2017年7月6日更新

ラサール石井、60歳で東大を受験したカリスマタレントの知っておきたい8のこと

ラサール石井

ラ・サール高等学校、早稲田大学を卒業したインテリ芸能人・ラサール石井。お笑い芸人、俳優、演出家、タレントとして幅広い分野で活躍をしています。今回は、ラ・サール石井の幼少期や結婚など8つのことを紹介します。

目次

1:幼いころの夢は放送作家だった

お笑いが好きな家庭で育ったラサール石井。5歳の時に「おとみさん」を題材にしたコメディや大村崑主演の時代劇コメディ『頓馬天狗』を見たことをきっかけにお笑い芸人になることを夢みるようになりました。

しかし、中学生の時に周りに自分よりも面白い人がいることに気付くと夢を断念。『おとなの漫画』や『シャボン玉ホリデー』などのバラエティ番組の構成を担当した放送作家の青島幸男に憧れて、自身も放送作家を目指すようになりました。青島は放送作家にも関わらず「青島だァ!」というギャグを放つことで有名でした。

2:芸名であるラサールは母校!東京大学を目指して勉強漬けの学生時代を送る

ラサール石井はラ・サール高等学校に通っていました。ラ・サールといえば、鹿児島県にある進学実績が全国トップレベルの進学校。ラサール石井も東京大学に入学するために、勉学に励みました。

しかし、結果は不合格。浪人することも考えましたが、東京で浪人をしている際に遊んでしまうかもしれないことを考え、早稲田大学第一文学部に進学したそうです。

3:お笑い芸人、俳優、タレント、演出家とマルチに活躍!

ラサール石井が芸能界に関わるようになったのは、大学1年生の時に放送作家をしている先輩の目に留まったことがきっかけです。放送作家として歌謡バラエティ番組『チビラサンデー』のコント制作に携わりました。

放送作家になる夢を叶えたラサール石井は、やはりお笑い芸人になりたいと思い、劇団テアトル・エコー養成所に入所。声優養成試験は、マイクに息を吹きかけてしまう癖のために不合格になってしまいますが、1977年に養成所の後輩の渡辺正行や小宮孝泰とコント赤信号を結成し、お笑い芸人になりました。

また、1977年にはドラマ『太陽にほえろ』に出演し、俳優としてデビューしました。本名である石井章雄の名前で出演しています。275話に出演し、遠くで洗車している男性を演じました。

タレントとしても活躍しており、多くのバラエティ番組に出演しています。『オレたちひょうきん族』や『ヘキサゴン』に出演していました。インテリ芸能人という立場で、クイズ番組でよく見かける存在となりました。

また、演出家としても活躍中。2004年に舞台『燃えよ剣』の演出をしたほか、2011年には主演も務めた舞台『ペテン・ザ・ペテン』の演出も担当しました。

4:『こち亀』で両津勘吉の声を演じる

1996年から2004年に放送されたアニメ『こちら葛飾区亀有公園前派出所』で主人公の両津勘吉の声を担当しました。本作は『こち亀』という略称で親しまれるギャグアニメ。葛飾区亀有公園前派出所に勤める両津勘吉たちの日常を描いた作品です。

ラサール石井が両津勘吉を演じることに関し、放送開始時には賛否両論の声があがりました。しかし、後にははまり役だと原作のファンや原作者の秋本治から高い評価を得ました。

1999年には本作が舞台化。アニメ同様に両津勘吉を演じた上に脚本と演出も担当。2001年に再演されました。2003年、2006年にも舞台化。2016年秋にも上演されることが決まっています。

2009年に本作がドラマ化された時も両津勘吉を演じて欲しいというオファーをされました。しかし、ドラマに出演することは引き受けるものの両津勘吉を演じることは辞退。ラサール石井は両津勘吉の父親の銀次を演じ、両津勘吉を香取慎吾が演じました。

5:2011年に妻と離婚、2012年には32歳年下の女性と結婚?!

ラサール石井は2011年1月に32間連れ添った妻と離婚。2012年、56歳だったラサールは24歳の女子大生・石井桃圭と結婚しました。

2人が出会ったのは2011年9月のことでした。その1ヶ月後にプロポーズ。その時には断られましたが、交際4か月でスピード婚をしました。

6:頭脳明晰なラサール石井!クイズ番組で大活躍

クイズ番組に多く出演しているラサール石井。ラ・サール高校に通っていただけあって頭がよく、どの番組でも好成績を残しています。

たとえば、2003年に放送されたTBSの『オールスター感謝祭』では見事優勝を飾りました。また、1991年から1994年まで放送されていた『たけし・逸見の平成教育委員会』では優等生として活躍しています。

7:交通事故を起こしていたラサール石井

2015年12月に乗用車を運転中に60代女性の運転する原付バイクと接触する事故を起こしていました。ラサール石井は無傷でしたが、女性はひざを打つなど軽傷を負いました。事故の原因はラサールの前方確認不足だったそうです。

8:40年越しのリベンジ決行!57歳にして東大を受験

2010年に間寛平がアースマラソンに挑戦したことに影響され、東京大学に再挑戦することを決意。現役時代も東大を目指していたことから、40年ぶりのリベンジということになります。2012年から受験をしていますが、結果は不合格。毎年1月に行われるセンター試験で良い点が取れずに3年連続で落ちるという結果になってしまっています。

2015年には『独占密着!ラサール石井 本気の東大受験!~運命の合格発表SP~』という番組も放送されました。東大に対する情熱はまだ燃え尽きていないようで、また来年も挑戦すると話しています。