日活ロマンポルノで活躍した女優たちの現在

2017年7月6日更新

1971年から1988年まで日活で制作・公開され、2016年11月に45周年を迎えた成人映画レーベル「日活ロマンポルノ」。リブートプロジェクトが進行し、再び注目浴びる日活ロマンポルノで活躍した女優たちのその後、現在について調べてみました。

45周年を迎えた日活ロマンポルノとは?

『雨に濡れた女』

(C)2016 日活

日活ロマンポルノとは、1971年から1988年にかけて映画会社・日活が制作した成人映画レーベルのことで、計1100本もの作品が世に送り出されました。

1960年代後半から経営難に陥った日活は、低予算で利益が上がる”お色気”路線のジャンルを打ち出し、成人映画としての「日活ロマンポルノ」が誕生。制作時には様々な縛りがありましたが、谷ナオミら多くのスター女優が生まれ、芸能界へのステップとなることも多かったようです。

近年は復活の動きが見られ、45周年を迎えた2016年にリブートプロジェクトが発表されました。園子温など現代の5人の監督による完全オリジナル作品が、11月から2017年2月まで順次公開中です。

そこで今回は、日活ロマンポルノでかつて活躍していた女優たちのその後、現在についてまとめました。

飛鳥裕子

『火星の女(『夢野久作の少女地獄』)』

飛鳥裕子は、1995年7月6日生まれ、京都府京都市出身。本名の黒崎裕子名義で東映映画に出演後、日活ロマンポルノの大作『夢野久作の少女地獄』で、飛鳥裕子として主演デビューしました。

デビュー2年半後の24歳の時、『団鬼六・少女縛り絵図』ですでに高校生の息子がいる母親役を演じるなど、クールな美貌と大人の雰囲気が魅力の女優です。テレビドラマにも多数出演しており、『超電子バイオマン』で共演した俳優・黒崎輝と交際に発展し結婚しました。

1992年に芸能界を引退し、その後は沖縄県本部町のスキューバダイビングショップ「マザーアース沖縄」を夫婦で経営していました。しかし2012年2月、黒崎と親交の深い柴原孝典のブログで、2011年12月に飛鳥が死去していたと明かされました。死因は公表されていないようです。

東てる美

東てる美

東てる美は、1956年8月12日生まれ、東京都板橋区出身。父の友人が、女優・谷ナオミのマネージャーだった縁で芸能界入り、ピンク映画を経て1974年の『生贄夫人』で日活初出演を果たしました。

谷とのコンビでSMものに出演後、次第にアイドル的存在へシフトしていき、1976年の『禁断 制服の悶え』でトップ女優の地位を確立することに。21歳という若さにして、『闇に白き獣たちの感触』で監督デビューを果たし、舞台やテレビドラマにも進出していきます。

1980年代以降は、ドラマ『渡る世間は鬼ばかり』の小島邦子役で有名になりました。『特命係長只野仁』やNHK連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』に出演するなど、現在も第一線で活躍する女優の一人。ポルノ映画引退後から、東京都内に漫画の古本店舗を開店し、実業家としても成功を収めています。

泉じゅん

『百恵の唇 愛獣』

泉じゅんは、1956年9月6日生まれ、東京都江戸川区出身。1976年、日活ロマンポルノ『感じるんです』の主役でデビューすると同時に、恵まれた美貌とプロポーションで人気を集めました。

一時は親に咎められ一般作品に出演するも、映画『犬神の悪霊』などで演技経験を積んだ後、1980年の『百恵の唇 愛獣』でロマンポルノに復帰します。美しいヌードを惜しげもなく披露することから、ポルノ女優の中でも一世を風靡した存在となり、主演作は軒並みヒットを記録しました。

テレビドラマにも多数出演しましたが、料理家・結城貢と結婚し芸能界を引退しました。現在は夫婦で、東京・新宿の会員制割烹料理「結城」を営み、結城の妻としてテレビ出演することがあります。

岡本麗

岡本麗

岡本麗は、1951年12月19日生まれ、長崎県佐世保市出身。役者を目指して上京後、劇団の養成所を経て日活に所属するも、映画界の斜陽化でロマンポルノに出演することになりました。

豊満な肉体と体当りの演技でデビュー作はヒットし、すぐに続編の制作が決定しました。岡本はポルノ女優としての道を歩み始め、『団地妻』シリーズや『むちむちネオン街 私たべごろ』などに出演。ロマンポルノの初期から終焉まで看板女優として日活を支え続け、やがて一般の映画やドラマに出演する女優へと転身し、成功しました。

一般作品では、映画『蒲田行進曲』やドラマ『はぐれ刑事純情派』シリーズが有名です。刑事ものやサスペンスを中心に、ドラマ・映画・舞台など幅広く出演し、現在も第一線で活躍しています。

小川美那子

小川美那子

小川美那子は、1962年3月4日生まれ、宮城県出身。高校在学中に、CMモデルとして活動をスタートし、1985年の日活ロマンポルノ『女子大寮・SEX覗きショック』で女優デビューしました。

SMものを演じられる存在として、団鬼六原作の『花と蛇 飼育篇』や『団鬼六 生贄姉妹』などに出演し、日活ロマンポルノの後期を支える女優の一人に。テレビドラマやVシネマにも出演し、女優業の傍ら作家デビューして以降は、官能とサスペンスが融合した作品を発表しています。

