第2次大戦中、アメリカ軍の英雄ジョージ・パットンの活躍を描いた戦争映画の名作『パットン大戦車軍団』
1970年のフランシス・フォード・コッポラによる戦争映画『パットン大戦車軍団』。
主演ジョージ・C・スコットがアカデミー賞主演男優賞を取りながらも受賞を辞退し、それも話題になりました。
イギリス人、ドイツ人も兵士役で多く登場していたこの戦争映画の名作に出演していた俳優たちは、その後どうなったでしょうか?
ジョージ・パットン陸軍大佐/ジョージ・C・スコット
© Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc.
主役を演じたジョージ・C・スコットは、この映画でアカデミー主演男優賞を獲得しますが、自身のポリシーによりその受賞を拒否し、家でホッケーの試合の見ていたと言う逸話が残っています。
この『パットン大戦車軍団』の後は、1980年代前半に際立った活躍をし、1980年のジョン・ラッセルを演じた『チェンジリング』、ショーン・ペン、トム・クルーズと共演した『タップス』などの作品があります。
晩年は、映画と同時にテレビドラマ、演劇にも出演し続けました。
例を挙げると、1984年ディケンズの有名な小説をテレビドラマ化した『クリスマス・キャロル』、ブロードウェイでその演技が高い評価を受けた『デス・オブ・セールスマン』、1990年ディズニー映画『ビアンカの大冒険 ゴールデン・イーグルを救え!』で演じたマクリーチ役の声優などがあります。
その後、1999年に71歳で亡くなりました。
オマー・N・ブラッドリー大将/カール・マルデン
Photo by Centar Film - © 1982
カール・マルデンは、チェコ人の母親とセルビア人の父親の元にシカゴで生まれます。
この『パットン大戦車軍団』以降、70年代前半はテレビでのポジションを確立しましたが、1972年マイケル・ダグラスと共演した『 サンフランシスコ捜査線』等の映画出演もあります。
彼は、2009年、97歳という長寿を全うし老衰で亡くなりましたが、晩年の2000年に政治テレビドラマ『ザ・ホワイトハウス』にも出演しています。
映画・テレビ以外のところでは、1968年から長年にわたり、アメリカン・エクスプレスの広告の顔としてCMでも活躍していました。
また、1988年に映画芸術科学アカデミーの会長に選ばれ、1992年まで務めます。
ホバート・カーヴァー准将/マイケル・ストロング
© 1966 CBS Photo Archive
マイケル・ストロングは、この『パットン大戦車軍団』以外、映画では1979年ロバート・デュバルが主演した『パパ』に出演。
それ以外はもっぱら活動の中心はテレビ出演となり、『Hawaii Five-0』、『サンフランシスコ捜査線』等の刑事・犯罪もののテレビドラマに多く出演しました。
その後、1980年に癌で亡くなりました。
ウォルター・ベデル・スミス少将/エド・ビンス
© 2010 American Broadcasting Companies, Inc.
エド・ビンズは、1957年『12人の怒れる男』等の映画の出演が多くありますが、この『パットン大戦車軍団』以降は、1973年テレビサスペンスドラマ『スパイ・ハンター』等多くのテレビドラマに出演しました。
1990年、マンハッタンからコネチカットの自宅に帰る車の中で、心臓発作で亡くなりました。
チェスター・ハンセン大尉/ステファン・ヤング
この『パットン大戦車軍団』で米軍大尉を演じたステファン・ヤングはカナダのトロント出身です。
1966年にハリウッドに進出し、4年後にこの映画に出演しました。
その後は、1973年SF映画『ソイレント・グリーン』、1976年カナダ製作のアクション映画『ブレーキング・ポイント』等に出演しました。
1999年サスペンスドラマ『正義と真実』等、テレビドラマの出演も数々あります。
2000年代に入ってからも俳優を続け、学園コメディ映画『チャーリー・バートレットの男子トイレ相談室』に出演しています。
アーサー・テッダー英国軍大将/ジェラルド・フルード
出典: www.amazon.com
イギリス人ジェラルド・フルードは、この『パットン大戦車軍団』ではイギリス軍の大将を演じます。
1927年ポーツマス出身の彼は、第二次世界大戦中に実際にイギリス軍の通信技師としての仕事をしていました。
そして、戦後も俳優としての仕事は始まる前まで、軍に関わる書類整理の仕事をしていました。
彼は、イギリス製作の映画、テレビドラマに多く出演しましたが、特に大きな話題になった作品はなく、晩年は、経済的困難にも陥りながらアルコールに浸る生活となり、1989年に62歳の誕生日の7日前にして亡くなりました。