若尾文子、映画『刺青』でもおなじみの昭和のスターを紹介!【ソフトバンクCMのお母さん】

2017年7月6日更新 702view

名だたる巨匠に愛され、銀幕のヒロインとして活躍した大女優・若尾文子。近年ではコミカルなテレビCMが話題となり、若い世代にも広く知られるようになりました。そんな若尾の往年の名作からプライベートな話題までご紹介していきます。

大女優・若尾文子のプロフィール

若尾文子 画像

出典: laughy.jp

若尾文子(わかお・あやこ)は、東京都出身、1933年11月8日生まれ。 5人兄姉の末っ子として育ち、戦争中は宮城県の仙台に疎開していたこともあるそうです。

1951年に大映に入社し、1952年『死の街を脱れて』南節子役でスクリーンデビューしました。これは、急病の久我美子の代役だったとか。その後、溝口健二や増村保造らの巨匠に見出され、本格派の女優に磨かれていきました。

出演した作品は、なんと160本以上!大映の看板女優として一時代を築き、活動の場を舞台やドラマに移してからも輝き続ける若尾文子についてまとめてみます。

若い頃も現在も驚異的な美貌!

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1950から1960年代という日本映画の黄金期に、正統派の美人女優として絶大な支持を受けた若尾。着物姿の艶やかさは日本のみならず海外でも人気が高いそうで、確かにため息が出るほどの美しさです。

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歳を重ねても若々しく美しい若尾の美容法ですが、美白には睡眠が最も大切であると考え、さらに、日焼け止めではなく日傘や帽子、サングラスなどで紫外線対策をするのだとか。また、健康の秘訣については以下のように語っています。

「体だけが資本ですからねぇ。健康法とか積極的に何かしていることはありませんが、食べ過ぎないこと、寝る前には食べないこと。それと寒い間だけ、家の近くの神社周辺を早足で歩きます。暑くなると汗をかきますのでね、やりません」

「石仏」が大女優の原点?

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出典: www.jiji.com

子どもの頃の若尾は、学校ではおとなしく家の中では強気な内弁慶で、兄たちを呼び捨てにし自分のことはちゃん付けしていたといいます。

女学校時代は読書三昧だっため、友人から「石仏」というニックネームを付けられたそうです。本を読んでいると登場人物になれたような気分になり、その感覚の延長が女優であるのだとか。

若尾が大映に入った経緯ですが、仙台で公演していた長谷川一夫とたまたま出会った際に、とっさに「女優になりたい」と言ってしまい、その話はそこで終わったものの、後日家族が大映のニューフェイス募集に応募して合格。たくさんの本に触れ登場人物と自分を重ねることに、大女優・若尾文子の原点があったようです。

若尾文子の出世作『十代の性典』【1953年】

『十代の性典』

煽情的なタイトルが目を引く『十代の性典』は、若尾の出世作となった作品です。島耕二が監督を務め、1953年に公開されました。

心も体も不安定な思春期の女学生の生態をまざまざと描き、若尾が務めたのは高梨英子役。澤村晶子演じる三谷かおるを「おねえさま~」と慕い、同性の危険な関係を匂わせています。

その内容から教育関係者やマスコミからは強い批判を受けたそうですが、同年中に『続・十代の性典』を含む2本の続編が製作されるという人気シリーズとなり、「性典」ブームを巻き起こしました。

『祇園囃子』でイメージ一新【1953年】

『祇園囃子』

精力的に活動する若尾は、1953年中に9本の映画に出演しています。『祇園囃子』もそのうちのひとつで、川口松太郎の小説を原作に溝口健二が監督を務め製作されました。

舞台は京都の祇園。木暮実千代演じる芸妓・美代春のもとに、舞妓希望の少女・栄子が入門します。一年間の修行を終えた栄子は美代栄の名で店に出て人気となるものの、意に沿わない要求をされ大口の客に怪我をさせてしまうことに……。

祇園で生きる芸妓らの悲喜こもごもを丁寧に描いた作品であり、瑞々しい美しさの若尾が栄子を好演し高い評価を得ました。しきりに「性典女優」と言われ不本意な思いもしていたという若尾は、本作でそのイメージを見事に払拭しています。

若尾の迫真の演技と増村監督のこだわり『清作の妻』【1965年】

『清作の妻』

若尾の鬼気迫る演技が印象的な『清作の妻』は、吉田絃二郎の小説を原作に増村保造が監督を務めた作品です。

戦争で英雄視される夫と、理不尽な理由で村八分にされている妻。唯一の生き甲斐である夫を再び戦場へ送り出さねばならなくなった若尾演じる妻・お兼がとった行動には、狂気だけでなく一途な愛や切なさも感じずにはいられません。