まさに”妖艶な”キャリアを築いた小川ですが、現在は新ビジネスとして結婚相談所「エンジェル・ハート」を開設、自らの経験を活かしたアドバイスを行っているようです。

風祭ゆき

『女教師 汚れた放課後』

風祭ゆきは、1953年8月15日生まれ、東京都出身。本名の吉田さより名義で女優デビュー後、日活からポルノ映画の出演依頼を受けるも一度は拒否し、1980年に風祭ゆき名義で『赤い通り雨』に主演しました。

知的な美貌とスレンダーな肢体を存分に活かして、主演作の『女教師 汚れた放課後』や『恥辱の部屋』を始め、数多くの名作や佳作に出演。『セーラー服と機関銃』など一般映画への出演も多く、ロマンポルノ終焉期の『ラスト・キャバレー』を最後に、一般映画やドラマ・舞台に活動の場を移しました。

現在も演技派女優として、映画・舞台・ミュージカルなどを中心に活躍しており、2016年9月から放送中のドラマ『忠臣蔵の恋~四十八人目の中心~』にもゲスト出演しています。

鹿沼絵里(えり)

鹿沼えり

鹿沼絵里(旧芸名はえり)は、1952年12月1日生まれ、東京都出身。特撮番組『秘密戦隊ゴレンジャー』のヒロイン役で注目された後、”演技の幅を広げるため”と、日活ロマンポルノ『時には娼婦のように』に出演しました。

妖艶な肉体と美貌で人気を集め、『修道女 黒衣の中のうずき』など多数の作品に出演、1970年代から80年代初めの日活を代表するポルノ女優に。一般映画やドラマでも活躍しましたが、1982年に共演者だった5歳下の俳優・古尾谷雅人と30歳で結婚し、芸能界を引退しています。

その後は子育てがひと段落した頃から、介護の仕事に長く従事していましたが、2003年に夫の古尾谷が自殺し多額の借金を引き継ぐことになりました。本格的に芸能界に復帰する傍ら、2003年から2010年秋までスナック「ルパン反省」を経営し、現在は介護ひと筋で生活しているようです。

清里めぐみ

『絶倫海女 しまり貝』

清里めぐみは、1964年11月1日生まれ、埼玉県出身。山本千多枝という名で一般映画に出演後、清里めぐみと改名して映画『絶倫海女 しまり貝』に主演し、ロマンポルノデビューしました。

1985年から1987年にかけて、『オーガズム 真理子』や『強制ワイセツ犯 性魔』などに出演し、ロマンポルノの後期を代表する女優として活躍しています。主演作『はみ出しスクール水着』の監督を務めた、映画監督・滝田洋二郎との結婚を機に芸能界を引退、現在は芸能活動を行っていません。

2009年に、夫の滝田が『おくりびと』で第81回アカデミー賞・外国語賞を受賞しており、妻として授賞式に同行したと一部メディアで報道されました。

五月みどり

『マダム・スキャンダル 10秒死なせて』

五月みどりは、1939年10月21日生まれ、東京都江戸川区出身。1958年の歌手デビュー以降、多くのヒット曲を生むも1960年に結婚し引退、離婚を機に復帰しタレント・女優として活動を開始します。

40歳を過ぎた1982年に、『マダム・スキャンダル 10秒死なせて』で主演を務め、日活ロマンポルノに初出演しました。若々しい肉体と大胆な演技が話題となり、熟女ヌードの先駆けとも言える存在に。1997年から2007年にかけては、バラエティ番組『伊藤家の食卓』の母親役で親しまれました。

これまでに3度結婚・離婚するなど、奔放な恋愛遍歴を辿ってきましたが、現在はマネージャー兼事務所の代表取締役・早見文泰と事実婚状態にあるとのこと。女優として常に第一線で活躍する一方、着物デザイナーや画家としても才能を発揮し、2017年春からはドラマ『やすらぎの郷』が放送予定です。

三東ルシア

三東ルシア

三東ルシアは、1958年10月1日生まれ、神奈川県出身。1973年頃からCMモデルとして活動後、歌手・女優・バラエティの活動を開始し、1982年の日活ロマンポルノ『女教師 生徒の眼の前で』に出演しました。

その後も『性的犯罪』などに出演しましたが、1994年に大工を営む一般男性と結婚、1999年に一男をもうけるも2000年に離婚しています。2003年に芸能界に復帰し、アダルトメディア中心に活動を行うと同時に歌手活動も再開、2014年には40周年記念曲『日日草(~愛する息子へ~)』を発売しました。

また2013・2014年に『爆報! THE フライデー』へ出演し、事務所を離れ膠原病の治療中であること、シングルマザーとして息子を育てていることなどを公表。現在の様子は公式ブログでも知ることができ、2017年1月にシングルマザー協会のアンバサダーに任命されたと報告しています。

白川和子

白川和子

白川和子は、1947年9月30日生まれ、長野県佐世保市出身。大学在学中に劇団に入り、ピンク映画『女子寮』で女優デビューと同時に大学を中退、1971年に日活からスカウトされ移籍しました。

経営難だった日活が路線変更して制作した、”日活ロマンポルノ”の第1作目『団地妻 昼下がりの情事』に出演し、同シリーズの人気でトップ女優に成長します。1973年2月にロマンポルノを引退、翌月に17歳年上の日活社員・小西俊夫と結婚したため、しばらく専業主婦の生活を送りました。

1976年から芸能界に復帰し、第一線で活躍する女優として、現在も映画やドラマに出演中。2009年にはお笑い芸人のジジ・ぶぅとコンビを組み、M-1グランプリに出場するなど、幅広く活動しています。