2017年7月6日更新

『ベスト・キッド』あらすじ&撮影秘話【ジャッキー・チェンがトレーニングを考案!?】

2010年公開のリメイク版『ベスト・キッド』。舞台をアメリカから中国に、空手をカンフーに変更した本作では、ジャッキー・チェンがカンフーを指導する師匠を演じ話題を呼びました。この記事ではオリジナルとの比較やトリビアなどまとめてご紹介します。

ジャッキー・チェンを迎え名作『ベスト・キッド』をリメイク

2010年に公開された『ベスト・キッド』。1984年第1作目が制作され、映画シリーズとしては第4作までが制作、テレビアニメ化もされた映画のリメイク版です。 オリジナル版では、アメリカ人の少年が日系人に空手を教わったことをきっかけに成長していくというストーリーですが、リメイク版では空手がカンフーになり、舞台も北京に変更されています。 アレンジを加えられて生まれ変わった名作映画のリメイク版について、あらすじやキャストなど紹介します。

『ベスト・キッド』(2010)のあらすじは?

主人公の少年、ドレ・パーカーは母親が離婚し新しい仕事を見つけたことをきっかけに、中国に引っ越すことになります。そこで、ドレは中国人少女メイと仲良くなりますが、それがきっかけでいじめっ子の標的に。 ある日、いじめっ子たちから激しい暴行を受けていたドレは、ハンという男性に助けられます。彼はセラピストでありながらカンフーの達人で、パーカーがいじめに立ち向かえるようにカンフーのレッスンを始めるのでした。

映画を彩るキャスト達

ドレ・パーカー/ジェイデン・スミス

主人公ドレ・パーカーを演じるのは、俳優ウィル・スミスの息子であるジェイデン・スミスです。 ジェイデンはカリフォルニア出身、父ウィルと母である女優のジェイダ・ピンケット=スミスの間に生まれました。 妹のウィロー・スミスはウィローの芸名で歌手、俳優そしてダンサーとして活動しています。また、俳優トレイ・スミスはジェイデンの異母兄にあたります。 ジェイデンの映画デビューは2006年の『幸せのちから』です。事業に失敗して一度はどん底に陥りながらも成功を手にしたクリスの物語で、彼はクリスの息子、クリストファーを演じ高く評価されました。 2008年の『地球が静止する日』に出演した際は、第35回サターン若手俳優賞を受賞しています。

ミスター・ハン/ジャッキー・チェン

ドレに中国武術を教えるカンフーの達人、ミスター・ハンを演じるのはアクションスターとして名高いジャッキー・チェンです。 香港に生まれたジャッキーは、7歳のころから中国戯劇学院で京劇や中国武術を学んでいたそうです。10年間学んだ後、映画のエキストラやスタントマンを務め、1972年のブルース・リーの映画『燃えよドラゴン』にもエキストラで出演していました。 1970年代後半からブルース・リーの後継者として注目されるようになりましたが、シリアスな役柄が多くあまりヒット作に恵まれませんでした。 そこでジャッキーは自ら制作陣に、ストーリーにコミカルな要素を入れるように依頼し、自身のキャラクターを活かした映画作りを目指しました。 そういった工夫が1978年の『スネーキーモンキー 蛇拳』や、1978年の『ドランクモンキー 酔拳』といったヒット作につながり、ジャッキーをアクション映画スターに導いていきました。 『ベスト・キッド』は2000年代の出演作品の中では最大のヒット作と言われています。

ドレの母親役/タラジ・P・ヘンソン

ドレの母親シェリー・パーカーを演じたのは、ワシントンD.C.出身の女優タラジ・P・ヘンソンです。 1997年に女優デビューし、テレビ・映画と両方に活動の場を持ち、映画では2005年の『ハッスル&フロウ』での演技を評価される一方、テレビドラマシリーズでも2007年に『ボストン・リーガル』シーズン4でメインキャストを務めるなど、注目されていました。 2008年には『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』のクイニー役で、アカデミー賞助演女優賞にノミネートされています。また2016年には『ドリーム:私たちのアポロ計画』(2017年9月日本公開)で主役のキャサリン・ジョンソンを演じ、この作品はアカデミー賞で作品賞・助演女優賞・脚色賞の3部門にノミネートされました。 テレビドラマシリーズでの活躍も目覚ましく、2015年からスタートした『Empire 成功の代償』ではメインキャストであるクッキー・ライオンを演じ、ゴールデングローブ賞のテレビドラマ「ドラマ部門」で主演女優賞を受賞しています。

『ベスト・キッド』主題歌を歌うのはジャスティン・ビーバー

『ベスト・キッド』の主題歌は、カナダ人アーティストのジャスティン・ビーバーが歌う「Never Say Never」で、楽曲にはジェイデン・スミスも歌手として参加しています。 楽曲は、リリース直後にはカナダ、ノルウェイ、ニュージーランドでトップ20位、オーストラリアでトップ40位入りを記録しました。 後にシングルとして再度リリースされた際はビルボードチャート8位を飾りました。ジャスティンの曲がアメリカでトップ10に入ったのはこれが2回目です。

オリジナル版『ベスト・キッド』と比較してみた!

