱が冷めるまで放っておこうと考えたそうです。

2000年12月27日の会見で石坂浩二との離婚を発表

石坂浩二

出典: gossip1.net

別居状態が続いていたある日。石坂から「いつも家にいてくれる人と一緒になって、子供も欲しい。母も引き取って一緒に暮らしたい」と告げられ、最初は動揺したものの、受け入れることにしました。

浅丘は双方の食い違いを避けるため、離婚会見は2人揃って開くことを相談し、石坂も了解したそうです。それから3日後の2000年12月27日に会見を行い、石坂はその5日後に現在の妻と入籍。それでも浅丘は、石坂が最後まで女性の存在を否定したのは、「思いやりであり優しさだと思う」と語りました。

離婚後も関係は良好のようで、石坂も浅丘のことは役者の師匠のように思っているとのこと。現在も仕事のことなどで連絡を取り合っており、芝居の手本としていたことなどを明かしています。

林真理子の小説『RURIKO』のモデルになった

林真理子『RURIKO』

ドラマ化もされた『不機嫌な果実』などで知られる、直木賞作家・林真理子の『RURIKO』のモデルとなり、その半生が描かれたことも話題になりました。

この小説内では、本名の”浅井信子”として登場する浅丘が、終戦後間もない日活撮影所で少女スターとして脚光を浴びていく過程、名優・石原裕次郎への憧れや小林旭との恋、後に小林と結婚・離婚した昭和の歌姫・美空ひばりとの友情といったことを、フィクション作品として描いています。

浅丘本人の話などを基に構想が練られていますが、台詞は全て林の創作だそう。基本は実話に沿っているので、昭和のスターによるスキャンダラスな内容に、ドキドキすること間違いなしです。

浅丘ルリ子に子どもはいるの?

浅丘ルリ子

出典: jisin.jp

石坂浩二とは約30年連れ添ったため、2人の間に子どもはいるの?と気になる方も多い様子。実際のところは、石坂だけでなく他の恋人たちとの間にも、子どもはもうけていないようです。

浅丘自身は、「飛んでいって抱きしめちゃいたくなる」程の子ども好きだそうですが、結婚しても自分が母親になることは考えもしなかったのだとか。石坂には絵や料理のことから、”女優と家事の両立がいかに大変か”まで教わり、多くのものを与えてくれたことに感謝していると明かしました。

また、当時は母親になるよりも、”女優”の仕事に没頭していたとも語っています。もし石坂と離婚することなく、家庭と仕事の両立を図ることが出来れば、子どもを授かっていたかもしれませんね。

ドラマ『やすらぎの郷』で石坂浩二と31年ぶりに共演

浅丘ルリ子&石坂浩二

テレビ朝日は2017年より、中高齢の視聴者に向けた”シニアドラマ枠”の新設を発表しました。第1弾として、『北の国から』の倉本聰脚本、石坂浩二主演のドラマ『やすらぎの郷』が放送されます。

舞台となるのは、テレビで活躍した著名人専用の老人ホーム。かつての大女優役として、浅丘ルリ子・有馬稲子・五月みどりを始めとする、ベテラン女優らの豪華共演も実現しました。ホームで起こる悲喜交々の出来事、それらに翻弄される主人公、菊池の姿がユーモラスに描かれるそうです。

浅丘と石坂は離婚後初にして、1986年の映画『鹿鳴館』以来、31年ぶりの共演に!石坂と恋の噂もあり、夫婦のキューピット役だった加賀まりこも名を連ね、”縁の深い”顔ぶれになりました。

具体的な時期は未定ですが、2017年春から2クール(半年)での放送が予定されています。

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