2018年8月29日更新

31歳泣き虫女がパリで独り暮らし。カンヌ受賞作『若い女』をレビュー

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若い女
(C)2017 Blue Monday Productions

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カンヌで新人監督賞を獲得した映画が日本公開!

2017年カンヌ国際映画祭カメラドール(新人監督賞)受賞の映画、『若い女』が、8月25日に日本で公開されます。31歳の女子が彼氏に捨てられてパリを彷徨う物語です。 主人公のポーラの自由奔放な行動には、共感する女子も多いかと思われます。パリと言えば、ニューヨーク、ロンドン、東京とも並ぶ生き馬の目を抜く巨大都市。 その真っ只中に一文無し、宿無しで放り出されたポーラの奮闘ぶりが楽しいです。アメリカのガーリー映画とはひと味違う、フランス産のちょっと知的なガーリー映画を紹介します。(一部、ネタバレもあるので、注意して下さい) あなたも型破りなポーラの魅力に取り憑かれるはず。

『若い女』のあらすじ

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(C)2017 Blue Monday Productions

31歳の女性ポーラは、10年付き合った彼氏に突然捨てられます。彼氏はそこそこ有名な写真家。泣いてもわめいても、彼氏は家に入れてくれません。 彼の愛猫ムチャチャを抱えて、ポーラはパリの街をさまよいます。彼女は無一文、宿無し。親友のアンヌからも、「妊娠しているから猫はだめ!」と拒絶されてしまいます。 落ち込んでいると偶然メトロで乗り合わせた女性から幼なじみと勘違いされ、彼女もあえて否定しないまま親しくなるのです。 彼女の紹介で住み込みの子守の職をゲット。しかもランジェリーショップの売り子の職にもありつきます。しかし、奔放なポーラは職場でもうまくいきません。 そんなとき、元彼から電話が……。

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監督・脚本レオノール・セライユ

監督・脚本のレオノール・セライユは、1986年リヨン出身です。文学を学んだ後、フランス国立映画学校脚本コースへ転身。 セライユ監督が映画学校の卒業制作に執筆した脚本が本作です。自らの手で映画化し、見事、2017年のカンヌ国際映画祭カメラドール(新人監督賞)受賞の快挙をなしとげます。 そんなセライユが学生時代に影響を受けた映画とは、意外にも日本映画でした。特に河瀨直美の『沙羅双樹』(2003)、『殯の森』(2007)や、石井克人の『茶の味』(2004)などが印象的だと語ります。 次回作が待ち遠しい監督です。

ポーラ / レティシア・ドッシュ

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主人公のポーラを演じるのは、レティシア・ドッシュです。1980年フランス生まれの女優、ダンサー、作家。スイス・ローザンヌの舞台芸術専門学校で学びました。 2009年から短編映画などで女優としてのキャリアを開始し、2013年、ジュスティーヌ・トリエ監督の『ソルフェリーノの戦い』で主演をつとめます。 その他、カトリーヌ・コルシニ監督の『美しい季節』(2015)、クリストフ・オノレ監督の『ソフィーのいたずら』(2016)などに出演。 本作での演技が認められて、ドッシュは2018年リュミエール賞最有望女優賞を獲得しました。

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ポーラの母 / ナタリー・リシャール

ポーラの母親を演じたのは、1963年フランス生まれの女優、ナタリー・リシャールです。幼少時代はアイススケートやダンスに熱中。 ニューヨークでダンスを学んだ後、フランス国立高等演劇学校に入学。舞台、映画を活動の場にします。 ナタリー・リシャールのスクリーンデビューは、シャンタル・アケルマン監督の『ゴールデン・エイティーズ』(1986)です。代表作は、ミヒャエル・ハネケ監督の『隠された記憶』(2005)、カズオ・イシグロ原作の『わたしを離さないで』(2010)など。 本作におけるナタリー・リシャールは、徹底的にポーラを拒絶する母親を演じています。

