2018年12月12日更新

『リメンバー・ミー』が傑作と言われるワケ【タイトルに込められた意味とは】

©2017 Disney/Pixar. All Rights Reserved.

ピクサーアニメーションスタジオ19作目の作品で、日本でも大ヒットを記録した映画『リメンバー・ミー』。メキシコを舞台に、死後の世界を描いた本作にはどんな意図が込められているのか、また多くの観客の心を掴んだ理由について考察していきます。

映画『リメンバー・ミー』は、世代を超えて繋がる家族の物語

ディズニーピクサー長編19作目の2017年制作の映画『リメンバー・ミー』。日本では2018年3月より全国で公開され、累計興行収入が47億円を突破するなど、大ヒットを記録しました。 今回は『リメンバー・ミー』の大きなテーマである“忘れないこと”の意味と、本作に登場する家族の姿を通して観客に問いかける、本当の愛情について考察していきます。 なお、本記事では、作品の展開や結末に触れているため、作品鑑賞前の人はご注意ください。

【あらすじ】ミュージシャンを目指す主人公と家族の感動の物語

舞台は、メキシコ。主人公・ミゲルは、とある理由で音楽が禁じられている一族のもとに生まれながらも、音楽をこよなく愛し、ひそかにミュージシャンを目指していました。 しかし、メキシコの伝統的な祭日である「死者の日」に、大切に隠し持っていたギターを祖母に取り上げられ、壊されてしまったのをきっかけに、ミゲルは家を飛び出します。そしてそのまま死者の国へ迷い込んでしまい、そこで出会った死者・ヘクターとともに、死者の国での冒険を繰り広げていくのですが……。 生死を超えた家族の交流をテーマにした異色のストーリー展開が公開前から話題を呼んだ本作。メキシコの文化を踏襲しながら死者と生者それぞれの悲しみと葛藤、幸せを描いた感動の物語です。

肉体の死を迎えた者たちが暮らす死者の国

本作でミゲルたちが暮らす世界と対比する形で登場するのが、肉体の死を迎えた者たちが住む死者の国。ここでは皆、骸骨となった姿で生活しており、美しく色鮮やかな風景が特徴的な、まさに楽園のような場所として本作では描かれています。 また生者だったころの記憶は受け継がれており、人気ミュージシャンだった者がライブを開くなど、それぞれの死後を謳歌する様子も見受けられます。

死者の国にまつわる3つの掟

死者の国にまつわる3つの掟が、本作において重要な役割を担っています。 その3つの掟とは、1つ目「死者の日に死者の物を盗んだ生者は死者の国に飛ばされる」、2つ目「生者が死者の国で日の出を迎えると帰れなくなる」、3つ目「生者の国の祭壇に写真が飾られていない者は死者の国から出られない」というもの。 さらに生者が死者の国から出るには、死者の国にいる自分の先祖からの許しを得ることが条件となっています。 まずミゲルは1つ目の掟通り、彼が尊敬してやまないミュージシャン・デラクルスの霊廟にあった彼のギターを無断で弾いたことをきっかけに死者の国に飛ばされてしまいます。 その後ミゲルは2つ目の掟を知り、なんとか死者の国にいた先祖を見つけ出して生者の国への生還を急いで試みますが、許しをもらう代わりに一生音楽を捨てるという条件を高祖母から突きつけられてしまうのです。 そしてヘクターは、生前の自分を知る唯一の生者である愛娘との再会を願うものの、3つ目の掟に阻まれて死者の国から出られずにいました。そこで生者であるミゲルと出会い、自分の写真を祭壇に飾るよう協力を求めたのでした。

本作の舞台・メキシコならでは芸術の数々

『リメンバー・ミー』の特徴のひとつともいえるのが、鮮やかな色彩を放つ骸骨の置物や本作の代名詞ともいえるメキシコ風のギター、死者の国の使い魔としての役割を担う重要なキャラクターのペピータの基となったフォークアートのアレブリへなど、メキシコに古くから伝わる数々の民芸品。 特に、豪華に飾り付けられた死者の日の祭壇やカラフルに光り輝く死者の国の描写は、その独特の色遣いや模様が施されていました。 また、死者の国の住人のひとりとして、実在の芸術家であるフリーダ・カーロも登場。メキシコを代表する画家であり、生前は民族芸術の第一人者として活躍した人物です。

