映画『ガンジー』と史実の知られざる事実を紹介!

2017年7月6日更新

インド独立の父マハトマ・ガンジーの生涯を力強く描いた1983年公開『ガンジー』は、世界中で賞賛され、今でも名作として語り継がれています。しかし、映画と史実の関係はいかなるものなのでしょうか?詳しく見ていきましょう。

歴史映画『ガンジー』と史実

1983年日本公開の映画『ガンジー』は、インドの独立を「非暴力・不服従」で導いた偉大な指導者ガンジーの生涯を力強くかつ繊細に描いた名作です。その年のアカデミー作品賞に輝き、主演のベン・キングズレーも主演男優賞を受賞しました。

今でも名作として名高い本作ですが、実在の人物像や事件を描くことは決して容易ではありませんでした。

この記事では、名作映画『ガンジー』と史実の知られざる関係・事実をご紹介します。

主演俳優とガンジーの意外なつながり

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インド人であるガンジーを、なぜ「ベン・キングズレー」という西洋的な名を持つ俳優が演じているのか、と疑問に思った方は多いはずです。しかし、キングズレーというのはあくまで芸名。彼は本名をクリシュナ・パンディット・バンジーといい、インドにルーツを持っているのです。

彼の父親はケニア生まれですが、その祖先はガンジーと同じ、インドのグジャラート州の出身でした。キングズレーとマハトマ・ガンジーの間には、こんなつながりがあったのですね。

それだけではありません。ベン・キングズレーの芸名の由来となっている「キングズレー」は、ガンジーが1931年に滞在したイギリスの公共施設「キングスレー・ホール」から取られているのです。

少年時代のガンジーはどんな人物?

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映画の開始は1893年なので、映画の中で私たちは「偉大な魂」ガンジーの少年時代の様相を知ることはできません。しかし、様々な人の証言から、少年期からは彼が将来数百万人もの人々の指導者となることは全く想像できなかったそうです。

特に頭がいいわけでもなく社交的でもなかった少年時代の彼は帰り道で誰とも話さなくてもいいように、学校から家まで走って帰っていたとも言われています。さらには素行が悪く、ヒンドゥー教の戒律でタブーとされる肉食をしたり、たばこを吸っていたということも。

しかし元々優れていた人物だったのではなく、葛藤を経て自らの意思で正義を目指した点に魅力があるのかもしれません。

ガンジーは13歳の時に結婚した?

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出典: listverse.com

映画『ガンジー』において、妻カストゥルバは非常に重要な役所を占めています。彼のことを心から心配し、時に反発しながらも彼を支えます。カストゥルバの言葉から重要なことに気付かされることも少なくありません。

そんな2人は、インドの幼児婚の習慣で7歳の頃から結婚することが決まっており、実際に婚姻関係を結んだのは13歳の時でした。それからカストゥルバは1944年に74歳でガンジーの腕に抱かれて亡くなるまで、生涯に渡って彼の妻であり続けたのです。

独身であることが自分の義務であると感じていましたがカストゥルバとの婚姻関係は保ち続け、特に1906年以降は厳格な禁欲主義を貫きました。

活動開始は南アフリカ

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出典: www.imdb.com

インド独立の父として広く知られるガンジーですが、彼が社会運動家として活動しはじめたのは19世紀後半から20世紀前半の南アフリカにおいてでした。映画でも1時間ほどが南アフリカでの活動の描写に当てられています。

弁護士として1983年に南アフリカに渡りますが、イギリス人とオランダ人に支配されたこの地において、彼は人種差別に遭遇します。そのような経験から南アフリカにおけるインド系住民の人権確保の活動に乗り出すのです。

何度も逮捕され、また暴力を受けながらもガンジーは1916年まで南アフリカにとどまり戦いを続けます。その尽力の様相はインドにまで伝わり、自国に戻った彼は英雄として迎え入れられました。

「非暴力主義」誕生のきっかけは?

