2018年5月8日更新

【訃報】イタリアのエルマンノ・オルミ監督逝去、86歳

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エルマンノ・オルミ
写真提供 『緑はよみがえる』配給:チャイルド・フィルム/ムヴィオラ

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『木靴の樹』エルマンノ・オルミ監督逝去

エルマンノ・オルミ
写真提供 『緑はよみがえる』配給:チャイルド・フィルム/ムヴィオラ

2018年5月7日、イタリアのエルマンノ・オルミ監督が亡くなりました。享年86。 オルミ監督は近年、ギラン・バレー症候群に罹患して闘病生活を送っていました。数日ほど前から体調が優れず、住んでいたイタリアのアジアーゴの病院に入院していました。 そんなエルマンノ・オルミ監督の軌跡を簡単にご紹介します。

エルマンノ・オルミ監督について

イタリアを代表する巨匠・エルマンノ・オルミ監督は、1931年7月24日にイタリア北部、ロンバルディア州のトレヴィーリオに生まれました。22歳で映画監督としてデビューし、数々のドキュメンタリー映画を制作。1959年の『時は止まりぬ』で長編デビューを飾りました。 その後、長編二作目となる『定職』でヴェネツィア国際映画祭などでいくつかの賞を受賞。その後、『婚約者たち』をフランスの「カイエ・デュ・シネマ」が絶賛するなど、イタリア国外でも高い評価を得ていきます。

そして1978年には、20世紀初頭のイタリアの農民たちの生活を素人を起用し、ドキュメンタリータッチで描いた大作『木靴の樹』でカンヌ国際映画祭のグランプリを受賞。名実ともにイタリアを代表する巨匠となりました。 その後も、片田舎のホテルで給仕として働く少年少女のひと夏を描いた『偽りの晩餐』、ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞した『聖なる酔っ払いの伝説』、日本人女優・市川純を主演に迎えた『屏風の陰で歌いながら』などを監督。

2007年に『ポー川のひかり』を公開して引退を宣言しましたが、その後撤回し、『楽園からの旅人』と『緑はよみがえる』の二本を監督。2017年に公開された日本未公開のドキュメンタリー映画『Vedete, sono uno di voi』が遺作となりました。 1976年以降は田舎での生活を求めてアジアーゴに移り住んでいたオルミ監督は、亡くなるまでそこで暮らしていました。また、1982年以降は自ら設立した映画学校「Ipotesi Cinema」で映画の指導を行い、後進の育成にも励みました。

葬儀は近親者のみで行うとのことです。2016年には、『緑はよみがえる』の日本公開に際し、日本の観客に向けて動画でのメッセージを送っていました。