1984年のオリジナル版はカンフーではなく空手のトレーニングを受けるストーリーとなっています。リメイク版との設定の違いをここで検証してみましょう。 オリジナル版で主役のダニエル・ラルーソーを演じたのはイタリア系アメリカ人俳優のラルフ・マッチオ、その師匠となる空手の達人ミヤギを演じたのは日系アメリカ人2世の俳優ノリユキ・パット・モリタです。 ダニエルはリメイク版のドレと同じく母親と二人暮らしで、やはり母親の仕事の都合で引っ越すことになります。そしてそこで少女アリと恋に落ち、それがきっかけでいじめにあうようになる点も同じです。 そしていじめに立ち向かうために、ドレはハンにカンフーを、ダニエルはミヤギに空手を習うことになります。基本的な設定は舞台こそ違っても、ほぼストーリーの流れも同じになっています。ただしダニエルは高校生、ドレは12歳と年齢設定はやや下げているようです。 ところがそのトレーニング方法は、やはり空手とカンフーでは違っていました。ミヤギはダニエルにワックスがけやペンキ塗りなどの雑用をさせ、ハンはドレに上着を掛けて取って着て、脱いでは落とし拾ってまた掛け直すという意味のなさそうな動作を繰り返し練習させました。 結果的にはこの二つとも、それぞれ基本的な空手の動きとカンフーの技に直結するものだったと、ダニエルもドレも知ることになります。

リメイク版『ベストキッド』のラストはどうなる?【ネタバレ注意】

武術大会で一対一の勝負をすることになったドレは、ハンからカンフー・トレーニングを受けることになりました。ハンの厳しいトレーニングになんとかついていったドレですが、その間もメイとの交流は続き、お互いに励まし合える間柄になっていました。 しかし息抜きのためにデートに出かけたドレとメイは、その日バイオリンのオーディションだったことからメイの両親に猛抗議を受け、付き合いを反対されてしまいます。 ハンに書いてもらった中国語の手紙をメイと父親に読んで、ようやく友だちに戻ることができたドレは、カンフーのトレーニングを完成させ、いよいよ武術大会に挑みます。 ドレの母シェリーとメイ、そしてハンが見守るなかで、順調にドレは勝ち進んでいきますが、ライバルのチョンも同じく勝ち進みます。しかしライバルの道場師範の指示でドレは足に怪我をさせられてしまい、医師に決勝出場を断念することを勧められます。 そんななかでもドレはなんとしても決勝戦に臨む決意を固め、ハンに治療してもらい痛みを消して決勝に出場。チョンとの戦いを制し、見事優勝するのでした。

なぜ原題はカラテキッドなの!?

リメイク版では空手ではなくカンフーがテーマなのにもかかわらず『ベスト・キッド』の原題は、“ザ・カラテ・キッド”となっています。 これは、リメイク版がオリジナルの映画とつながっていることを証明したいという制作陣のこだわりで、決してカンフーと空手を誤解しているということではありません。 その証拠として、劇中ドレの母親が空手をカンフーと混同するシーンがありますが、その間違いをドレは訂正しています。

ジャケット・トレーニングはジャッキー・チェンによるアイデア

ドレにカンフーの動きを教えるためのトレーニング方法として登場したジャケット・トレーニング。実はこれを思いついたのはジャッキー・チェンだったそうです。 本作の見どころの一つともなっているこのトレーニング、ジェイデンにとってはかなり難しいものだったようです。ジャッキーによるとジャケットの着脱シーンは自分で考え、顔を見て「集中しろ」と言うシーンはジェイデン・スミスの父で本作のプロデューサーでもあるウィル・スミスが加えたものだそうです。 ウィルによれば、ジャッキーはアイデアの宝庫で、すべてのシーンにコンセプトがあり、スタントはジェイデン自身がやるべきだと意見したものジャッキーだったといいます。

3ヵ月ものトレーニングを積んだジェイデン・スミス

この作品のため、ジェイデン・スミスは3ヵ月ものカンフー・トレーニングを積んだそうです。しかし小さなころから空手を学んでいたジェイデン。それでもカンフーと空手はまったく違っていたようで、最初は大変だったと語っています。 ジャッキー・チェンのスタントチームとトレーニングを積んだそうで、短期間のうちにかなりの成長を遂げたといいます。ハイキックのために費やしたのは1ヵ月。股割りから初めてマスターしたようです。