増村監督は若尾のうつむき顔を撮る時に照明を工夫したそうで、当時の撮影の様子を語った若尾のコメントがあります。

「顔が見えづらいので照明さんが、ふっと顔が(光で)浮くように、自然とわたしの顔に視線がいくようにしてくださった。だから実際の私より、ずっといい女に見えるんです」
引用:eiga.com

極上のエロチシズム『刺青』【1966年】

『刺青』

出典: laughy.jp

若尾の一番の代表作を挙げるとしたら、やはり『刺青』ではないでしょうか。谷崎潤一郎の小説を原作に、増村保造が監督を務めました。

質屋の娘・お艶は意を決して手代と駆け落ちしますが、悪党に騙され背中一面に女郎蜘蛛の刺青を彫られてしまいます。それをきっかけに眠っていた悪女の血がたぎり、男たちを惑わせていくというストーリー。

お艶を演じる若尾の白く透き通るような肌に妖しい刺青が映え、まさに「妖艶」「魔性の女」!極上のエロチシズムを感じさせる傑作と言われています。

若尾と増村監督の名コンビ

『卍』【1964年】

『卍』

前述の『清作の妻』や『刺青』も含め、若尾の増村監督作品への出演は20本にのぼります。複数の男女の愛憎渦巻く官能的な『卍』では徳光光子役を演じています。

『華岡青洲の妻』【1967年】

『華岡青洲の妻』

世界初の全身麻酔による手術の成功を描いた『華岡青洲の妻』では妻・加恵役を体当たりで演じ、多くの名作を生み出しました。

映画からドラマや舞台の世界へ

NHK大河ドラマ『武田信玄』【1988年】

若尾文子『武田信玄』

銀幕のヒロインとして多くの作品の主演を務めた若尾ですが、1971年の大映倒産を機に活動の場をドラマや舞台に移します。

NHK大河ドラマの『新・平家物語』や『武田信玄』などに出演し、特に『武田信玄』では信玄の実母・大井夫人役のほかナレーションも担当しました。締めのセリフ「今宵はここまでに致しとうござりまする」は流行語大賞の「流行語部門・金賞」になっています。

また、舞台には、川端康成の名作『雪国』でデビュー。その後、森本薫の戯曲『華々しき一族』で杉村春子の当たり役を受け継ぎ、気品に満ちた諏訪を演じています。

亡夫・黒川紀章との恋

若尾文子 黒川紀章

若尾は30歳で一度目の結婚をしますが長くは続かず、その後50歳の時に二人目の夫となったのが六本木の国立新美術館なども手掛けた世界的な建築家・黒川紀章でした。

出会いはテレビ番組の対談で、黒川は若尾のあまりの美しさを「バロック美術」に例えたそうです。当時黒川には妻子がいたため、若尾との正式な結婚には7年の歳月を要しました。

仕事を控えたとはいえ女優として活動する若尾と、高名な建築家の黒川。すれ違いも多く、別居のような生活も余儀なくされる中、若尾は夫を気遣い手作り弁当を届けたといいます。

「そんなこと、そんなことない! 本当に君が好きだったんだから」

若尾文子 黒川紀章 画像

相手を尊重し合う夫婦生活は2007年に黒川が他界するまで続きますが、若尾が自分はあまりいい妻でなかったのではないかという思いを問うと、黒川はそんなことは全くなく、心から若尾を愛していたことを告げたそうです。

これが、ふたりだけの最後の会話となりました。

ソフトバンクのテレビCMで大人気!

ソフトバンク CM 白戸家「温泉旅行」篇「父反対する」篇

喋るお父さん犬が登場し、コミカルな展開で人気のソフトバンクのCM。近年若尾は、お父さん犬・白戸次郎の母・文子を演じ、そのおちゃめなおばあちゃんっぷりと年齢を感じさせない美しさで、若い世代にも知名度が高まりました。

CM白戸家「温泉旅行」篇や「父反対する」篇では、ソフトバンクのかんたん携帯を使い話が弾んだ50歳年下の恋人(松田翔太)と再婚することを家族に報告。女性陣は好意的ですが、息子のお父さん犬は複雑な心境のようです。

2015年に「若尾文子映画祭 青春」を開催

『若尾文子映画祭 青春』予告編

テレビCMで再ブレイクし、昭和の「あやや」として親しまれるようになった若尾の珠玉の作品群を鑑賞できる「若尾文子映画祭 青春」が、各地の劇場で2015年から2016年にかけて開催されました。

『祇園囃子』や『刺青』をはじめとする名作が60本上映され、爽やかな少女から情念に燃える人妻や芸者まで、多種多様な役柄を演じた若尾の魅力を余すことなく堪能できる映画祭だったそうです。

新たなファン層も獲得し、80歳を超えてもなお輝き続ける大女優・若尾文子。今後もますますの活躍を期待してやみません。