【ネタバレ注意】監督とキャストが明かした、まだ誰も知らない『セッション』の魅力

2017年7月6日更新

サンダンス映画祭を皮切りに数々の映画賞を総なめにしてきた『セッション』。ドラマーの頂点を目指すアンドリュー・ネイマン(マイルス・テイラー)とその彼を肉体的にも精神的にも追いつめながら指導するマエストロ(J・K・シモンズ)。この師弟関係を演じた2人と、デミアン・チャゼル監督のインタビューをまとめました。

ネイマンの血は本物!

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Q:劇中ではドラムの叩き過ぎで、ネイマンの手から血が出てきますよね。あれは本物ですか?

テラー:そうだよ。水ぶくれがつぶれて血が出たから絆創膏を貼ったんだけど、こういう映画づくりには普通のことだよね。だって19日間集中でひたすらドラムを叩いていたんだから。そのお陰で僕は演技をしようとしなくても役になりきれることができたしね。

Q:あなたは6歳の時にピアノを始め、その後サクソフォン、さらにはギターとドラムを習得し、バンドマンとしての道を進んでいきますね。

テラー:ドラムを始めた後はどこに行くにもドラムと一緒だった。どんなに近いところへ行くにもね。

シモンズの考えるマエストロ

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Q:現実世界でフレッチャーのような暴君的キャラクターがいる場所があるとしたら、どのように感じますか。

シモンズ:僕は誰かに自分の進むべき道を照らしてもらって、そこに進んでいけるよう後押ししてもらうこと必要だと思う。でもフレッチャーのように暴力的にコントロールして虐待して、というのは本当の世界ではないんじゃないかな。

監督の実体験が色濃く反映されている

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Q:ネイマンのドラムは言ってみれば、少し昔のスタイルですよね?なぜそのような「ソウル」を彼に吹き込んだのですか?

チャゼル:ネイマンは言ってみれば時代錯誤な存在だ。彼は現代のドラムに全く興味がないからね。ちなみにネイマンはつねにトラディショナルグリップ(下の写真左)でスティックを握っているけど、今はマッチグリップ(下の写真右)が主流だ。 9cf6f66ca75e8e0472b4736bfac2fe5d

僕にとっては彼を壁に白黒の写真を貼ったり、70年代の音楽を聴いたりするような奴にするっていうことが重要だったんだよ。 彼は芸術家の殻で守られた世界から出て演奏するようになって、世間は彼のドラムが現代のドラムとどう違うかなんてことに無関心だって気づくんだ。

Q:ネイマンが事故に遭い、這いつくばりながらも車からでて一世一代のパフォーマンスに向かうシーンがありますよね。これは監督自身の経験に基づいたものなのでしょうか?

チャゼル:そう、これは僕の経験がベースになっている。高校生のとき、僕は2度ほど坂から車をひっくり返したことがある。怖かったけど僕は無事で歩いて外へ出られた。近所の人に絆創膏をもらって翌日には年末のコンサートに出たんだ。

だから僕はいつも血だらけになりながらも絆創膏を貼った手でドラムを演奏したことを思い出すんだ。

普通の音楽映画とは全く違う新しいスタイル

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Q:実際にドラマーの手が出血することはあるのですか?

チャゼル:ドラムを演奏したことがない人や音楽学校に通った経験のない人、または社会の競争にもまれていない人っていうのはみんな「実際はこんなことはないだろう」って聞いてくるんだ。 でも同じ質問をドラマーの男性に聞いてみたら彼は正反対のことを言ったんだ、「これは僕より遅いし、もっと速く叩けるはずだ」ってね。

音楽映画は型にはまってしまうものが多いけれど、僕は自分自身がでさえも今まで観たことのないようなものを創りたいと思っていたんだよ。それはつまり血みどろになったり、身体を使うものだったりということ。音楽だって他のスポーツやダンスと同じように身体を動かすのだからね。

Q:チャゼル監督はフレッチャーの暴虐無人ぶりをどのように思いますか?

チャゼル:僕は以前彼のような先生に習ったことがあって、そのお陰で僕の演奏は大分ましになった。でも人間的に彼のしたことを許すことはできない。 この映画では、フレッチャーのやることなすことをできるだけ極悪非道で許しがたいものにしたかったんだ。実際、暴力的な指導というのが偉大な音楽家をつくるというジャズ業界の雰囲気を否定することはできないからね。

観客自身にエンディングの持つ意味を考えてほしい

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Q:監督はこの映画のクライマックスと同時に我々が取り残されたような感覚だと説明しましたが。

チャゼル:僕がイメージしていたエンディングと、実際スクリーンで映されたエンディングが違うもののように感じたんだ。多分思い描いていた時点では、まだ音楽そのものが影響してこなかったから。

最後のシーンを見た人はその結末に対してちょっと嫌な気持ちになるかもしれない。でも同時に混乱させるような疑問も残すことができたらいいなと願っている。

シモンズ:チャゼルが言いたいのは、つまり、映画を観ただけでただ結論づけないようにしてほしいということ。アンドリュー・ネイマンの辿った結末について満足しているのか、それとも喪失感を覚えているのかということを考えてほしいということなんだ。