2017年12月7日更新

ミッキーマウスのことって実はほとんど知らない?18の秘密【ディズニー】

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『ファンタジア』 ミッキー・マウス
©SUPPLIED BY GLOBE PHOTOS INC

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ミッキーマウスのプロフィール

ミッキーマウス(Mickey Mouse)はウォルト・ディズニーとアブ・アイワークスによって、1928年11月18日に誕生しました。国籍はミックーマウス誕生の地、アメリカ合衆国。年齢設定は13~19歳までのティーンエイジャーと呼ばれる範囲とされています。 動物学的にいうと、ネズミ目ネズミ科ハツカネズミ属の仲間とされる白ハツカネズミだそうです。 今回はみんなが知っているミッキーマウスの、意外と知らない18の秘密をご紹介します。

1.ミッキーマウスのプロトタイプ?「オズワルド」

ミッキーマウスのモデルとなった「オズワルト」というキャラクターをご存知でしょうか? ウォルト・ディズニーは自身のスタジオの破産をきっかけに、当時のヒットアニメ『フィリックス・ザ・キャット』を模造した「ジュリアス・ザ・キャット」というキャラクターを作りました。 ところが本家『フィリックス・ザ・キャット』の作者から抗議を受けて「オズワルド・ザ・ラッキー・ラビット」へ変更を余儀なくされます。 オズワルドがユニバーサルで売れるようになり、ディズニーは製作費の値上げを要求されますが、これを拒否。するとオズワルトはユニバーサルに奪われることとなりました。 そうして、ウォルト・ディズニーが新たに作り出したキャラクターが「ミッキーマウス」だったのです。 当時アニメーターとして共に活躍していたアブ・アイワークスがキャラクターを作り出し、ウォルト・ディズニーがそれをプロデュースする形でしたが、“ディズニーのミッキー”として人気になり、アブ・アイワークスもウォルトの下を離れていきました。 よく見てみると、黒い体や耳に白い顔、どれも丸っぽい形をしているところや、ふっくらとした手と大きめの足。さらに表情までミッキーマウスにそっくりです。

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2.もともとはモーティマーマウスという名前だった

現在ミッキーマウスとして広く愛されています。しかしウォルトはミッキーのことを「モーティマーマウス」と名付けるつもりでした。妻リリアンからの一声で「ミッキーマウス」になったのだそうです。 ディズニーファンの方ならお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、ミニーの幼馴染であり、ミッキーの恋のライバルに「モーティマーマウス」という名前のキャラクターがいます。実はこのキャラクターの名前の由来は、ミッキーに名付けできなかった代わりだったというわけです。

3.ミッキーマウスは仕事をしている

ミッキーマウスはキャラクターでありながら、多種多様な仕事をしています。 映画俳優を主に、テーマパークホスト(ディズニーパークの消防隊長も務めています)、ナイトジャズクラブオーナーになったことも。その場に応じて色々な仕事を引き受けているようです。 なんと、乗用車や作業用車、大型トラック、パイロット、ハンティング、船のキャプテンなどといった資格まできちんと持っているのです。

4.ネズミなのにペットがいる

ベージュやオレンジのような色をした体に、緑の首輪をしている犬のキャラクター「プルート」。ミッキーたちと比べると、変わらないどころか少し大きいように感じますが、このプルートこそミッキーのペットだったのです。 プルートはブラットハウンドという犬種をモデルに1930年にデビューしました。当時発見されたばかりの冥王星(プルート)にちなんで名付けされたそうです。 ミッキーはプルートに対して、ペットではなく親友として接するほど二人は大の仲良しです。

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5.ミッキーマウスは楽器が得意

2007年のディズニーハロウィンでの「ホーンテッドロッキンストリート」というイベントでは、ギターソロを披露しました。まれにアドリブで「星に願いを」や「ミッキーマウス・マーチ」も演奏していたそうです。 また、ディズニーシーで5周年から2016年現在も続いているビックバンドビートにて、見事なドラムさばきを見ることができます。ギターもドラムのその腕は素晴らしいものですが、一番愛している楽器はピアノなんだとか。

