映画『風立ちぬ』に隠された都市伝説【UFOと霊】

2017年7月6日更新

宮崎駿監督の引退作である『風立ちぬ』。他のジブリ作品同様、この作品にも都市伝説が存在しているようです…。UFOと霊、というオカルトな二つの観点から『風立ちぬ』に関する都市伝説を検証していきたいと思います。

主人公のモデルになった堀越二郎は、実はUFO研究家でもあった?

「ケネス・アーノルド事件」という、1947年6月24日にアメリカのワシントン州で起こったUFO目撃事件があります。

事件の概要

1947年6月24日午後2時59分頃、レーニア山上空で自家用飛行機を操縦していたケネス・アーノルドは、9個の奇妙な物体が連なって高速飛行しているのを目撃しました。9個の物体は平らで翼があり、音も無く飛行していたそうです。

マスコミはそれを空飛ぶ円盤 (Flying Saucer) と名付けました。そして事件直後の6月30日、当時FBI長官だったジョン・エドガー・フーヴァーは、UFO目撃例を調査するプロジェクトを発足させました。

これをきっかけにUFO目撃談が加速度的に増えていくのですが、『風立ちぬ』の主人公のモデルである、堀越二郎氏もUFOに興味を持ちます。

氏は、事件に関しての仮説を12個立てました。しかし研究ノートに記された12の仮説のうち、3ページ目の仮説だけ無くなっているのが後に発見されました。

そしてその紛失した3ページ目の仮説は、UFOの存在を肯定するものだったそうです・・・

隠蔽工作の目的で、何者かが3ページ目を持ち去ったのでしょうか? UFOの議論は現在も続いていますが、真相はいまだ藪の中です。

堀越二郎とカプローニは浮遊霊?

作品の最後に出てくる「生きて」というセリフは、もともとは「来て」でした。

堀越二郎とカプローニは、死後も天国と地獄の間にある審判の場所におり、そこには他にも多くの霊が彷徨っているそうです・・・

映画『風立ちぬ』にも登場した「風立ちぬ、いざ生きめやも」に込められた意味

堀辰雄の同名小説『風立ちぬ』では、より直接的に生と死についてのテーマが描かれています。

作中の「風立ちぬ、いざ生きめやも」という詩は、ポール・ヴァレリーの『海辺の墓地』に登場する一節 "Le vent se lève, il faut tenter de vivre." を堀辰雄自身が翻訳したものです。

「風立ちぬ」の「ぬ」は、「風が立たない」という否定形としてではなく、「風が立った」という過去・完了の助動詞としての「ぬ」だそうです。

そして「いざ生きめやも」の「め・やも」は、未来推量・意志の助動詞である「む」の已然形「め」と、反語の「やも」を繋げた「生きようか、いやそんなことはない」という意味になりますが、語頭の「いざ」は、「さあ」という意の強い語感で「め」に係っており、文全体のニュアンスとしては「生きようじゃないか」という前向きな意味が込められています。

「風立ちぬ、いざ生きめやも」という訳には、原詩の直訳である「生きることを試みなければならない」という決意めいた意味と、それが悲壮な決意であるという予感が、同時に内包されています。

また、風が過去に立ち始めて現在に立った、という時間的・空間的な広がりも表現しており、生きることへの覚悟と不安が一緒くたになった瞬間をとらえています。

以上、『風立ちぬ』にまつわる都市伝説をお送りしました。こうして違う角度から作品を見返してみると、また新しい発見があるかも?