名優なのにオスカーにノミネートされたことがない俳優10人

2017年7月6日更新

ハリウッドで第一線に活躍してきた名俳優なのに、一度もアカデミー賞にノミネートされたことがない俳優はたくさんいるんです。今回は残念ながら、素晴らしい演技力で私たちを魅了してきたのにノミネート経験のないハリウッドスターをwhatculure.comよりご紹介します。

リタ・ヘイワース

リタ・ヘイワース

1940年代に活躍した女優リタ・ヘイワースは、素晴らしい演技力にも関わらず一度もオスカーにノミネートされたことがありません。彼女の魅力が最も発揮された作品は、1946年の『ギルダ』でしょう。チャールズ・ヴィダー監督のフィルム・ノワールで、リタは運命の女ギルダを演じ、セックス・シンボルとして絶大な人気を誇りました。

翌年に公開された『上海から来た女』のエルザ役での演技も絶賛されましたが、これもノミネートには届きませんでした。それ以前にも、『踊る結婚式』や『カバーガール』などのミュージカル映画、脇役でしたが『血と砂』で見せた力強い演技も称賛されていました。リタは当時、多くの興行収益をたたき出す女優のひとりでしたが、念願のオスカーを手にすることはありませんでした。

1940年代のハリウッドを支えたリタも、年齢とともに役の幅が限られるようになり、スタジオ側との折り合いも悪くなった結果、70年代初めに女優を引退。そして1987年に68年の生涯を閉じました。

ラウル・ジュリア

ラウル・ジュリア

舞台俳優からキャリアをスタートさせたラウル・ジュリアは才能に満ちた役者のひとりで、その演技に磨きをかけるため、惜しみない努力と準備をして演技に励んでいました。そして1970年代後半から本格的に映画に出演するようになり、1985年に出演した『蜘蛛女のキス』で注目を集めました。

『蜘蛛女のキス』での役作りのために、出身地であるプエルトリコの刑務所を訪れ役に挑みましたが、本作で主演を務めたウィリアム・ハートの演技が目立ってしまい、ウィリアムがアカデミー賞主演男優賞を獲得する結果になってしまいました。そして翌年に公開された『アダムス・ファミリー』で一気に知名度を上げましたが、コメディを嫌うアカデミー協会には彼の演技は受け入れられませんでした。

1995年にテレビ映画『バーニング・シーズン』でようやくエミー賞とゴールデングローブ賞を受賞したラウルでしたが、前年の1994年に、胃癌と脳卒中で54歳という若さで亡くなり、実際に賞を見ることはありませんでした。

メグ・ライアン

メグ・ライアン

少し変わってるけどみんなから愛されるユニークな役を演じることが多かったメグ・ライアン。「ラブコメの女王」に君臨した彼女も、シリアスなドラマを好むアカデミーとは無縁のキャリアを築いてきました。

『トップガン』で注目を浴び、1989年公開のビリー・クリスタルと共演した『恋人たちの予感』の大ヒットによって人気を決定付けました。それ以降も、トム・ハンクスと共演した『めぐり逢えたら』や『ユー・ガット・メール』などのロマンティック・コメディに主演し、立て続けにヒットを飛ばしました。

1994年には『男が女を愛する時』で演じたアル中に苦しむ主婦の役が好評を得ましたが、オスカーにはノミネートされず、その後は、整形手術をして挑んだ『イン・ザ・カット』が失敗に終わり、近年は出演作にも恵まれず低迷している状態です。

スティーヴ・ブシェミ

スティーヴ・ブシェミ

俳優歴30年にもなるスティーヴ・ブシェミの出演作品数は多く、特にティム・バートンやコーエン兄弟といった個性派監督の作品に数多く出演しています。クエンティン・タランティーノが専門学生時代に製作した『レザボア・ドッグス』で、Mr.ピンク役で出演しており、ハリウッドでリメイクが決まっても同役で出演し注目を集めました。

また、コーエン兄弟監督作『ファーゴ』では短期な誘拐犯カールの演技が絶賛され、本作はアカデミー賞7部門にノミネートされたにも関わらず、スティーヴはその枠に入りませんでした。

しかし、テレビドラマにも精力的に出演しており、『ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア』『30 ROCK/サーティー・ロック』『ボードウォーク・エンパイア 欲望の街』ではエミー賞にノミネートされています。近い将来彼がオスカーにノミネートされることを期待しましょう!

