高橋英樹、時代劇から司会まで引っ張りだこの大物俳優の素顔に迫る!

2017年7月6日更新

時代劇と言えば高橋英樹!桃太郎侍や遠山の金さんで知られる高橋英樹のデビューから現在の趣味までこちらでお伝えしています。ちょっと変わった健康法をしていて、昔は借金まみれだった!?家族愛にあふれる高橋英樹の人物像をご確認ください!

高橋英樹のプロフィール

高橋英樹

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時代劇でおなじみの高橋英樹は、1944年2月10日千葉県木更津生まれの俳優です。この名前は本名であり、由来は教育者であった父が当時の首相である東条英機にちなんで名付けたとの事です。

高校在学中に日活ニューフェースの第5期生として中尾彬や竜崎勝(アナウンサー高島彩の父)とともに日活へ入社し、同年に映画デビュー。芸能活動をスタートさせました。

趣味は家族!?高橋英樹は妻子思い

高橋英樹

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高橋英樹といえば、趣味が家族というほどに家族思いな俳優です。

妻である小林とは1974年に結婚。もともと彼女は、1970年代は女優としてテレビドラマで活躍をしていました。結婚後、3度の流産をしてしまいましたが、1981年に娘を出産します。高橋英樹が自他共に認める娘好きはこの経験からきているのかもしれません。

2016年現在、娘の高橋真麻はフジテレビアナウンサーを経てフリーアナウンサーに。そして妻の小林亜紀子は、高橋英樹や娘の真麻が所属するアイウエオ企画の取締役をしています。

高橋ファミリーとして、高橋英樹と真麻の親子共演や夫婦共演、そして家族共演などバラエティー番組などにも出演するほど仲の良い家族です。

高橋英樹は日活で俳優デビュー

高橋英樹

(左から高橋英樹・吉永小百合・坂本九・浜田光夫)

日活ニューフェースの5期生として日活へ入社した後は、1961年『高原児』という作品で映画デビューを果たします。

その翌年の1962年には主演映画が決まります。撮影所で事故死をしてしまった俳優の代役となり1962年映画『激流に生きる男』の主演格として大抜擢されたのです。高橋英樹は、新人だったのにもかかわらず、異例の主演デビューを果たしました。

短足が原因で伸び悩む…!?

高橋英樹

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高橋英樹は早々と主演デビューをしたものの、筋肉質でがっちりとした体形で、なおかつ股下が短いという事が原因でアクション映画や青春映画ではなかなか役がまわってきませんでした。

短足のために、スーツが似合わなかったからです。当時の人気俳優であった石原裕次郎や小林旭は青春ドラマで活躍していましたが、2人と並ぶとアンバランスになってしまう事から青春ドラマなどに出演する事が出来なかったそうです。

時代劇ではかかせない存在に

高橋英樹

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股下が短いことからなかなか役回りに恵まれなかった高橋英樹に転機が訪れます。それは石原裕次郎の一言、「お前は脚が短いから着流し姿で任侠物はどうだ?」がきっかけでした。

このアドバイスから、任侠ものの主演を務めるようになり活躍し始めます。高橋英樹は努力家でもあったため、着物での立ち回りを学ぶために、着付けや日本舞踊、所作、基本動作などを徹底的に学んだそうです。

このような努力があったからこそ、『桃太郎侍』や『遠山の金さん』、『三匹が斬る!』など時代劇にはなくてはならない存在になっていきました。

バラエティにも引っ張りだこ!

高橋英樹

高橋英樹がバラエティー番組に出演するようになったのは1986年の『ドキド欽ちゃんスピリッツ!!』からです。

小学生だった娘の真麻がとんねるずのファンで、高橋英樹が『とんねるずのみなさんのおかげです』のコントに出演したことがその始まりだそう。中学生になった真麻がSMAPのファンになれば、SMAPと共演したいがために、テレビ局に出演交渉をしたこともあります。

2016年現在では、トーク番組やバラエティ番組以外にも歴史に詳しいことから、情報バラエティー番組やクイズ番組の出題者として参加したりすることも多いです。

実は虚弱体質だった高橋英樹の不思議な健康法

高橋英樹

高橋英樹は虚弱体質で、ちょっとした温度の変化でも風邪を引いてしまうような体質だったようです。その時に“どうにかしなくてはいけない”という思いになり、本から得た知識で乾布摩擦を始めました。

タオルに少し飽きてきた頃、本に「タワシがいい」という事が書いてあることを見つけ、タワシで体をこする健康法を始めました。

最初は血が出たこともあったタワシ健康法ですが、現在では愛用の亀の子タワシも10年以上がたちました。血が出ることもなく痛くもないそうです。健康法としては成功していてタワシ健康法を始めて3年ほど経ってからは殆ど風邪をひかないとの事です。

結婚当時は借金まみれだった!?

高橋英樹

高橋英樹は下戸のためにお酒は嗜みません。ただ、日活のスタートして活躍するようになってからは、先輩の見様見真似で銀座や京都で遊び、後輩に御馳走をするのが習慣となっていました。

しかし、この飲食代は全て「ツケ」で、お金が欲しいときは会社から前借を繰り返していたそうです。

高橋英樹は結婚後にそれら借金の総額が約3500万と言う事に初めて気が付きました。しかし妻や妻の家族が寛大に受け止めてくれたために、夜遊びをやめて働き、2年ほどで無事に完済をしたとの事です。

高橋英樹の特技は日本画と書道

高橋英樹

趣味は家族と言っていた高橋英樹ですが2003年に放送されたテレビ番組『趣味悠々 鶴太郎流墨彩画塾』に出演していた頃に、番組の講師役であった片岡鶴太郎に手ほどきを受け日本画と書道をスタートさせます。

これは一時的な趣味にとどまらず、2016年現在でも続けている趣味となっています。2007年には書道の個展を開催、本の発売をしました。そして2010年にはNHKの連続ドラマ『とめはねっ!鈴里高校書道部』の中で、講師役を務め、ドラマの中でも習字を披露しています。