X-MEN:ファイナル ディシジョン
X-MEN:ファイナル ディシジョン
X-Men: The Last Stand
2006年製作 アメリカ 105分 2006年9月9日上映
rating 3.4 3.4
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『X-MEN:ファイナル ディシジョン』のDoraの感想・評価・ネタバレ

Dora

この三作まで観て、MCUよりも良く出来てるかもしれないとまで思い始めてきた。 今作ではミュータントを人間に変える"治療薬"が開発される。 開発者(人間)は、「これによってミュータントは迫害を免れる」と希望の目をしていた。 でも一部のミュータントは「治療?俺らは病気だってのか」と反対デモを起こす。 これって本当に難しい問題。 でもチャールズはその点も非常に良い教育を行っていた。 その証拠が2つある 1.瞬間移動できるキティがミュータントを人間にしてしまうリーチと会ったとき、自分の力が使えなくなるにも関わらず危機に瀕したとき「私から離れないで」と咄嗟に言ったこと。 2.ジーンがローガンに"Help me."と最後に言ったとき、キュアを打たずに殺したこと。 1つ目は自分に都合の悪い人でも仲間ならそれを尊重した策をその場で考えようという姿勢。 二つ目はキュアで普通の人間にすることがジーンを助けることになるわけではないということ。 この辺の咄嗟の彼らの判断が、チャールズが差別問題に限らず相手を尊重する・自分勝手になりすぎないことをしっかり教えていたことを感じさせる。 チャールズのミュータント問題への理解は半端じゃなかった……。 さてこの問題は日常においても非常に難しい。 整形を正義として良いのか、はたまた化粧はどうなのか? もしも黒人が白人になれる薬が開発されたら? 「美しい像」を人類共通に持ちすぎたこの世界では、美容整形外科への大きな警笛にもなりそう。 さらに仮にキュアされたとして、彼らは過去と切り離して普通の人間として生きていけるか? そこに人間との差異はないのか? という問題も生じる。 一つのアイデンティティーを"奪われる"わけだから、きっとそこに心の空洞は出来てしまう。 それを埋めるほどに得られる別のなにか(ローグがアイスマンに触れられる等)が必要だ。 でもそれでも、やっぱり心の穴を埋めるのは一人じゃ無理で、周りの助けも必要だろう。 何か病気などのために身体の一部を摘出・切除した人もきっと同じ心理なのかも。 生きていくために必要だと思ってしたことだけど、それで100%満足な人生を得たわけではない。 俺たちは「正解」や「普通」を作りすぎてしまったために、それと違う人達が受ける仕打ちに対処しきれなくなってる。 もっとコミュニティが狭く、色々と技術的文化的インフラが整っていなければその「違う人」にも合わせた社会を作っていけるんだろうけど、いちいち合わせていられない(車にしろ色々な道具にしろ、五体満足が前提の社会だし)。 俺らはそんな"社会から望まれていない・想定されていない人たち"と、どのように接していけば良いんだろう。 そして、俺たちが社会から望まれる人になることにどれだけ固執する必要があるんだろう。