中国本土ではNGだったいじめとキスシーン

実は中国本土で上映される際、カットになったシーンがいくつかあります。 そのなかには、ドレがチョンたち武術道場の子どもたちにいじめられているシーンや、メイとドレのキスシーンがあったようです。七夕の影絵が映し出されたとても素敵なシーンなのですが、どこまでがカットされてしまったのでしょうか。 そのキスシーンの撮影時、ジェイデンは母親のジェイダから「口を開けるな」というアドバイスをもらっていたそうです。母としては複雑な心境で撮影を見守っていたのでは?と思いますが、意外にあっさりしたアドバイスですね。

オリジナル版『ベスト・キッド』とブルース・リーへのオマージュ

ハンに連れて行かれた中国武術の発祥地・武当山で、蛇を操りながら鶴のように片足で鍛錬している女性を見たドレが、武術大会の決勝戦で「鶴の構え」からの蹴りを繰り出して決勝ポイントを勝ち取ります。 これはオリジナル版で、ダニエルがやはりラストで鶴の構えを披露していることと、ライバルとして戦ったのが「コブラ会」だったことへのオマージュであるようです。 また、武術大会前にハンが贈った白い道着を見てドレが「まるでブルース・リーが着ていたものみたい」と言っているのは、ジャッキー・チェンが実はブルース・リー主演の映画『ドラゴン怒りの鉄拳』(1972)と『燃えよドラゴン』(1973)にスタントマンを務めていたことへのオマージュのようです。 ところで「鶴の構え」は、沖縄空手の剛柔流尚禮館の「白鶴の型」がモデルとなっているそうです。オリジナルからリメイクへ沖縄の空手道が、ブルース・リーからジャッキー・チェンへカンフー道がしっかりと受け継がれていることを示したかったのかもしれません。

大変だった万里の長城撮影と貴重な紫禁城撮影

リメイク版の舞台は中国・北京であり、ロケ地も万里の長城や紫禁城、武当山などの世界遺産で撮影を敢行したことも知られていますが、万里の長城での撮影にはヘリコプターの許可がおりず、すべてのカメラ機材を手で運ばなければならなかったそうです。 ヘリコプターでの撮影はようやく日没前に敢行されたそうで、この待機時間はその周辺での軍事訓練のためだったようです。 紫禁城内部での撮影が許可されたのは、なんと1987年の『ラストエンペラー』以来だそうで、そういう点でもなかなか貴重なシーンが撮影されている作品といえます。

ミヤギ役はノリユキ・パット・モリタではなく三船敏郎だったかも?

オリジナル版『ベスト・キッド』でミヤギ役を演じたのはノリユキ・パット・モリタですが、実はその前に黒澤明監督作品で有名な三船敏郎がこの役にオファーされていたそうです。 監督のジョン・G・アヴィルドセンによれば、三船敏郎はミヤギ役のオーディションを行い、とてもすばらしいものだったそうですが、三船のミヤギはどうやら黒沢監督の映画で演じてきた武士のような感じで、シリアスすぎると感じたようです。 「世界のミフネ」がミヤギを演じていたらどんな風になっていたのかは興味がありますが、ノリユキ・パット・モリタが演じた「普段はあまり強そうに見えない男」と「空手の達人」というギャップが、オリジナル版『ベスト・キッド』を成功に導いたのではないでしょうか。 リメイク版のジャッキー・チェンも普段はあまり冴えないアパートの管理人ですが、いざとなると鋭い動きで相手を打ち負かすことができるキャラクターを演じていました。

ヒラリー・スワンクが『ベスト・キッド』続編に出演していた!

オリジナル版『ベスト・キッド』でダニエルを演じたラルフ・マッチオは、その後の続編『ベストキッド2』(1986)と『ベスト・キッド3/最後の挑戦』(1989)と続けて出演しています。もちろんミヤギ役のノリユキ・パット・モリタも続投しました。 『ベスト・キッド』シリーズは4作目も製作され、『ベスト・キッド4』(1994)にはなんと若きヒラリー・スワンクが主人公ジュリー・ピアース役で出演しています。この作品にはノリユキ・パット・モリタが再びミヤギ役で出演しており、ジュリーは彼の新しい空手の生徒となっています。 ジャッキー・チェンが2013年にブログでリメイク版『ベスト・キッド』の続編があることをほのめかしてから、なかなかプリプロダクションは進んでおらず、2014年4月にいったん監督がブレック・アイズナーに決定したと思ったら、同年6月には脚本家が決まったもののアイズナー監督は降板してしまいました。 早くリメイク版『ベスト・キッド2』の詳細が知りたいところですが、2016年もジャッキー・チェンは大忙しで、製作がアナウンスされている作品だけでもほかに『ラッシュ・アワー4』や『シャンハイ・ヌーン』続編などもあるようです。