©️2017「君の膵臓をたべたい」製作委員会 ©️住野よる/双葉社

【ネタバレ考察】実写映画『君の膵臓をたべたい』その言葉の深い意味とは?【北村匠海×浜辺美波】

2018年8月19日更新

住野よるのベストセラー小説を原作とした実写映画『君の膵臓をたべたい』。衝撃的なタイトルになっているこの言葉には、ある重要な意味が含まれているのです。この記事では、地上波初登場ということで最注目を浴びている本作のタイトルをネタバレ考察していきます。

【ネタバレ注意】「君の膵臓をたべたい」その言葉の意味とは?誰の台詞なのか?

『君の膵臓をたべたい』という衝撃的なタイトル。浜辺美波演じるヒロイン・桜良(さくら)が膵臓の病気であることは予告などを見てもわかるのですが、そのタイトルの本当の意味は一体何なのでしょうか?作品を実際に視聴して考察しました。 物語の核になる重要なネタバレになるので未視聴の方はご注意ください。

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「君」は誰のことを指すのか

『君の膵臓をたべたい』の「君」はそもそも誰のことを指すのでしょうか。 実はこの言葉は僕と桜良、2人とも言っており、「君」は2人のことを指しているのです。というのも、作中では僕も桜良もお互いのことを「君」と呼んでいます。そのため、この台詞を僕が言った時は「君=咲良」であり、桜良が言った時には「君=僕」なのです。 では、2人が相手の「膵臓をたべたい」と言った理由は何なのでしょうか。

【ネタバレ】僕が「君の膵臓をたべたい」と言った理由

北村匠海 君の膵臓をたべたい
©️2017「君の膵臓をたべたい」製作委員会 ©️住野よる/双葉社

言葉の登場シーン

当初の僕はクラスで一番目立たない存在で、誰とも関わろうとしていませんでした。しかし、桜良の病気を偶然知り、彼女に関わっていくうちに徐々に気持ちが変わっていきます。 僕がその言葉を言ったのは、退院した桜良と桜を見に行こうと待ち合わせている時。桜良へのメールの中で登場します。 「もっと私を褒めちぎって」という桜良からの要望に対し、最初に僕は「君は本当にすごい。僕は君になりたい。(中略)僕は君になれるだろうか。」と打ちます。しかし「いや。こんな言葉じゃ百並べても言い足りない。僕は本当は」と打った後、その文章を全て消し、「君の膵臓をたべたい」と一文を送るのです。 しかし、桜良は待ち合わせ場所に行く最中に通り魔に襲われ二度と返信が返ってくることはありませんでした。

【考察】言葉の真相

以前2人で行った博多旅行の帰り際に、桜良は「私が死んだら私の膵臓、君が食べていいよ。人に食べてもらうと魂がその人の中で生き続けるんだって。」と僕に言います。さらに「私生きたい。大切な人の中で。」とも呟きます。 それを僕がまだ覚えていたと仮定すると、桜良が死んでも彼女の魂を僕の心の中で生かすことで、彼女の願いを叶えようとしていたことが伝わります。 また、彼女の魂を自分の中に生かすことで、桜良になりたいという自分の気持ちを叶えようとしていたのです。一見荒削りな考察に感じてしまうかもしれませんが、作品を観ればあくまで高尚な願いであることは伝わるはずです。

【ネタバレ】桜良が「君の膵臓をたべたい」と言った理由

浜辺美波 君の膵臓をたべたい
©️2017「君の膵臓をたべたい」製作委員会 ©️住野よる/双葉社

言葉の登場シーン

桜良は作中で2回「君の膵臓をたべたい」と言っています。1回目はテレビで、昔の人はどこか悪いところがあると他の動物のその部分を食べて治していた、というのを聞いて僕にそれを話した時。2回目は僕が大人になってから、桜良の遺書(手紙)を発見した時。 桜良の手紙には誰とも関わらず、自分と向き合っている僕に憧れを抱いていたと書かれていました。また「春樹は本当にすごいよ。(中略)私の分まで、生きて。」や「私ね、春樹(僕)になりたい。春樹の中で生き続けたい。」という言葉を並べた後「ううん、そんなありふれた言葉じゃダメだよね。私はやっぱり」「君の膵臓をたべたい」と言うのです。 こうして物語は幕を閉じます。

【考察】言葉の真相

1回目は、その後ホルモンを食べに行こうと僕を誘ったりすることからも、単純に「テレビで言っていたから」発言したのだと思われます。しかし、2回目は物語のクライマックスであることからも深い意味があるのではないでしょうか。 しかし、映画を見た方の中には2回目の桜良の台詞に違和感があった人もいたはずです。先ほど述べたように、僕になりたいから「君の膵臓をたべたい」というのは分かります。しかし、博多旅行の際の発言から考えると、僕の中で生き続けたいなら「君に膵臓をたべてほしい」と言うのが自然です。 では、なぜ桜良は「君の膵臓をたべたい」と言ったのか。きっとこの言葉は、前述したものに加えて、2人のある共通の気持ちを表しているものなのではないでしょうか。

2人が「君の膵臓をたべたい」と言った理由

君の膵臓をたべたい ロゴなし
©️2017「君の膵臓をたべたい」製作委員会 ©️住野よる/双葉社

作品中では、2人の関係性がどういうものなのかはっきりと語られているわけではありません。友達でも恋人でもない、しかしお互いに特別な感情を抱いているのは明らか。 きっと、その気持ちを表す言葉が2人にとっては「君の膵臓をたべたい」だったのではないでしょうか。僕のメール中の「いや。こんな言葉じゃ百並べても言い足りない。」や桜良の手紙中の「ううん、そんなありふれた言葉じゃダメだよね。」という言葉からも、相手への気持ちを最大限に表すにはその言葉が必要であったことが分かります。 つまり、普通は思いつかないような「君の膵臓をたべたい」という言葉は、相手への憧れや感謝、もしかしたら恋愛的な気持ちも含めた言葉に表せないほどのレベルの、相手への思いを表すための言葉だったのではないでしょうか。

あなたはこのタイトルをどう感じましたか?

君の膵臓をたべたい ロゴあり
©️2017「君の膵臓をたべたい」製作委員会 ©️住野よる/双葉社

予告編でも「ラスト、きっとこのタイトルに涙する」と言っている通り、作品を通して非常に重要な役割となっている『君の膵臓をたべたい』というタイトル。このタイトルは誰の、いつ発言した言葉から来ていると言うよりは、交流を通して生まれた2人の気持ちを表したものなのではないかと思います。 きっと感じ方は人それぞれ。登場するたびに異なる意味を含むこの言葉をあなたはどう感じましたか?