2017年7月6日更新

名作『フォレスト・ガンプ』について知られざる事実15選

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フォレスト・ガンプ

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1.トム・ハンクスはファーストチョイスではなかった!?

最終的にフォレスト・ガンプを演じたのはトム・ハンクスでしたが、ジョン・トラボルタ、ビル・マーレイ、チェビー・チェースなどがフォレスト役のオファーを断っていたそうです。 中でもジョン・トラボルタは”オファーを断ったことは間違いだった”と認め、とても後悔しているようです。

2.ランニングシーンは弟が演じていた!?

トム・ハンクス フォレストガンプ
トム・ハンクスの弟ジム・ハンクスが多くのランニングシーンでボディダブルを務めていたそうです。

3.フォレスト・ガンプ幻の演説!?

トム・ハンクス
フォレストがワシントンのベトナム戦争反対集会でスピーチするシーンがありますが、その時マイクのプラグが抜けてフォレストの演説が聞き取ることが出来ませんでした。 トム・ハンクスによると、フォレストはこう演説していたそうです。
“ベトナムに向かった人々は、時に足を失くしてママに再会することになったり、時には家に生涯帰れなくなることさえある。それは悪いことだ。ボクが言いたいのはそれだけなんだ。”

4.フォレストのファッションの趣味!?

フォレストガンプ
本作は物語が進むにつれてフォレスト・ガンプは年をとっていきますが、年齢が変わった最初のシーンのフォレスト・ガンプはいつもブルーのチェックシャツを着ていました。

5.青い布を巻いて足を消していた!?

フォレスト・ガンプ
ゲイリー・シニーズは足に特殊なブルーの布を巻いてダン・テイラー中尉を演じ、その後デジタル処理で足が消されていました。

6.アドバイスを忠実に守っていた!?

トム・ハンクス
フォレストが初めて卓球をプレイした時、ある兵士から“ボールから目を離さないことがコツ”だとアドバイスを受けます。その後、フォレストは卓球をプレイする時に一切瞬きをしません。

7.有名なベンチは移設されていた!?

フォレスト・ガンプ
作中トム・ハンクス(フォレスト・ガンプ)が座っていたベンチはチップワスクエアに位置していましたが、盗難や劣化防止のためにサヴァンナ歴史博物館へと移設されました。

8.頭だけトム・ハンクス!?

トム・ハンクス
フォレストがメダルを授与されるセレモニーシーンには実際の資料映像が使用されていました。 それは1968年11月19日、サミー・L・デイヴィスがリンドン・ジョンソン大統領から名誉メダルを授与された時の映像です。そのため、この場面のフォレストの頭はもちろんトム・ハンクスのものですが、体はサミー・デイヴィスのものです。

9.フォレストは写真が苦手!?

フォレストガンプ
卓球では瞬きをしないフォレストでしたが、本作に登場する静止画写真のフォレストは全て目を閉じています。

10.風邪をひいても裸のまま!?

トム・ハンクス
ナイトクラブシーンの撮影時、ジェニー・カランを演じたロビン・ライトは風邪をひいていました。それにもかかわらず、ロビン・ライトはギター以外ほぼ全裸の状態で丸1日歌を唄っていたそうです。

11.最悪のコンディションでフットボール!?

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フットボールのランニングシーンの撮影時、トム・ハンクスはインフルエンザを患っていたそうです。

12.トム・ハンクスが出した出演条件!?

フォレストガンプ
トム・ハンクスは脚本を1時間半読んだ後に本作出演を決断しますが、その時に1つの条件を出していました。 その条件はフォレストのきつい南部訛りを和らげることでした。しかし、監督ロバート・ゼメキスがトム・ハンクスを説得して、小説で描かれていたきつい南部訛りが残されることになったそうです。

13.有名なセリフはアドリブだった!?

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本作の有名なセリフ“僕の名前はフォレスト・ガンプ。フォレスト・ガンプと呼んでくれ”は元々脚本に書いてあった訳ではありません。 このセリフはトム・ハンクスのアドリブだったそうです。

14.ランニングシーンにはモデルがいた!?

フォレストガンプ トム・ハンクス
本作の有名なランニングシーンは実在の人物ルイス・マイケル・フィゲロアからインスパイアを受けて生まれたそうです。 1982年、当時16歳のルイス・マイケルはガンを患っていた友人との約束を守るため、ニュージャージーからサンフランシスコまで60日かけて走り抜けました。

15.家族がカメオ出演!?

トム・ハンクスの娘エミリーと監督ロバート・ゼメキスの息子アレキサンダーがスクールバスシーンにカメオ出演していました。 エミリーは赤髪の少女で、アレキサンダーはフォレストが席に座ることを最初に拒否する少年です。