6.ミッキーマウスの呼び方は世界各国で違う

日本では「ミッキー」と呼ばれて親しまれていますが、アメリカでは「Mick(ミック)」と呼ばれているのだとか。 日本のお隣、中国では「米老鼠(ミィラオシュウ)」や「米奇(ミィチィ、マイケイ)」と呼ばれています。「米」は中国では「ミー」と発音し、「老」は「昔ながらの」や「歴史のある」などの意味があります。 イタリアでは「Topolino(トポリーノ)」と呼ばれています。「topo(トポ)」は「鼠」という意味があるそうです。

7.世界初のトーキー・アニメーション『蒸気船ウィリー』

ミッキーマウスとミニーマウスのデビュー作として知られていますが、世界初のトーキー・アニメーションとしても有名です。 トーキー・アニメーションとは、音声つきのアニメーションということですが、実はこの作品より以前に幾つか音声つきアニメーションは制作されていました。 では、なぜ『蒸気船ウィーリー』が、音声つきアニメーションとして有名になったのかと言うと、サウンドトラック方式というものを用いて、映像と音楽を完全にシンクロさせたからです。 世界で初めて公開された、サウンドトラック方式の作品が『蒸気船ウィリー』だったのです。

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8.アカデミー賞を受賞した長編アニメ『ファンタジア』

『Silly Symphony』、『白雪姫』に続いて、1940年に公開されたディズニー長編アニメーション第3作目の作品です。 ウォルト・ディズニーは、それまでとは全く違った芸術性の高い作品への制作に意欲を出し、『Silly Symphony』の方向性を維持し、『白雪姫』より完成度の高いものを、と「魔法使いの弟子」を題材に『ファンタジア』を作り上げました。 現代では立体音響などと呼ばれ、家庭でも楽しめるようになりましたが、その発端であるステレオ再生方式が世界で初めて一般的に導入され実用化された作品であり、歴史的映画とも言われています。 また、バックに流れる演奏には当時高名とされた人気指揮者レオポルド・ストコフスキーが率いるフィラデルフィア管弦楽団によるクラシック音楽を起用しました。 これにより、ウォルト・ディズニーとレオポルド・ストコフスキーは1941年に第14回アカデミー賞特別賞を受賞しました。

9.初めてのテクニカラー作品『ミッキーの大演奏会』

1935年に公開されたミッキーとドナルドのやりとりがとてもコミカルな作品。ミッキーマウスシリーズと呼ばれる作品の中では、初めてのテクニカラー作品とも言われています。 テクニカラー作品は、映画彩色技術としてアメリカで1916年に開発、1922年から1952年までハリウッドで広く使われていました。世界で初めて三色法を彩色技術として確立し、この技術はテクニカラー映画社(現テクニカラー社)の登録商標となっています。

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10.幻の2作品が存在する!

『蒸気船ウィリー』がミッキーマウスのデビュー作とされていますが、実はそれ以前にも作品は作られていました。『ギャロッピン・ガウチョ』と『プレーン・クレイジー』です。 『プレーン・クレイジー』は先述した『フィリックス・ザ・キャット』のキャラクターによる『フィリックスのノンストップ飛行』という映画を模したものでした。当初はサイレント映画として作られ、試写されましたが、当時の他のサイレントアニメーションに勝るものはなく、配給会社には相手にされませんでした。 その後、トーキー・アニメーションの『蒸気船ウィリー』がヒットし、『プレーン・クレイジー』もトーキー・アニメーションにリメイクされ、ミッキーマウスシリーズ第3作目として世間に初公開されました。

11.ミッキーマウス保護法って知ってる?

ウォルト・ディズニーは「オズワルト」の版権をユニバーサルに奪われて以来、知的財産権や他者からの侵害にかなり厳しくなり、特にミッキーについては厳正に管理するようになりました。 それが分かる一例として、アメリカに著作権延長法が作られましたが、その背景には、ミッキーマウスの著作権切れが迫っていたウォルト・ディズニー・カンパニーによるロビー活動があるとされています。 法人著作権そのものの延長や、作品の保護期間を著作者の死後70年、法人著作権の場合は95年もしくは120年など、日本の規定に比べると、設けられた年数はかなりのものです。 ちなみに「ミッキーマウス」及び「キャラクター名」や「作品名」も一律に商標登録されているため、たとえ著作権が切れても商用目的に自由な使用は出来ないようにされています。

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12.最初のミッキーマウスの声はウォルト・ディズニーだった

