2017年7月6日更新

三田佳子、問題児の息子で一躍注目された噂の女優を紹介!

「スニッカーズ」のユニークなCMが話題の三田佳子。東映の看板女優として活躍し、数々の受賞歴もある大女優ですが、世代によってはあまり馴染みがないかもしれません。そこで、日本を代表する女優・三田佳子についてまとめてみます。

三田佳子のプロフィール

いつまでも若々しく美しい三田佳子(みた・よしこ)は、1941年、大阪府生まれ。生後数ヶ月で東京へ移り、山梨での疎開生活を経て、終戦後は東京に落ち着いたそうです。

中学時代から演劇部に所属し芝居に触れ、高校を卒業すると同時に東映に入社しました。東映に在籍した約7年間で出演した映画は60本を超え、その美貌と演技力で日本映画の黄金期を支えた女優として活躍します。

独立してからは、映画だけでなくドラマやCMにもひっぱりだこ。しかし、日本を代表する女優として確固たる地位を確立した三田を悲運が襲います。今回は、波乱万丈の大女優・三田佳子についてまとめていきましょう。

映画『Wの悲劇』にて各賞をさらう

東映を退社した三田は映画に限らず幅広く活躍しますが、特に注目を集めたのが1984年の映画『Wの悲劇』です。

本作での三田は、薬師丸ひろ子演じる若手女優に、主役と引き換えに自分の不始末の身代わりをさせ、さらに大きなスキャンダルに巻き込んでしまうというベテラン女優・羽鳥翔役。

この熱演が高い評価を受け、その年の日本アカデミー賞最優秀助演女優賞をはじめとする多くの賞を獲得し、名実ともに大女優の地位を確立しました。

大河ドラマ『いのち』でお茶の間の顔に

1986年の大河ドラマ『いのち』は、歴史的人物が登場しないという大河ドラマとしては異色の作品でした。

橋田壽賀子がオリジナル脚本を書き、終戦から約40年間という激動の時代の中で、妻や母として「いのち」を慈しみ懸命に生きる女医を描いた物語です。三田は、主人公の岩田未希を演じました。

近代を取り上げた大河ドラマの視聴率は低迷していましたが、オリジナルの感動ストーリーや三田の好演が大きな支持を受け、高視聴率をマークしました。お茶の間の人気も獲得した三田は、1989年と1990年、2年連続で『NHK紅白歌合戦』の紅組司会者という大役を務めました。

元祖CM女王?

大正製薬「パブロン」CM

その好感度の高さから、三田はテレビCMにも引く手あまたとなり、当時のCM契約は7社ほどあったとか。大正製薬「パブロン」のCMには1987年から約10年に渡って、松下電器のCMにもほぼ同時期に出演し、商品PRにひと役もふた役も買いました。

それだけの活躍をすると当然納税額にも反映し、高額納税者番付の俳優・タレント部門では、1991年から4年間トップに君臨。ちなみに、1995年に三田をやっと追い抜き1位に上りつめたのはダウンタウンの松本人志で、2位は相方の浜田雅功だったそうです。

大病や息子の不祥事

順風満帆と言える女優活動を行っていた三田を病魔が襲ったのが1996年。子宮体がんの診断が下り、緊急な治療が必要と医師から告げられたといいます。余命半年の可能性もあったそうですが、手術と抗がん剤治療の末、見事に復帰しました。

しかし、今度は息子の不祥事が発覚。次男が覚せい剤取締法で複数回逮捕されるという大スキャンダルです。未成年に多額の小遣いを与えていた三田にもバッシングが集まり、CMはすべて降板。女優活動も一時期自粛しました。

高額納税者番付のトップから打って変わって収入が減り、それでも莫大な税金を納めなければならない厳しい現実。子どもやお金に関しての管理の甘さや当時の素直な気持ちなどが、2012年出版の自身の著書『三田さんの謎』の中で語られているそうです。

三田佳子の家族構成は?

