渡辺謙がミュージカルでも活躍!白血病との戦いを乗り切った映画俳優の9つの事実

2017年7月6日更新

『ラストサムライ』や『インセプション』、ハリウッド版『GODZILLA ゴジラ』の出演で、国内だけでなく世界で名前が知れ渡り、日本を代表する俳優の一人である渡辺謙。2015年はブロードウェイミュージカルで主演を務め、トニー賞ノミネートもされた世界の映画俳優について、9つの事実をご紹介します!

白血病に悩まされ、初主演映画を降板していた

渡辺謙

1987年の大河ドラマ『独眼竜政宗』で伊達政宗として主演を務め、一気に人気俳優となった渡辺謙は、ブレイクして間もない頃に白血病を発症し、生命に関わるほどの闘病生活をしていました。

海音寺潮五郎の歴史小説が原作となっている1990年公開の映画『天と地と』に主演として出演する予定でしたが、1989年のカナダでの撮影中に倒れてしまい、急性骨髄性白血病と診断されました。そのことがきっかけとなり、初主演作となるはずだった本作を降板することになったのです。病気発症当時は30歳でした。

何度か入院治療を繰り返す闘病生活ののちに完治したと思われたところ、1994年に再発しています。その後、再び治療を受け、1995年に復帰することが出来ました。

歌手として活動していた時期がある

渡辺謙

渡辺謙が『独眼竜政宗』で有名になった1987年、シングルとアルバムを同時発売して歌手デビューしており、1992年までにシングル4枚、アルバム3枚を発売しています。短期間で売れなかったのか、2015年現在はすべて廃盤となっています。

幼少の頃から音楽に興味を持ち、中学・高校時代は吹奏楽部でトランペットを担当していました。俳優を目指す前はプロのミュージシャンになりたいと漠然と考えており、武蔵野音楽大学へ進学する予定でした。しかし音大への進学は厳しく、事前レッスンが必須であったことや学費の問題、さらには父親の病気などが重なって音楽への道を断念することとなりました。

初の海外進出は『ラストサムライ』

____RiN____ とりあえずトム・クルーズじゃなくても青い目で金髪でバター臭い顔なら誰でもよかったと思います。それよりなにより渡辺謙さんのあのムードが圧巻。芝居がかりすぎているところが彼の持ち味だと思うんだけど、それが赤を基調とした全体の「濃い」サムライ風味にマッチしていて、迫力がある。また、時期的に彼の闘病期に被っていることもあって、鬼気迫るという言葉がぴったり。 渡辺謙さんのための映画です。

アメリカを初めとして世界に渡辺謙の名前を大きく広めることとなったのが、トム・クルーズ主演の『ラストサムライ』(2003)です。日本が舞台となって武士道と侍というものを真正面から描いた作品で、海外でも大ヒットしました。

この作品が決まるまで英語はあまり話せず、役が決まってから英語を猛練習したそうです。緊張感のある現場で8か月間の撮影に挑み、発音のミスで何度も撮り直しをすることもあったそうですが、新人のような気持ちに戻ることができたと語っていました。

渡辺謙 ラストサムライ

出典: www.kino.de

ブロードウェイミュージカル『王様と私』ではトニー賞にノミネート

渡辺謙『王様と私』

ミュージカルの本場、NYのブロードウェイで2015年の4月から上演されたミュージカル『王様と私』(原題:The King and I)にて、渡辺謙は主演の王様役で出演しました。実は渡辺謙はミュージカル未経験で、しかも英語が苦手であるにも関わらず単身でNYへ向かい、劇場付近のマンションで一人暮らしをしてミュージカル1本に専念していました。

『王様と私』の初演は1951年、再演を重ねて長年愛されてきた歴史のある作品で渡辺謙は本場のミュージカルファンから高い評価を受け、初ミュージカル、そしてミュージカル初主演でありながら、本作でトニー賞の主演男優賞にノミネート、日本人で初めての快挙となりました。