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映画の前半で描かれる、南アフリカにおいてインド系住民への差別と戦う姿で印象的なのが、政府の権力者に殴られても決して殴り返さない、徹底した「非暴力主義」の姿勢です。

この「非暴力主義」をガンジーが掲げることとなったきっかけはいくつかあります。例えば南アフリカの植民地をめぐるボーア戦争に、担架の運び手として参加し、戦争と暴力の悲惨さを目の当たりにしたこと。

また、ロシアの文豪レフ・トルストイと文通していたこと。ガンジーはトルストイを通して聖書の教えを深く理解していきました。映画でも彼が聖書を引用するシーンが登場しますね。

同胞ヒンドゥー教徒に暗殺される

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出典: dieacademy.de

1948年にニューデリーで行われた祈祷会に参加した際、ヒンドゥー教原理主義者にピストルで撃たれ命を落としました。このショッキングな事件が、映画『ガンジー』の冒頭で描かれています。

きっかけは1947年にイスラム教徒が多数を占めるパキスタンと、ヒンドゥー教徒の多いインドとか分離したことでした。このためインドとパキスタンの各地では両宗教による暴動が吹き荒れていました。

ガンジーは血なまぐさい争いを止めるように説いて回っていましたが、ヒンドゥー教の原理主義者からは彼がムスリムに対して譲歩しすぎていると非難されました。このような批判が暗殺につながったのです。

国家をあげた壮大な葬式

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国民の英雄であったガンジーの死に、世界中が悲しみに包まれました。インドでは国葬が催され、200万人が参加したと言われています。そのため、彼の遺体を運んだ人の列は8キロメートルにもわたる長さとなったのです。

この壮大な葬式のシーンを撮影するのは並大抵のことではありませんでした。33回目の命日である1981年1月31日に撮影されたこのシーンでは33台のカメラが使われました。

しかし驚くべきはエキストラの数。なんと40万人ものエキストラが撮影に参加したそうで、これは映画の1シーンに使われた最多人数としてギネス世界記録にも登録されています。人々の募集はインドの新聞の広告欄でなされ「ガンジーの思い出を讃えるためのボランティア」の名の下で行われました。

いかなる政治団体においても役職を持たなかった

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ガンジーはインドを独立に導いた指導者として記憶されていますが、その偉業は完全に一個人としての活動によって成し遂げられたことはご存知ですか。彼は、生涯に一度も政治団体で役職に就いたことのない、民衆の指導者だったのです。

映画の中で、彼が独立運動の大会でスピーチをする場面があります。そこで、穏やかに独立支持の政党「インド国民会議」を批判しています。このままでは独立しても、支配の手がイギリスからインドのエリートに渡るだけで、人民が真に自由になるわけではない、と。

彼が目指したのは政治的な独立ではなく、より完全な、人々の生活と精神の自由だったのです。

ノーベル平和賞を受賞したことがない

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ガンジーはもちろん、平和主義者でした。人々の基本的人権と自由を確立するために戦いましたが、その最大のモットーは「非暴力」だったのです。

そんな彼は、1937、1938、1939、1947、そして亡くなった1948年に5度のノミネートを果たしているにもかかわらず、実はノーベル平和賞を受賞したことがありません。死亡した1948年、ノーベル賞委員会は「該当する生存者なし」として、誰にも賞を授けませんでした。

のちの1964年に平和賞に輝いたキング牧師、そして1989年の受賞者ダライ・ラマ14世はともに受賞式のスピーチの中で、自らの生き方に対するガンジーの影響の大きさを語っています。

スティーヴ・ジョブスにインスピレーションを与えた

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ガンジーの思想が影響を与えたのは、のちの世代の偉大な社会運動家だけではありません。アップルの創業者、そしてiPhoneの発明者として有名なスティーヴ・ジョブスも、彼の思想に傾倒していたのです。

それがよく表れているのが1990年代のアップルの広告。"Think different"という有名な文言と虹色のリンゴマークとともに、写真が使われています。添えられているのは名言。

あなたがこの世で見たいと願う変化に、あなた自身がなりなさい。
引用:iyashitour.com

さらに、スティーブ・ジョブスが愛用したメガネも、彼の丸メガネへのオマージュだそうです。

インディラ・ガンジーとの血縁関係はない!

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映画が公開された1983年当時、インドの首相を務めていたのはインディラ・ガンジーです。苗字が同じであることから、マハトマ・ガンディーと彼女は血縁関係にあったと考える人がいますが、それは正しくありません。

インディラは、インド初代大統領ネルーの娘なのです。彼女が偶然「ガンジー」という性を持つ男性と結婚したことから、彼女もガンジー姓を名乗ることになりました。インドの独立の最大の立役者とネルーとの間の、ちょっと不思議な関係ですね。

写真では、幼い頃のインディラとガンジーの姿が映っています。