道(1954)

道(1954)

作品情報

原題 La Strada
日本劇場公開日 1957年5月25日
製作国 イタリア

新着感想・ネタバレ

southpumpkinの感想・評価
心を打たれました。フェリーニの最高傑作であり、イタリア映画を代表する作品。貧乏な家の器量の悪い娘ジェルソミーナが旅芸人ザンパノに買われて、嫌々ながらも旅を続けるお話。
サーカスの人々や修道院の人々に誘われるも涙を流しながら無骨な男ザンパノに連れそうジェルソミーナ。ジェルソミーナの愛などつゆ知らず、自分が惹かれているのか知ってか知らずか、ジェルソミーナに辛くあたるザンパノ。淀川長治先生の言葉を借りれば「男のわがまま、女の従順さ」が愚かしいほどに描かれています。連れそう中で芽生える愛があり、それがあまりに少しずつ成長したもので、時にそれに気づけなくなる。でもそれをふと失った時に存在のあまりの大きさに驚いてしまう。大学生カップルのよくやっている「冷却期間」なるものはフェリーニの『道』に通じているのかもしれません。
「自分なんて死んでしまえばよい」とジェルソミーナが悲観したとき、綱渡り師は「誰だって誰かの役に立っている」と言いますが、結局ジェルソミーナは「自分が誰かの役に立っている」ことを知ることなく死んでしまいます。自分の存在そのものが誰かの存在を支えている。ここに人が生きる意味を見出せるのではないでしょうか。
こちらも淀川長治先生の指摘ですが、ジェルソミーナは火と水が好きだったということです。なるほど確かに、海や焚き火をぼんやり見ていたなあ。そんな彼女の好きなものを知っているザンパノはラストシーン浜辺で海を見ながら悲しみに暮れる。愛です。愛ですよ。すごく悲しいのに、天国でジェルソミーナが微笑んでいるのを想像します。
HMworldtravellerの感想・評価
道。来た道、行く道。自ら選ぶ道、誰かの後を辿る道。道は1つではなく、1つに見えていても必ずどこかに分岐点があるはず。ジェルソミーナとザンパノ。もしも出会わなければ2人はどんな人生を歩んだのだろう。売られていくしかなかったジェルソミーナにはあの時点での選択肢はほぼ無かった。彼女はいつからザンパノを想っていたのだろう。

自分のことを 醜く料理もできず何の役にも立たないと思っていた彼女は、ザンパノに出会い 金稼ぎや性の捌け口の道具のように扱われながらも、旅芸の日々を通じて「自分は役に立っている」という実感を人生で初めて得たのかもしれない。ザンパノの役に立つことに生きることの意義を見い出した彼女の想いはやがて「彼は自分がいなければ何もできない」へと変わってゆく。それは資質として持っている母性本能に近い気もするのだ。そう思って観ると粗暴なザンパノの行為が駄々をこねる子供のようにも見えてくる。

劇中、旅芸人の一座の男が言うセリフが彼女の気持ちを確かなものにしたのだろうか。「この世にあるものは何かの役に立つんだ。こんな小石でも何かの役に立っている。」

旅芸人の男の言葉、一座に誘われた時、修道院でのシーン。ジェルソミーナが別の道を行くチャンスは確かにあった。その道を行かずにザンパノの側にいることを選択した彼女の心が事件により壊れた。彼女の決心を固めた言葉をかけた人物に起きてしまった出来事。ザン...
Keimiyazatoの感想・評価
カビリアの夜と一対にして考えたい作品 ラストのザンパノの涙とカビリアの決意的な笑顔の違いが印象的、ジュリエッタ・マシーナのクリクリした瞳とニーノ・ロータの音楽が素晴らしい フェリーニは「81/2」「魂のジュリエッタ」辺りから説明を極力控えた作風になり難解な監督って思われガチですが、製作順に観ていくと8 1/2もすんなり入ってくるので そう言う観方をお薦めします。
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