実は、1928年から1947年まで、ミッキーマウスの短編シリーズでいうと、『蒸気船ウィリー』から『ミッキーのダンスパーティー』まで、映画では『シンフォニア』をウォルト・ディズニー本人がミッキーの声優を務めていました。 その後は、二代目に1947年から1977年までジム・マクドナルド、三代目に1977年から2009年までウェイン・オルウィン、そして四代目に2009年から2016年現在までをブレット・イワンが務めています。

13.ミッキーの動きのモチーフになったのはあの喜劇俳優

ウォルト・ディズニーは、若い頃に自身が持っていた8ミリカメラに、扮装をした自分をよく撮影していたのだとか。だぶだぶのズボンに山高帽を被り、ちょびヒゲをつけた、あの俳優。 そう、チャーリー・チャップリンです。ウォルト・ディズニー本人もチャップリンのスタイルや動きを参考にミッキーマウスのアニメーションを作りだしたことを認めています。 たしかに、初期のミッキーのコミカルな動きはチャップリンに似ています。

14.ミッキーマウスの指が5本じゃないのは理由がある

ミッキーマウスの指が4本なのは、みなさんご存知ですよね。では、なぜ4本なのでしょうか?当時の映像技術では、たとえ指を5本にしていても6本に見えてしまうということが起こっていたからです。6本も指があるのは気味が悪い、ならば4本にしてしまおう、と。 もうひとつの理由として、指が多くすらっとした手より、指を減らしたふっくらとした手のほうが愛嬌があったから、という説もあります。

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15.日本語吹き替え版歴代ミッキー声優は?

1970年代のテレビの特番などで登場していたミッキーの吹き替えは榊原郁恵が行っていました。 そこから1984年から1988年までのポニー版・バンダイ版は後藤真寿美が担当しましたが、いずれも廃盤となってしまいました。同じタイミングの1984年から1985年に放送されていたテレビアニメ番組『ミッキーマウスとドナルドダック』でミッキーを演じたのは山田栄子でした。 また、初期の映画作品は『ミッキーのクリスマスキャロル』と『ミッキーのジャックと豆の木』は納谷六郎が演じ、それから2016年現在までミッキーの専属声優である青柳隆志が演じています。

16.新シリーズ『ミッキーマウス!』

2013年6月からアメリカのディズニーチャンネルで放送されている新シリーズの『ミッキーマウス!』。日本では2013年11月からディズニーチャンネルで放送されていましたが、2015年10月から『ディズニー・サンデー』という番組として放送されています。 キャラクターデザインにはレトロな雰囲気漂う旧時代をベースに、新しいストーリーが描かれているそうです。

17.ミッキーが電車に乗ったことがある!?

実はミッキーは過去に1度だけ、JRの電車に乗った事があります。驚きの事実ですね。それは1988年の12月1日、舞浜駅の開業の日で盛大なセレモニーが行われた日でした。ミッキーは舞浜駅の開業をお祝いする、ということで人混みの中、吊革に掴まって立ったまま電車に乗っていました。 いつもの黒いタキシード姿のミッキーが電車に乗っている図というのはなんとも不思議な光景ですね。 ミッキーがディズニーランドを飛び出して電車に乗ったのは過去にこの1度きり。当時一緒に乗り合わせた人にとっては非常に貴重な体験と言えるでしょう。また、何かのイベントの折に見かけてみたいものですね。

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18.ミッキーが日本の有名漫画家たちとコラボしていた

世界中でも知られるミッキーは、たくさんの人がそのイラストを描いています。その中でも実は有名漫画家さんがミッキーの絵を描いた事があるのをご存じでしょうか。1998年のミッキー生誕70年の年に「おめでとう!ミッキー&ミニー70周年記念フェスティバル」というイベントが開かれ、全国の三越でミッキーのイラストが展示されたのです。 そのメンバーは赤塚不二夫、さくらももこ、モンキー・パンチ、藤子不二雄A、いがらしゆみこ、永井豪、鳥山明、やなせたかし、と漫画をあまり読まない人でも名前を知っていそうな、そうそうたるメンバーによるものでした。 それぞれの作家が自身のキャラとコラボさせるなど、個性的なミッキーを描いており、非常に貴重な作品となっています。