ダニエル・ラドクリフについて案外知られていない20の事実

2017年10月3日更新

2001年J・K・ローリングのファンタジー小説を映画化した『ハリー・ポッターと賢者の石』の主役ハリー・ポッターとして大抜擢されたダニエル・ラドクリフ。今回はダニエル・ラドクリフについて案外知られていない20の事実を紹介します。

1.ダニエル・ラドクリフのプロフィール

ダニエル・ジェイコブ・ラドクリフは1989年7月23日イギリスロンドンの郊外フルハムで著作権エージェントの父アランとキャスティングディレクターの母マルシアの間に生まれました。

2. 10歳の時にドラマデビュー!

わずか5歳で演技に興味を持ち始めたラドクリフは10歳の時、チャールズ・ディケンズの『デイヴィッド・コパフィールド』をBBCがドラマ化した作品でデビューを果たしました。

3.ドラマデビュー作がハリーに繋がった!?

デビュー作『デイヴィッド・コパフィールド』はダニエル・ラドクリフの代表作『ハリー・ポッター』シリーズへ繋がる重要な作品となります。 『ハリー・ポッターと賢者の石』(2001)の監督クリス・コロンバスは『デイヴィッド・コパフィールド』鑑賞後、彼にオーディションに参加するようにすすめていたそうです。 ハリーポッターシリーズの原作者J・K・ローリングはオーディションでラドクリフを見た時に「彼よりも素晴らしいハリーは見つからない」と呟いたと言われています。

4.両親が『ハリー・ポッター』出演に反対していた!?

元々、ラドクリフの両親は息子の「ハリー・ポッター」シリーズへの出演に乗り気ではなかったそうです。シリーズ7作全てをロサンゼルスで撮影する条件が提示されたため1度オファーを断っていました。 その後、ワーナーブラザーズがイギリス撮影と2作品のみの契約を提示したため、ラドクリフは契約を交わすことになります。

5.最年少の栄誉!

14歳の時、ロンドンのナショナル・ポートレイト・ミュージアムにダニエル・ラドクリフの肖像画が飾られることになります。これはロイヤルファミリーを除くと最年少の栄誉でした。

6.忙しすぎて学校を退学していた!?

第1作『ハリー・ポッターと賢者の石』(2001)公開後、ラドクリフはクラスメイトからからかわれることが多くなったそうです。 そんなことは気にしなかったラドクリフでしたが、あまりに忙しくなったため学校を退学せざるを得なくなります。その後は撮影現場の家庭教師から勉強を教わっていました。

7.ハリーは詩人だった!?

ダニエル・ラドクリフは“ジェイコブ・ガーソン”というペンネームで詩集を発表しています。ジェイコブはラドクリフのミドルネーム、ガーソンは母親の旧姓です。

8.軽い障害に悩まされている!?

ダニエル・ラドクリフは軽度の統合運動障害を患っていると言われています。そのため、時々靴紐を結ぶことや字を書くことさえ困難に感じることがあるそうです。

9.10年でわずか2日!?

ダニエル・ラドクリフはハリー同様とても信頼の厚い人物のようです。10年間の全ハリーポッターシリーズの撮影で、ラドクリフが撮影を欠席したのは胃腸炎にかかった2日だけだったと言われています。

10.ハリーについての作文が宿題!?

第3作『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』の監督アルフォンソ・キュアロンは3人の主要キャストにキャラクターをテーマにした作文を書かせていたそうです。 エマ・ワトソンは16枚、ダニエル・ラドクリフは1枚の作文を書き上げていました。 ちなみにロン役のルパート・グリントは提出さえしなかったそうです。

11.プライベートではクリケット選手になりたかった!?

ダニエル・ラドクリフは『ハリー・ポッター』シリーズの中で、クディッチのシーン撮影が特にお気に入りだったそうです。 そんなラドクリフは大人になったらプロのクリケット選手になりたいと語っていました。

12.大のパンクロックファン!

ダニエル・ラドクリフは大の音楽ファンとして知られています。そんな彼のお気に入りはクラッシュ、ピクシーズ、セックスピストルズ、キラーズなどのパンクバンドです。