雪の轍

雪の轍

Kis Uykusu / Winter Sleep
2014年製作 トルコ・フランス・ドイツ 196分 2015年6月27日上映
rating 3.3 3.3
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『雪の轍』のあらすじ

世界遺産のトルコ・カッパドキアに佇むホテル。親から膨大な資産を受け継ぎ、ホテルのオーナーとして何不自由なく暮らす元舞台俳優のアイドゥン。しかし、若く美しい妻ニハルとの関係はうまくいかず、一緒に住む妹ネジラともぎくしゃくしている。さらに家を貸していた一家からは、思わぬ恨みを買ってしまう。やがて季節は冬になり、閉ざされた彼らの心は凍てつき、ささくれだっていく。窓の外の風景が枯れていく中、鬱屈した気持ちを抑えきれない彼らの、終わりない会話が始まる。善き人であること、人を赦すこと、豊かさとは何か、人生とは?他人を愛することはできるのか―。互いの気持ちは交わらぬまま、やがてアイドゥンは「別れたい」というニハルを残し、一人でイスタンブールへ旅立つ決意をする。やがて雪は大地を真っ白に覆っていく。彼らに、新しい人生の始まりを告げるように。

『雪の轍』のスタッフ・キャスト

『雪の轍』の感想・評価・ネタバレ

  • Kozai Szatosi
    Kozai Szatosi 3 2018年5月31日

    いつの時代のどこの国にもある普遍的な世代間のギャップや老い、貧富の差など、色々な要素が散見されながらも、必ずしも「社会派」を気取っておらず、一個人の周囲の取り留めのない噺とたわいのない情景の積み重ねで語る姿勢には好感が持てる。 映画的な軽やかさには欠けるし、単調な切り返しで長々と続く同じ室内場面にはうんざりさせられるが、文学作品としての豊潤な薫り漂う情景と台詞の応酬には目を見張るものがある。映画というより、文学作品。 窓から差し込む光や暖炉や灯の暖色の光など、画はかなりしっかりしている。しかし、何度も流れるシューベルトの「ピアノソナタ第20番」の使い方があまりにも浅はかだと思う。さすがに3時間は長い。

  • 翔

    「日本的」な流れならば男は鼻先で笑って余裕ぶり、女は愚痴って見下して。で終わる内容かもしれない。ガキじゃないんだし、と片付けず本音と本音をぶつかり合わせて相手より一枚でも上を取ろうと美辞麗句に罵詈雑言で畳みかける。“沈黙は金”とされる日本では余りに見かけない『無駄』な舌鋒争いにシビれる映画。 だけどあえて言うならば内容は全くもって立派でもなんでもない。自分が正しく相手が間違っていることをひたむきに信じて互いを罵り合う、知性でコーティングされたクソガキの喧嘩といっても良いとさえ思う。 人によってその目にどう映るかは確かに変わるだろうが、圧倒はされるはず。迷わぬ口撃が素晴らしいとか、無駄だとかいった文化的な比較はするべきではない。ただどこかで心に引っかかる、もしくは心当たりがある感覚にはなるはず。 申し訳程度に映画的なレビューを一つするなら同じ人物の連続したセリフとセリフとを繋ぐ間、聴き手の反応や表情をあえて写さずそのまま同一のシーンとして語り手を撮り続ける。この手法は本作にこれ以上なくマッチしていると強く感じた。

  • s_p_n_minaco
    s_p_n_minaco 0 2016年8月5日

    カッパドキアが舞台のトルコ映画。観光客向けホテルの管理人を中心に、3時間余の殆ど会話劇だった。そこから見えるのは、この小さな村社会にもある格差。元俳優で今は細々物書きしてるインテリ主人もそれほど贅沢な暮らしではないんだが、家賃を滞納して立ち退きを迫られる別の家族が窮状を訴えても無頓着な態度。欺瞞や矛盾、傲慢さと卑屈さがお互いの対等なコミュニケイションを阻んでる。「悪に抗わない」ことの議論や、妹から兄への批判、妻との不毛な対話、徐々に刺々しくぶつかる会話が生々しく、次第に身につまされてしまう。それぞれの隔たりと話の通じなさ……作風は違うけどちょっとイランのアスガー・ファルハディを思い出すような、個人像を通してグローバルに現代社会が繋がってる感触。巣みたいな家々を行き来する人々の、マメなおもてなしぶりが印象的だった。

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