2017年7月6日更新

ベテラン歌手カイリー・ミノーグは女優としても活躍していた!

オーストラリア出身の歌姫、カイリー・ミノーグが女優としても活躍していることを知っていますか?今回は、そんな彼女の歌手としての、また女優としてのキャリアを振り返り、私生活を少し覗いてみましょう。

カイリー・ミノーグのプロフィール

カイリー・ミノーグは1968年5月28日生まれ。オーストラリアのメルボルン出身です。女優、歌手として活躍し、現在はイギリス・ロンドンに住んでいます。

幼い頃から子役として仕事を始め、17歳のときにオーストラリアの国民的ソープオペラ『Neighbours』で、おてんばな機械工の少女シャーリーンを演じ、世界的に名をはせました。出演最終回となったシャーリーンの結婚のエピソードは、イギリスで2000万人が視聴したと言われ、英国で最も成功したオーストラリアドラマのひとつとなっています。

2年間同テレビシリーズに出演した後、ミノーグは歌手活動を始めました。”ポップスのプリンセス”、”ポップスの女神”と呼ばれるようになり、1987年にファーストアルバム『Kylie』をリリース。その後、母国オーストラリアとイギリスの両方で活躍しています。

2006年には、大英帝国勲章第四勲爵士(OBE)を授与されました。

日本でも大人気!カイリー・ミノーグのヒット曲

歌手デビューから現在まで、多くのヒットを飛ばしてきたミノーグ。日本でも馴染みのある曲をいくつか振り返ってみましょう。

『ロコモーション』(1987年)

1962年のリトル・エヴァのヒット曲『ロコモーション』のカバーで、カイリー・ミノーグはデビューしました。

この曲は母国オーストラリアをはじめ、イギリス、カナダ、フィンランド、アイルランドなどで1位を獲得し、世界的大ヒットとなりました。オーストラリアでは7週連続1位という快挙を成し遂げました。日本でも、誰もがいちどは聞いたことがあるのではないでしょうか。

『ラッキー・ラブ』(1989年)

セカンドシングルの『ラッキー・ラブ(I Should Be So Lucky)』も、イギリス、オーストラリアをはじめ、ドイツやアイルランドでも1位を獲得した大ヒット曲です。日本でも、洋楽シングルチャート12週連続1位という記録を打ち立てました。こちらも耳なじみのある曲ですね。

『愛が止まらない 〜ターン・イット・イントゥ・ラヴ〜』(1988年)

日本限定でシングルカットされ、洋楽シングルチャートで10週連続1位に輝いたヒット曲です。Winkによるカバーも有名です。

女優としても活躍!カイリー・ミノーグの主な出演作

切ないラブロマンスで映画デビュー『恋に走って』【1989年】

1950年代のオーストラリアで、深く愛し合うローラとブラウニーのふたり。しかし、彼らは未成年であるため、お互いの親はふたりを引き離そうとします。そんな状況に彼らは必死で抵抗する、というラブロマンスです。

この作品でミノーグは主人公のローラを演じました。

ホラー映画撮影現場での恐怖『Cut カット』【2000年】

オーストラリア制作のスプラッター・ホラー映画です。ホラー映画『熱い血』の制作現場で陰惨な殺人事件が起きます。監督のヒラリー・ジェイコブスが主演俳優に襲われ、劇中で殺人犯が使う巨大なハサミで舌を切られていました。撮影は中止となりましたが、フィルムは倉庫に保管され、数年後、未完の映画を完成させようとする人々にも謎の死が相次ぐようになる、というストーリーです。

ミノーグは『熱い血』の監督、ヒラリーを演じています。

立場を超えた運命の恋を華やかに描く【2001年】

ユアン・マクレガーとニコール・キッドマン主演で、パリのキャバレー「ムーラン・ルージュ」を舞台に踊り子と若き作家の恋を描いたミュージカル映画です。

ミノーグはこの映画の冒頭で、アブサンの妖精として登場しています。

謎の男の不思議な人生【2013年】

主人公オスカーは、リムジンに乗って次々と指定された場所に行き、リッチな銀行家からホームレスの女性、平凡な父親から殺人犯まで11人の人生を次々を演じていきます。

この不思議な映画でミノーグはジーンというキャラクターを演じ、廃墟となった百貨店で、監督自身が作詞を手がけたオリジナル曲「Who Were We?(私たちは誰っだったの?)」を歌っています。

2005年に乳がんを摘出していた

2005年、36歳のときにミノーグは自身のベストヒットツアー「ショウガール」の残りの公演を延期し、グラストンベリー・フェスティバルへの出演を中止して、乳がんの摘出手術をしました。

ミノーグは2005年3月にメルボルンの病院で手術を受け、すぐに化学療法を開始。7月にメルボルンにある小児病院のがん病棟を訪れ、手術後初めて公に姿を見せます。その後フランスに戻り、化学療法を続け、2005年12月、ミノーグは「ショウガール」ツアーのライブ音源「Over the Rainbow」をデジタル配信のみでリリースし、ツアーに復帰しました。

2016年、19歳年下の俳優・ジョシュア・ザッセと婚約発表!

201年2月19日、ミノーグは19歳年下のイギリス人俳優、ジョシュア・ザッセとの婚約を英デイリーテレグラフ紙の通知欄で発表しました。

ザッセは、アメリカのミュージカル・ドラマ『Galavant(原題)』に主演しており、同作にミノーグがゲスト出演したことから交際が始まったようです。ふたりは17日に開催されたNMEアワーズにも姿を現し、ミノーがの左手の薬指に、豪華な指輪をはめていることが注目されていました。

いままでに交際の噂は多くあったミノーグですが、婚約はこれが初めてとなります。

カイリー・ミノーグの衣装がすごい!

カイリー・ミノーグは、コンサートの際、毎回衣装を世界のトップデザイナーに自ら発注することで知られています。「ショウガール」ツアーではエミリオ・プッチやドルチェ&ガッバーナ、カール・ラガーフェルドに衣装制作を依頼しました。

華麗な衣装の数々を見ていきましょう。

こちらはジャン・ポール・ゴルチエによるステージ衣装です。

こちらはドルチェ&ガッバーナ。

同じくドルチェ&ガッバーナによるギリシャ神話風衣装です。

こちらは「ショウガール」ツアーで着用した、カール・ラガーフェルドによるもの。

『Can't Get You Out Of My Head』(2001)のMVで着用した白いドレスは、楽曲のヒットともに大人気となり、類似の衣装が、一般向けにハロウィン用のパーティー衣装として販売されました。

奇抜な衣装も着こなすミノーグは、真のファッショニスタと言えますね!