渡辺謙『王様と私』

主演男優賞を含めた9部門でノミネートされ、ミュージカル・リバイバル作品賞など4部門が受賞しましたが、残念ながら主演男優賞は受賞ならずという結果でした。

以下の動画2:20~あたりから渡辺謙が登場します。

野球が大好きで熱狂的な阪神ファン

渡辺謙

出典: twitter.com

渡辺謙がガチの阪神タイガースファンで、本腰を入れて応援していることは一般の野球ファンの中でもかなり有名です。球場での目撃情報どころか、バックネット裏の最前列の席で大きく構えて座り、試合の進行に一喜一憂してはしゃぐ姿がテレビ中継で写り込んだことが話題となりました。

また、自身のツイッターで阪神について熱弁したりキャンプに偵察に行ったりするなど、ニュースでも度々取り上げられています。

渡辺謙

仕事で海外滞在中でもインターネットで阪神の情報をチェックする、阪神の試合日程や結果に合わせて仕事のオファーを受けるかどうか決める、とまで言われています。

ちなみに、渡辺謙の息子の渡辺大と、娘の杏はどちらも巨人ファンだそうです。

渡辺謙

出典: ameblo.jp

南果歩と結婚し、48歳にしておじいちゃんに

渡辺謙 南果歩

出典: www.jiji.com

渡辺謙は1983年に一度結婚していますが、前の妻とは2005年3月に離婚し、同じ頃にドラマで知り合った南果歩と交際を深め、同2005年12月に再婚しました。結婚式は2010年8月にロサンゼルスにて挙げています。

1984年に前妻と渡辺謙との間に生まれた第1子の渡辺大は俳優をやっており、2008年に結婚して子供が生まれました。初孫が生まれた時の渡辺謙は48歳で、早くもおじいちゃんとなりました。

国外出演映画は、ほとんど自身で吹き替えをしている

渡辺謙

渡辺謙が英語のセリフを話している映画の日本語吹き替えって誰がやってるの?という疑問ですが、『バットマン ビギンズ』(2005)以外のすべての作品で渡辺謙が自ら日本語で吹き替えを担当しています。

2つの言語で1から再び台本をすべて演じるということは滅多に経験出来ることではありません。言葉のニュアンスが異なるなど、たくさんの発見がありそうですね。また、やはり本人が演じているため、映像と吹き替え演技の相違による違和感も少なくて安心出来ると評判です。

被災者支援のためにライブカフェ「K-port」をオープン

渡辺謙

2011年の東日本大震災によって被災地のひとつとなった宮城県気仙沼市。アメリカから帰国している途中に震災を知った渡辺謙は「何かできることはないか」と何度も現地に赴き、被災者と親交を深めていました。

そんな友人たちと話を重ねる中で、「心の港をプレゼントしたい」という思いから、気仙沼の人々、そして世界とを繋ぐ心の港であるライブカフェ「K-port」をオープンしようと決めました。

「port」は港、「K」は心の「K」でもあり、渡辺謙の「K」、気仙沼の「K」、絆の「K」です。2013年にK-portがオープンし、オープン前日の2013年11月24日に渡辺謙と妻・南果歩が1日限定の朗読劇『ラヴ・レターズ』を上演しました。

「ゴジラ」の発音には日本への強い思いが隠されていた

渡辺謙 『ゴジラ』

2014年にギャレス・エドワーズ監督によってハリウッドでリブートされた『GODZILLA ゴジラ』に出演した渡辺謙は、日本人の博士として出演していますが、他の出演者やスタッフはもちろん英語のネイティブばかり。作中で何度も登場するGODZILLAという単語の発音について、監督や制作スタッフと一悶着あったそうです。

渡辺謙は、「ガッジーラ」という英語の発音ではなく、日本語で「ゴジラ」という発音に徹底していました。監督やプロデューサーに「もう少し英語っぽく発音してくれないか」と言われても、頑なに受け入れず、「ゴジラ」で突き通したのだそうです。

もともとゴジラは東宝が作った日本の怪獣であり、海外にもそれは知れ渡っています。海外のファンでも「ゴジラ」は「ゴジラ」であり、アメリカで本作が上映されたときには渡辺謙の「ゴジラ」という日本語発音で拍手が沸き起こったといいます。

ゴジラには国境も国籍もないんだと、世界中に愛されているんだと、実感しました。

何十年と愛されてきたゴジラと日本へのこだわりを見せた渡辺謙に、監督やプロデューサーたち、ゴジラファンまでが絶賛する『GODZILLA ゴジラ』を是非、自分の目でご覧ください。