小谷実由のヴィジュアル的映画論 第二回『三月のライオン』

2017年10月27日更新

モデル/ライターとして活躍する小谷実由さんに、「ヴィジュアル」的視点から映画の魅力について語ってもらう連載第二回。今回は、矢崎仁司監督の『三月のライオン』です。

氷の季節と、花の季節の間の三月

こんにちは。小谷実由です。 突然ですが、みなさんの引っ越しするきっかけってなんですか?気分転換だったり、お仕事の事情だったり、はたまた男と女の事情だったり、様々だと思いますが、本当は引っ越したくなかった、その部屋が好きで好きでたまらなく、後ろ髪を引かれながら引っ越していった経験はないでしょうか。 今回紹介するのは矢崎仁司監督『三月のライオン』。 幼い頃から兄に思いを寄せていた妹が、ある日記憶を失ってしまった兄に恋人だと偽りながら日々を過ごしていく、ある種タブーな恋愛を描いた作品です。

アイスが好きなアイスのバッグ

三月のライオン

この作品で目が離せないのは妹のアイス。彼女は援助交際をしてお金を得ている、絵を描くのが好きな、きっとまだとても若い少女です。アイスと名乗っていますが本当はナツコです。 アイスが好きでシャリシャリといつもアイスを食べているため、クーラーボックスをいつもバッグ代わりにしながら街を歩いています。ボックスの中にはもちろん沢山のアイスとお金と櫛と絵を描く道具……となんでも入っている。(開けるたびにふわーっと白い冷気が大量に出るからすごい冷えてると思う。) 確かにクーラーボックスって大きくてなんでも入りそうだし冷えて困るものって特にないし便利だな、道で疲れたら座れるし……と一瞬実践してみようかと思わせるほどなぜか便利そうに見えちゃう。前回の『花様年華』チャン夫人のバッグとは正反対です。 私はアイスのバッグのほうが向いているかもな、でもきっと物をたくさん詰め込みすぎて重くて肩こりに悩まされそうです。私のバッグ迷子は続く……。

見えるより見えないが良いのはなんで

三月のライオン

アイスのファッションは、オーバーサイズのメンズのジャンパーにローリングストーンズの唇のタンクトップ、サスペンダーに花柄スカートが定番です。 だいたいこの格好が多い中、一瞬だけブラックのボディコンシャスなワンピースを着ているシーンがあります。私はそのちょっと背伸びしたようなアイスがお気に入り。 もちろんそこでもサスペンダー。サスペンダーでつまんで前後の丈の長さを変えていたりして、なかなかの上級テクニック。 気になるポイントはいつもサスペンダーを前後真逆につけているところ。身体のラインが強調されてなんだかコケティッシュでどきどき。 劇中でアイスの一糸まとわぬ姿は多々登場しますが、それよりもタンクトップの上からサスペンダーを真逆につけている姿のほうがセクシーに見えちゃうのって、妄想を掻き立てられるからでしょうか。

おしゃれ最終兵器パッツリ短めおかっぱヘア

アイスはパッツリ短めおかっぱヘアです。ボブっていうよりはおかっぱです。前髪もちょんちょんと短い前髪で、いつも乱雑に櫛で梳かしています。本当、乱雑なの……。それ梳かせているのかなというくらい。でもその姿がなんだか幼くてかわいい。 いつも赤いハイヒールにスカートスタイルで一見ものすごくラブリーなアイスのファッションですが、それをおしゃれにさせているのがパッツリ短めおかっぱヘアwithちょんちょん前髪。おしゃれだなーと映画を見ていて度々思ってしまうのですが、多分この髪型が効力を発揮していると思います。 おかっぱ(ボブも然り)ヘアって何気ないファッションもおしゃれに見せてくれる最終兵器なのかもしれない。私もパッツリ短めおかっぱヘアにかねてからずっと憧れています。憧れの女性にもそんな髪型の人が多いです。30歳になったらパッツリ短めおかっぱになるぞー!

赤い口紅きゅっと引けたらいい

そして、女の子だったらつい真似したくなったり、わかるわかると思わせるシーンがあります。アイスが鏡に向かって口紅を何度も何度も塗ってはこすり、塗ってはこすりを繰り返すシーン。 結局ちゃんと塗り終わることなく次のシーンへ移るのですが、なんだか意味深なシーン。少女から女性への変貌の道のりの難しさを物語るようなシーンだなと思います。 口紅きゅっときれいに引くのって難しいよね。笑うと前歯にくっついちゃったりさ。

大好きな部屋のこと

そういえば、冒頭で引っ越しの話をしましたが、なんでそんな話をしたかというと、劇中で兄と妹が一緒に暮らし始める部屋が、以前私が暮らしていた部屋にとても似ているのです。その部屋からはとある事情で後ろ髪を引かれながら引っ越したのですが、今でもその部屋が恋しくて、この作品を見るとそんな切なさもついてきます。 ベランダはなく部屋に紐を吊るして部屋干ししたり、窓の形も、真っ白まっさらな壁も、真四角なポラロイドを貼っていたことも、ソファの上に敷いたシーツも似ていました。 この作品をはじめて見たのもその部屋だったな。とてつもなく不便だったけど、それ以上にそこで生活していた間に起こった出来事が、飛び跳ねて踊りながら喜んだことも、布団に突っ伏して悔し泣きしたことも、いろんな自分があの空間に存在していた気がします。 常にいろんな気持ちが混ざり合っていたせいか、どことなくいつもその部屋は切なげな雰囲気でした。そこが好きだったのだけど。 彼らにとっても思いがこもりすぎているであろう劇中の部屋。笑ったり泣いたり愛を交わしたり。なんてことない小さな部屋も思いが入り混じれば特別な場所。そういえば私が住んでいたその部屋は壁に何をしてもよかったな、アイスがひとりで暮らしていた部屋のように壁に落書きをしてから出て行けばよかった。 いま私が住んでいる部屋はどの映画に出てくる部屋に似るのだろう、見つけたらまた引っ越す時に切なくなるから見つけたくないような、はたまたどのお気に入りの映画の部屋に似せようかとも考える。あなたの部屋はどの映画の部屋ですか?ドラマチックな部屋ってそうそう見つからないよね。