三船敏郎

三船敏郎

長い映画史に名を残す日本人俳優といえば、三船敏郎ではないでしょうか。巨匠黒澤明監督の常連として知られ、これまでに16作品にも及ぶ黒澤映画に出演しています。そして絶頂期には、1年に4本の映画に出演するなど積極的に演技に取り組んでいましたが、一度もアカデミーにノミネートされたことはありません。

『蜘蛛の糸』『羅生門』『用心棒』での強烈な演技で、世界の映画ファンに大きな影響を与えた三船敏郎。「世界のミフネ」と称され、これまでに150以上の映画に出演した経歴がありますが、ノミネートされることなく、1997年にその生涯を閉じました。

ミア・ファロー

ミア・ファロー

ミア・ファローは素晴らしい演技だけでなく、私生活でも注目されたハリウッド女優です。19歳のときに、当時50歳だったフランク・シナトラと結婚したことや、ウディ・アレンとの恋愛、海外から養子を迎え入れたり、慈善活動に熱心に取り組むなど、その私生活がたびたびメディアに取り上げられました。

1968年に自身初主演映画『ローズマリーの赤ちゃん』での演技によって、数々の賞を獲得し、トップ女優としての地位を確固たる物としました。

80~90年代前半は ウディ・アレン監督作品のほぼすべてに出演しており、特に『ハンナとその姉妹』『カイロの紫のバラ』『ブロードウェイのダニー・ローズ』『アリス』での演技は好評でしたが、ノミネートされることはありませんでした。そして、70歳となった現在はインディ映画で端役として出演しています。

ピーター・ローレ

ピーター・ローレ

ダークで不気味な役を得意とするピーター・ローレの知名度を上げた作品は、1931年に公開されたフリッツ・ラング監督のドイツ映画『M』です。ベルリンを舞台に、連続殺人犯が警察と犯罪者たちに追い詰められる様を描いた本作で、ピーターはその連続殺人犯を演じています。ドイツ映画ではありますが、連続殺人犯を演じるのは容易いことではなかったはずですし、アカデミー側は彼を主演男優賞にノミネートすべきだったと思います。

1934年のヒッチコック監督作『暗殺者の家』での演技も素晴らしいものでしたが、これもノミネートされることはありませんでした。その後も映画『カサブランカ』や『マルタの鷹』などに出演し、個性派脇役として活躍しましたが、1964年に59歳で亡くなりました。

ドナルド・サザーランド

ドナルド・サザーランド

1964年に映画デビューして以来、ドナルド・サザーランドは多才で器用な役者として色々な映画に出演してきました。特に70年代の彼は、朝鮮戦争を舞台にしたブラック・コメディ『M★A★S★H マッシュ』や『コールガール』、『イナゴの日』で素晴らしい演技を披露していますが、残念ながらオスカーにノミネートされていません。

また、1980年に公開されたロバート・レッドフォードが監督を務めた『普通の人々』は、アカデミー作品賞をはじめとする6部門でノミネートされましたが、父親役を演じたドナルドがノミネートされることはありませんでした。

1998年には、『ラスト・ミニッツ 栄光なきアスリート』でナイキの共同設立者であるビルを演じ、最高といえるパフォーマンスを劇中で見せてくれましたが、これにもアカデミー側は食いつくことはありませんでした。

80歳となった今でも現役バリバリで活躍し、『ハンガー・ゲーム』シリーズといった話題作にも出演しています。ぜひとも引退するまでにオスカーにノミネートされてほしいですね。

リチャード・ギア

リチャード・ギア

デビューから30年以上が経ち、いろいろな役を演じてきたベテラン俳優リチャード・ギア。近年目立った活躍はあまり見られませんでしたが、2012年に公開された『キング・オブ・マンハッタン 危険な賭け』で迫真にせまる演技を披露し、ようやくオスカーにノミネートされるかと思いきや、結局実現には至りませんでした。

リチャードは以前にも、『天国の日々』(1978)や『愛と青春の旅立ち』(1982)で同じ経験をしており、特に『愛と青春の旅立ち』では、共演者のルイス・ゴセット・ジュニアとデブラ・ウィンガーがそれぞれオスカーにノミネートされ、ルイスは助演男優賞を受賞しました。また、法廷を舞台にしたドラマ映画『真実の行方』でも、エドワード・ノートンが助演男優賞にノミネートされた一方で、リチャードはまたもや取り残された形となりました。

2002年の『シカゴ』でゴールデングローブ賞主演男優賞(ミュージカル・コメディ部門)を獲得しましたが、アカデミー賞はというと、12部門にノミネートされたのに、その中に彼の名はありませんでした。

マリリン・モンロー

マリリン・モンロー

マリリン・モンローは、20世紀を代表するセックスシンボルとして広く認知されており、ハリウッドを代表する映画スターの一人です。オスカー受賞歴があり、彼女と2度仕事をしたことがあるビリー・ワイルダー監督曰く、「マリリンには他の女優にはない素晴らしい魔法をもっている」そうで、彼女のスター性とカリスマ性は、演じるどの役でも垣間見ることができます。

そんなマリリンもオスカーに無視された女優のひとりで、1953年のミュージカル・コメディ『紳士は金髪がお好き』で歌われている「ダイアモンドは女の親友」は、今でも愛されている曲です。また、1959年の『お熱いのがお好き』は彼女の代表作で、ゴールデングローブ賞 主演女優賞 (ミュージカル・コメディ部門) を受賞しましたが、オスカーにはノミネートされませんでした。

そして、マリリンの遺作となった『荒馬と女』では、これまでとは違いダークで内観的な役を演じ、オスカーを狙えるほどの演技力を披露しましたが、ノミネートから外されてしまいました。