アイドルとしてキャリアをスタートさせた酒井若菜
酒井若菜は1995年にデビューし、当時はグラビアを中心に活動していたグラビアアイドルでした。1999年には日テレジェニックに選ばれ、数々の雑誌の表紙を飾ったり写真集を多数出版するなど、グラビアアイドルとしてかなりの人気と知名度を得ていました。
公式サイトでは「酒井若菜診断室」と題し、ロケ撮影時の秘蔵フォトやエッセイなどを有料コンテンツとして提供しており、これは後に酒井が女優に転身してからも2006年まで続けられました。
『木更津キャッツアイ』のモー子で知名度を上げる
グラビアアイドルとして人気を得ていた酒井若菜でしたが、2002年頃から女優業を本格的に始動させていきます。
2002年放送の『木更津キャッツアイ』のモー子役は、酒井の女優業の好スタートとなりました。木更津を舞台に描かれた青春群像劇ドラマである『木更津キャッツアイ』。個性豊かでクセの強いキャラクターばかりの今作の中で、酒井演じるモー子は一際強烈な魅力を放っていました。「ぶりっ子」や「尻軽」と形容されても仕方ないその独特のキャラクターを酒井若菜はとても魅力的に演じきりました。
ドラマ『木更津キャッツアイ』は主人公ぶっさん(田渕公平)に岡田准一、バンビ(中込フトシ)役に桜井翔、うっちー(内山はじめ)に岡田義徳、マンゴー(岡林シンゴ)役に佐藤隆太、アニ(佐々木兆)に塚本高史という豪華キャストの伝説的人気のドラマです。
初舞台を病気で降板
『木更津キャッツアイ』出演以降は順調に仕事に恵まれ2002年の『私立探偵濱マイク』、2003年の『マンハッタンラブストーリー』などで自身のキャラクターを生かした役を演じています。そんな酒井若菜にも初舞台の話が提案され、同時期に決定していた連続ドラマの主演という大仕事を蹴ってまでも、酒井は舞台『キレイ〜神様と待ち合わせした女〜』に懸けました。
しかし本番直前で急性胃腸炎による体調不良で降板を余儀なくされてしまいます。その後も療養のために1年休業することとなった酒井。そして復帰後の長い間も、以前のような魅力的な役どころがなかなか巡ってきませんでした。
NHKの大河ドラマや朝ドラにも多数出演
体調不良による休業からは、あまり目覚しい活動はなかった酒井若菜ですが、2010年の大河ドラマ『龍馬伝』の出演を機に、一気に女優としての実力を開花させます。この『龍馬伝』では近藤長次郎の妻・お徳役で出演。大の歴史ファンを公言している酒井若菜だけにこの役はどうしても演じたかった思い入れの強い役であったらしく、公式ブログでも出演が決まった喜びを切々と語っているほどです。
その後も2014年の大河ドラマ『軍師官兵衛』でのりき役や、連続テレビ小説『マッサン』での中島チエ役で、その演技に定評を得るまでとなります。
ゲスト出演のドラマに前歯を抜いて臨む女優魂
2016年放送のドラマ『火の粉』での酒井若菜の怪演は記憶に新しいところです。このドラマ『火の粉』は緊迫した展開のサスペンスドラマで、ユースケサンタマリア演じる武内真伍の不気味な表情や仕草が大変話題になった作品です。
そんなストーリーの中で第4話と5話に池本杏子役としてゲスト出演した酒井若菜。なんと役作りのために前歯を抜いて挑んだというのですから、その女優魂には感服です。
勘違いで水道橋博士とは10年間共演NG
グラビアアイドルとして活動していた頃はバラエティ番組にも精力的に出演していた酒井ですが、その中で20歳の時に初共演した水道橋博士とは、勘違いが原因で10年間共演NGだったのだとか。
水道橋博士との初共演の日、酒井若菜が楽屋にいた時に自分のことを皮肉る辛辣な悪口が聞こえ、酒井はそれを水道橋博士の発言であると勘違い。それ以後強い警戒心を抱いてしまった酒井はこの勘違いが原因で、水道橋博士のことが大嫌いになってしまったのだそうです。
しかし、水道橋博士の人柄についての他の人物の発言を聞いていくうちに、自分の誤解であることに気づき猛反省。その後何度か共演の機会にも恵まれ、今では大親友となっている二人です。
執筆活動も精力的に行う
女優として活動するだけでなく、酒井若菜は文筆業でも精力的に活動をしています。2008年に『こぼれる』で小説家デビューを果たしました。この作品は、不倫の恋に苦しむ女性を中心に、周りの関係者それぞれの視点で描かれた異色の恋愛小説です。ブログのまとめやエッセイ本などのありがちなタレント本としてではなく、本格的な恋愛小説の発表ということで大変話題となりました。
その後も執筆活動は順調に行われ、2012年にはエッセイ集の『心がおぼつかない夜に』を、2016年には対談集である『酒井若菜と8人の男たち』を発表しています。
一時は病気で引退も考えた
19歳の時から膠原病を患っている酒井若菜。今までは重篤な症状は目に見えて現れてはいませんでしたが、2015年から病状が深刻化。強い痛みが現れ、日常生活の基本的な動作にまで支障が出始めました。
症状が重いため、一時は芸能界引退も考えたと言う酒井ですが、投薬による治療により回復が見られ、現在では変わらず元気な姿をメディアで私たちに見せてくれています。
「結婚はしない」と著書で断言
文筆業も精力的に行う酒井は対談本『酒井若菜と8人の男たち』の中で自身のこれからについて興味深い発言をしています。佐藤隆太との対談の中で、自身が苦しめられてきた病気膠原病について触れたあと、佐藤との対談の中ではっきりと結婚はしないと決めている、と口にしています。