ポーラの相棒猫・ムチャチャ

若い女
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ポーラが勝手に持ち出してしまう、元彼の真っ白いモフモフの猫、ムチャチャ。チンチラ種らしいムチャチャのお利口なたたずまいには、たまらないものがあります。 パリで犬を飼っている人は珍しくありません(歩くと犬の糞をよく踏みます)が、猫は珍しいのでしょうか、可愛いムチャチャはポーラの親友や安宿の主人に眉をひそめられてしまいます。 ポーラがちょっと気になっているアフリカ系の同僚、ウスマン(スレイマン・セイ・ンディアイ)に、猫を預かってくれないかと頼むシーンで、ポーラは「メス猫で、毛は色んなとこに付くし、食べ物は横取りされるし、大変よ」と言います。すると、ウスマンは、「女と同じだね」と答えるのです。まさに真理。 猫好きの方なら、飄々としたムチャチャに一目惚れするはず。ポーラと一緒にパリの街を彷徨うムチャチャをスクリーンで是非見てください。

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パリの日常的な風景

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本作の原題は『Jeune Femme』、『若い女』ですが、イギリスなどでは『Montparnasse Bienvenue』、すなわち『モンパルナスへようこそ』というタイトルで公開されています。 監督のレオノール・セライユによると、自身が18歳のとき最初に住んだのがモンパルナスなのだそうです。監督はシナリオの段階で、モンパルナスを頭に置いて書いていたとのこと。 そのせいか、映画に現れるパリは観光地的な風景ではなく、より日常的なレベルのものなのです。ポーラが働くショッピング・モールやポーラが踊りに行くクラブなどは、なかなか観光ではお目にかかれないかもしれません。 唯一観光地的な場所は、ポーラがムチャチャを遊ばせようとする、墓地です。ここは恐らくモンパルナス墓地で、ボードレール、ゲンスブールなどの著名人も葬られています。

母親との確執と食べること【ネタバレ注意】

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(C)2017 Blue Monday Productions

ポーラが安宿に泊まっている時、テレビの画面にダグラス・サーク監督の『悲しみは空の彼方に』が映し出されています。 レオノール・セライユ監督はこれについては語っていませんが、この映画は黒人のアニーとその娘サラ・ジェーン(混血で見た目は白人)の確執と愛情がテーマのひとつです。 想像するに、ポーラの母親とポーラとの和解が隠しテーマとしてあるのかもしれません。サラ・ジェーンが母親を拒絶するのと対をなすように、ポーラの母はポーラを拒絶するからです。 しかし最後には一緒に料理を作り、食卓を囲むことによって母子は和解します。そういえば、メトロで幼なじみに間違えられたユキと親しくなる場面でも、ウスマンと良い感じになる場面でも、手を焼いていた子守の相手リラと仲良くなる場面でも必ず食事をしているのです。 本作は食が仲を取り持つ映画でもあります。

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ファッションと音楽と女たち=女性のための映画

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(C)2017 Blue Monday Productions

ポーラは状況に応じて様々な服を着ます。ランジェリーショップの制服も可愛いですし、度々身に着けているブルーのセーターは、とても魅力的です。 そんな本作のサウンドトラックを担当したのは、フランスの若き作曲家ジュリー・ルエ。クードラム、カルト・コンタクトなどのアーティストの曲を採用し、自身も数曲提供しています。エレクトロニカ色の強いサントラです。 また、本作にはポーラ以外にも個性的な女優が登場します。ポーラを幼なじみと間違えたユキは謎めいていますし、ポーラに子守を頼むリラの母親(エリカ・サント)は会計士からダンサーに転職したという異色の経歴。 なかでも、印象的なのはポーラが診察を受ける女医さん(オドレイ・ボネ)です。ポーラが「相談できる人はたくさんいるわ。例えば、今もあなたに話している。このまま話し続ければ、あなたの話を聞くこともできるわ」と言うと、彼女は悲しそうな、うれしそうな表情を浮かべます。 ファッションと音楽と女優を魅力的に描いた本作は、女性監督による女性のための映画とも言えるのではないでしょうか。