2018年9月25日更新

『リメンバー・ミー』が傑作と言われるワケ【タイトルに込められた意味とは】

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ピクサーアニメーションスタジオ19作目の作品で、日本でも大ヒットを記録した映画『リメンバー・ミー』。メキシコを舞台に、死後の世界を描いた本作にはどんな意図が込められているのか、また多くの観客の心を掴んだ理由について本記事では考察していきたい。

ディズニーピクサー19作目となる映画『リメンバー・ミー』

ディズニー・ピクサーの19作目の作品で、世界中で大ヒットを飛ばした映画『リメンバー・ミー』。日本でも公開当初から注目を集め、各国で高評価を獲得。本作は鑑賞後にさまざまな意見や解釈が飛び交い、多角度からの注目度が高い作品として話題に。 なぜ本作はここまで称賛を浴びるのか、傑作と言われるそのわけについて、本記事で考察していきたい。

ディズニーによるふたつの「死」の意味

本作の舞台となっているのはメキシコに古くから伝わる、年に一度他界した先祖と再会する「死者の日」。主人公の少年・ミゲルは一族の伝統で禁止されている音楽をこよなく愛し、ひそかにミュージシャンになることを夢見る一方、祖母を筆頭に家族から猛反対を受け、ついには大切にしていたギターを破壊されてしまう。 ショックと怒りで家を飛び出したミゲルが迷い込んだのは、他界した者たちが集い生活を営む死者の国。ここでは肉体こそ失い骨のみになっているものの、死者は楽し気に死後の人生を満喫し、各々の楽しみを見つけている。しかし、生前の姿を存命中の誰からも忘れられてしまった場合、魂も永久に消滅してしまうのだ。 本作では死は2回訪れるものとされており、1回目は肉体の死、2回目は死者の国での魂の死であるとされている。たとえ肉体が生者の国で死を迎えたとしても、その存在を家族や周囲の人間たちが語り継いでくれれば死者の国で生き続けられるのだが、それが途絶えたときに魂の死が訪れる。 つまり、肉体の死は真の死去ではなく、誰かの中で記憶として語り継がれればその人物は永遠に生き続けることができると本作は提示している。そしてそれこそがディズニーが死と向き合った末に出した結論であり、ディズニー流の死の解釈とも言えるだろう。

ミゲルは家族愛と自己愛を両立することはできたのか【ネタバレ】

家族を思うこと、自分を偽ること

物語終盤で、実はミゲルの高祖父はデラクレスではなくヘクターだったこと、さらにヘクターは家族のもとへ帰る直前にデラクレスに毒を盛られて殺されていたことが発覚。それを知ったミゲルが生者の国へ戻り、ミゲルの曾祖母でヘクターの娘にあたるママ・ココに、ヘクターが作った曲「リメンバー・ミー」を聞かせたことでママ・ココの記憶が戻り、ヘクターは死者の国で生き続けることが叶ったのである。 そして一族の間で裏切者の象徴として扱われ頑なに禁止されていた音楽が許可され、ミゲルが家族の前でギター演奏を披露し物語は幕を閉じる。 本作は無事にハッピーエンドを迎えることとなったが、もしもミゲルが早々に音楽を諦め、悲しみを隠しながら生きていたとしたら、一族は偽りの歴史を辿ることになっただろう。少なくとも、あのエンディングにたどり着くことはできなかったはずである。 確かにデラクルスのしたことは罪深いことではあるが、ミゲルが音楽に打ち込みたいという気持ちはとても無垢な感情だ。まだ年も若く、配偶者も子どもいないミゲルがミュージシャンを目指すことが、家族を捨てる行為に直結するとは考えにくい。 家族愛の名の下に本当の自分を押し殺し、家族という集合体に適応して生きていくことは自分自身への裏切りに繋がるのではないか、それは家族にとって真の幸せと呼べるのだろうか、という思いが鑑賞後に心に生まれた。

真実の幸福は他者への愛に繋がる

本作では結果的にミゲルは自分の夢と家族からの理解を両立し、一族全員に幸福が訪れることとなったが、それはミゲルの家出がなければ実現しなかったことであり、他の家族と同じような従順な生き方では得られないものだった。つまり、ミゲルの反抗心がヘクターの魂を救い、一族に和解と真実をもたらしたのだ。 家族からの承認が、あるひとりの人間の将来に大きな影響を与えるものであることは決して間違いではない。しかし、それ以上に自分に正直に生きることは大きな功績を生み出す可能性を秘めており、自分への愛はあまねく幸せへの一歩であるということが、本作を通じて表現されていると考えられる。

普遍的なテーマを真摯に描き出した傑作

圧倒的な色彩表現と軽快な音楽を用いて、家族と死という普遍的なテーマを描き出した映画『リメンバー・ミー』。死者と生者の交流という少々異色な設定も相まって、公開後は作中に込められた意図についてあらゆる考察が飛び交い、大きな反響を呼んだ。あらゆるテーマで社会や世界を見つめ、表現してきたディズニーにとってまさに新境地であると言えるだろう。