2017年7月6日更新

ジャッキー・チェン、アジアのトップスターの魅力に迫る!

香港カンフー映画を象徴する俳優といえばジャッキー・チェン。ジャッキーは高い身体能力と、幼い頃から特訓してきて武術の腕で、アクションシーンにスタントを使わない事でも有名です。監督や脚本も担う大スター、ジャッキー・チェンの魅力に迫ります。

ジャッキー・チェンのプロフィール

ジャッキー・チェンは1954年4月7日生まれの、香港出身の映画俳優です。国の内戦を避けて中国大陸から香港に移り住んだ、元スパイの父親と母親との間に生まれ、会った事のない兄弟が4人いるとのこと。

類い稀な優れた身体能力を持っており、カンフー・アクション映画の代表的な名俳優で、60歳を超えた現在でも激しいアクションをこなす事で知られています。

ジャッキー・チェンは無名時代からブルースリーとの交流があった!

7歳の頃から10年間に渡り、中国戯劇学院で演劇や中国武術を学びました。学院が閉鎖されてからは、映画のエキストラやスタントマンとして日銭を稼ぐ日々を送ります。そしてそんな無名時代に彼は伝説のアクションスター、ブルース・リーと初めて出会うことに。1972年の映画『ドラゴン怒りの鉄拳』でのことでした。

本作品でジャッキーは、門下生役としてのエキストラ出演や、リーのライバル役のスタントとして、蹴りを入れられ障子を突き破るという重要なシーンを務めました。その後、一旦芸能活動を辞めて、オーストラリアに住む両親の元で仕事に就いていたジャッキーでしたが、1976年にリーの出演する作品の監督をしているロー・ウェイに誘われ香港へ戻り、1976年『レッド・ドラゴン/新・怒りの鉄拳』で映画初出演を果たしました。

「酔拳」で一躍有名に

1970年後半、ブルース・リーの後継者として期待されているにも関わらずなかなか成功には至りませんでした。ジャッキーは映画製作側に提案し、これまでのシリアスな役ではなく、ストーリーのコミカルさを加え、ジャッキー自身のキャラクターを活かした作品を目指す事に。

試行錯誤のうえ公開された1978年の『スネーキーモンキー 蛇拳』、『ドランクモンキー 酔拳』は大ヒット。

日本でも1979年に邦画『トラック野郎・熱風5000キロ』との2本立てで上映された『ドランクモンキー 酔拳』がヒットし、メインだったトラック野郎よりも酔拳が話題になり、続けてジャッキーの作品が数々と上映され、ジャッキーブームが巻き起こりました。

監督もスタントも自分でこなして大ヒット!

俳優としてだけでなく、監督・脚本・アクションを務め、自身の出演作品ではスタントマンを使わない事で知られるジャッキー・チェン。

初監督作品は、1979年公開の『クレージーモンキー 笑拳』、最初に所属していたロー・ウェイ・プロダクションからゴールデン・ハーベスト社に移籍後の初主演ともなった作品です。

作品は従来の香港カンフー映画にありがちな「仇討ち」ではなくジャッキー・チェンが書き上げたオリジナルのストーリーで、扇子やロープ、スカートなどのアイテムを使って趣向を凝らしたコミカルな作品に仕上がり、香港では当時の史上最高額の興行収入を記録しています。

その後も、監督・スタントマンとして自分のチームを編成し、特殊撮影を使わないリアルなアクションに重点をおいた作品制作をしています。

アジアのトップスターとしてハリウッドでも活躍

ハリウッド進出の意欲が強かったジャッキー・チェン。アメリカ作品初出演は1980年『バトルクリーク・ブロー』で、シカゴを舞台にしたカンフー映画の主演を演じましたが、評価は高くありませんでした。その後、1988年の『ラッシュアワー』でハリウッドデビューを果たします。

ロサンゼルス中国領事館の娘が誘拐され、総領事のハンと香港警察本部のリー警部は香港マフィアを追うというストーリの本作品で、ジャッキーは主人公のリー警部を演じました。

続編の2001年公開『ラッシュアワー2』では全世界興行成績で大ヒットを記録し、アジアのみならず世界各国での知名度が上がり、アジア人を代表するハリウッドスターになりました。

歌手としても活躍。出演作の主題歌は自分で!

俳優業だけでなく、歌手として活動している事でも有名なジャッキーは、自身の映画の主題歌を歌う事が多いです。

1980年の『ヤングマスター 師弟出馬』では自国の主題歌だけでなく、日本公開版でもオープニング・エンディングともに日本語のオリジナル曲をジャッキーが歌い、ファンを驚かせました。

また、日本での本格的な歌手デビューは1983年の「マリアンヌ」で、その後もコンサートなどを定期的に行っています。

ジャッキー・チェンのファンサービス精神が素晴らしい!

ジャッキー・チェンはファンへのサービス精神が旺盛な事で知られています。

ファンに対する逸話はたくさんあり、ジャックーファンの日本人が香港のジャッキースタジオを訪れると、そこに居合わせたジャッキー本人が時間を割いてスタジオを案内してくれたというエピソードや、バラエティ番組の撮影中に周囲を囲んでいたファンたちと即興の武術対決を繰り広げたり、快く写真に応じたりと、心温まるエピソードが後を絶ちません。

あのウッチャンとの交流も…!

お笑い芸人・ウッチャンナンチャンの内村光良と交流があるジャッキー・チェン。

きっかけとなったのは、1990年から放送していたウッチャンナンチャンの冠番組『ウッチャンナンチャンの誰かがやらねば』と、その続編『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば』で、ジャッキーの映画のパロディコントを内村が披露していた事から。

これまでにもジャッキーのパロディコントはたくさん作られていましたが、ほとんどはコメディ色強めに演出される事がほとんどでした。ですが、ジャッキー・チェンのファンだった内村は、セットやアクション、細かい演技まで忠実に再現し、コントにしました。

その事に感銘を受けたジャッキー本人から内村はお墨付きをもらい、映画公開時には番組に出演し、内村と武術対決をするといった共演を果たしています。

ジャッキー・チェンが声優デビュー!

ジャッキー・チェンは2008年の『カンフー・パンダ』と2011年の『カンフー・パンダ2』で声優として出演しています。

『カンフー・パンダ』は古代の中国を舞台にしたアメリカ映画で、平和な村を狙う凶悪なカンフー使い、タイ・ランと対決すべく選ばれた小心者のジャイアントパンダ・ポーがシーフー老師に弟子入りして、厳しい特訓を積みながらカンフーを修行していくストーリーです。

ジャッキー・チェンは、カンフーの達人・マスターファイブの中の5人の中の1人で、陽気で身軽なサルのマスター・モンキーを演じました。また、作中ではポーとシーフー老師が箸で肉まんを掴み合うなど、ジャッキー・チェンが実際に修行中に行ったエピソードが組み込まれています。