ディズニーによるふたつの「死」の意味

本作の舞台となっているのはメキシコに古くから伝わる、年に一度他界した先祖と再会する「死者の日」です。主人公の少年・ミゲルは一族の伝統で禁止されている音楽をこよなく愛し、ひそかにミュージシャンになることを夢見る一方で、祖母をはじめとした家族から猛反対を受け、ついには大切にしていたギターを破壊されてしまいます。 ショックと怒りで家を飛び出したミゲルが迷い込んだのは、他界した者たちが集い生活を営む死者の国。ここでは肉体こそ失い骨のみになっているものの、死者は楽し気に死後の人生を満喫し、各々の楽しみを見つけていました。しかし、生前の姿を存命中の誰からも忘れられてしまった場合、魂も永久に消滅してしまうのです。 本作では死は2回訪れるものとされており、1回目は肉体の死、2回目は死者の国での魂の死であるとされています。たとえ肉体が生者の国で死を迎えたとしても、その存在を家族や周囲の人間たちが語り継いでくれれば死者の国で生き続けられるのですが、それが途絶えたときに魂の死が訪れるのです。 つまり、肉体の死は真の死去ではなく、誰かの中で記憶として語り継がれればその人物は永遠に生き続けることができると本作は提示しています。そしてそれこそがディズニーが死と向き合った末に出した結論であり、ディズニー流の死の解釈とも言えます。

歌に込められたメッセージ

本作では先ほど述べた3つの掟に加え、生者の国で完全に忘れられてしまった死者は2度目の死を迎えるという設定がありますが、死者の国でのヘクターの友人が生者の国で忘れ去られ、完全に消え去ってしまう様子をミゲルが目撃するシーンがあります。これこそが「完全なる死」だと思われ、死者にとって最も寂しく悲しいことといえるでしょう。 作品の終盤で、認知症であるママ・ココの前でミゲルが「リメンバー・ミー」というヘクターがママ・ココに送った曲を歌い、生前のヘクターの記憶を呼び起こさせるというシーンがありますが、この歌のタイトルが本作の真髄を物語っているともいえるでしょう。 つまりこの曲は、たとえ命が尽きても誰かが記憶を繋いでくれれば生き続けることができる、という、本作の最大のテーマとなる永遠の生と死者と生者の再会を歌ったものなのです。

ミゲルとその家族の在り方から考える、本当の愛情とは

『リメンバー・ミー』
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天性の歌声と演奏技術を持ちながらも、一族の音楽禁止という伝統とその圧力から才能を隠し続けるミゲル。音楽への思いを打ち明けたあとも祖母をはじめとする他の家族からの猛反対を受けてしまい、さらには死者の国からの生還の許しを得る際も、今後一切の音楽との関係を断ち切ることを約束させられてしまいます。 彼は幼い頃より、家族愛という名のもとに好きなものを否定され、本当の夢や気持ちには蓋をし、抑圧されたまま生きてきたのです。そんな彼に家族が注いできたのは、本当に愛情と呼べるものだったのでしょうか。 家族間の愛には、過去の失敗談からくる心配や干渉の念が含まれていることが多くあります。しかしながら、その度を超して行き過ぎた制御を施したり、頭ごなしに批判することは、もはや愛情ではなく支配であると筆者は考えます。 高祖母と曾祖母が受けた悲しみを繰り返したくない一心で音楽禁止の伝統を守り続けてきた一家のもとに、偶然にもミゲルは類まれなる音楽の才能を持って、生まれました。 その彼が他の家族とは違う夢や志を抱くことは極めて自然なことであり、それを理解し、受け入れることこそが、本当の家族愛なのではないでしょうか。 本作は、ヘクターが長年背負い続けてきた無実の罪を払拭したことでミゲルの音楽が家族に歓迎される結末を迎えましたが、この光景こそが普遍的で最も深い、本当の愛情であるといえるでしょう。ミゲルと家族の在り方の変化と彼らが行き着いたラストシーンから、真の家族愛が見えてくるのです。

映画『リメンバー・ミー』は、ピクサーお得意の愛を描いた感動作にして野心作

生死を超えた家族とその愛を描き、普遍的なテーマと異色の設定を持つ感動作として注目を集めた映画『リメンバー・ミー』。本国での製作から約1年が経った今でもファンを獲得し続け、ディズニーピクサーの新たな挑戦作とも囁かれています。 また各方面から多くの考察が寄せられる様子から、本作の高い完成度を窺い知ることができます。 まだ観ていない人はもちろん、すでに鑑賞済みの人も、この機会にぜひもう一度見てみてはどうでしょうか?