1974年、三田はNHKで映像プロデューサーをしていた高橋康夫と結婚。大河ドラマ『太平記』や森絵都原作の実写映画『カラフル』をはじめ多くの作品を手掛けた人物です。

夫妻は2人の男の子に恵まれ、長男の洋介は森宮隆の名で俳優として活動。『獣医さん、事件ですよ』や『相棒 season13 』などにゲスト出演しています。

前述した次男は有罪判決を受けたあと、俳優活動や音楽活動に励み厚生の道を歩みますが、再び薬物に手を染めてしまい収監。仮釈放後は、リハビリセンターに入所するなどして社会復帰に努めているのだとか。2010年には次男に、2011年には長男に子どもが生まれ、孫が2人になりました。かけがえのない家族を授かり、「孫が成人する90歳まで現役でいたい」と意欲を燃やしているそうです。

けっこう歌も出している三田佳子

演技派で女優一本の印象が強い三田ですが、歌手としての活動歴もあり、シングル10枚とアルバム1枚をリリースしています。

出演作に関連する曲が多く、有吉佐和子の小説をドラマ化した『不信のとき』の主題歌『不信のバラード』や、古典落語の「長屋の姫百合」をベースにしたドラマ『アーラわが君』の主題歌『幸せですのよあたくし』。意地悪な継母から独立し強く生きていくヒロインを描いた『ぼてじゃこ物語』では『琵琶湖慕情』を歌いました。

芸能生活50周年、節目の記念コンサート

2011年は、三田の芸能生活50周年の年でした。ひとつの節目を迎えた三田は、次の一歩を踏み出すために新しい挑戦をしています。

演劇とシャンソンを融合させながらシャンソンスターのエディット・ピアフの半生を描くという斬新な舞台『私の中のピアフ~いいえ、私は後悔しない』をライブハウスで上演。東京・渋谷をはじめとする四大都市をまわり、精力的に活動しました。三田の極上の芝居も歌も存分に堪能できるスペシャルなステージだったとか。

日程が東日本大震災間もなくの時期だったため開催を戸惑ったといいますが、女優として自分ができることを考えて舞台を務め上げ、出演料の全額を被災者支援として寄付したそうです。

なんと大女優がポケモンに!

三田の意外な出演作として、2014年公開の『ポケモン・ザ・ムービーXY 破壊の繭とディアンシー』が挙げられます。これは、アニメ『ポケットモンスター』の劇場版第17作目にあたり、テレビ東京開局50周年記念作品です。

本作での三田の役どころは、美しい鹿の姿をした生命を司るという伝説のポケモン「ゼルネアス」。当時、三田本人もオファーに驚いたようですが、役柄への意気込みを以下のように語っていました。

初めて声優のお話を聞いた時は「あら、驚いた!」という感じでした(笑)。長くこの世界でやってきて、生きてきたキャリアや人生観などトータルなもので、この役に声をかけて頂いたのかなと思いました。私の存在をピカチュウたちを通して、知ってもらえるというのは、嬉しいです。孫に好かれる精神が、この世界でも活かせればと思います。

三田佳子の現在は?

病気や家族の不祥事により、命や女優生命を絶たれかけた三田ですが、2003年に復帰してから徐々に軌道を戻し、2016年現在はドラマや映画、舞台、CMなど、フルパワーで活動しています。

ドラマ『忠臣蔵の恋〜四十八人目の忠臣〜』

ドラマでは、2016年9月から2017年2月まで放送のNHK土曜時代劇『忠臣蔵の恋〜四十八人目の忠臣〜』に出演。

武井咲演じる浅野家江戸上屋敷の奥女中・きよが、恋仲の浅野家の家臣・礒貝十郎左衛門とお家再興のために、四十八人目の忠臣として身を挺して尽くす物語です。

三田が務めたのは、主人公・きよの叔母である仙桂尼(せんけいに)。浅野家再興のために、仙桂尼も奔走します。

「スニッカーズ」のCM

お腹が空いて普段の自分を見失った登場キャラクターが、スニッカーズを食べて元に戻るというコミカルなストーリー展開が話題の「スニッカーズ」のCM。これまでに沢尻エリカや泉ピン子など、個性の強いタレントが出演してきました。

2016年、三田はこのシリーズの「貞子・腹減ると大御所っぽくなるんだ」に登場。テレビの枠から抜け出そうとする貞子に扮し、名作『Wの悲劇』を思い起こさせる「あたしは女優よ!」のセリフを発し憤慨しています。

「断ったら女優の名がすたる」と常々語り、オファーには誠意をもって応えるという三田。日本を代表する大女優の全力の挑戦に今後も注目です。