【監督インタビュー】アニメーション作品『詩季織々』を巡る「新海誠イズム」と「変わりゆく中国」
中国の三大都市で繰り広げられる切ない青春アンソロジー
『君の名は。』『秒速5センチメートル』など、新海誠監督の作品を送り出してきたコミックス・ウェーブ・フィルム。 そのコミックス・ウェーブ・フィルムが、『秒速5センチメートル』に影響を受けたリ・ハオリンを総監督に迎え、竹内良貴監督、イシャオミン監督とともに作った『詩季織々』。 本作がいよいよが8月4日からテアトル新宿、シネ・リーブル池袋ほかで公開されます。 『詩季織々』は、中国の北京、上海、広州の三大都市で繰り広げられる3つの青春アンソロジーです。どのストーリーも、中国の今を切取りながら、どこか懐かしいような感じを受ける作品たちが並びます。 今回は短編「上海恋」を監督し、さらには全体の総監督を務めたリ・ハオリンと、2つ目に登場する短編の監督を担った竹内良貴の二人に行ったインタビューをお届けします。
インタビュー前に『詩季織々』の3つのストーリーを予習しよう
『詩季織々』は、中国の「衣食住行」という言葉をキーワードとして、3つのストーリーで構成されています。「衣食住行」は、日本で言う「衣食住」に交通の「行」がついた、中国に昔から伝わる言葉です。 1つ目は、今回アニメーション初監督のイシャオミンが、「食」をテーマに、北京で暮らしながら故郷の湖南省での生活を思い出す青年を描いた「陽だまりの朝食」。中国の今と昔のコントラストを上手く描いた作品です。 2つ目は、「衣」をテーマに、オリジナル作品として初監督を務めた竹内良貴が、広州で暮らす二人の姉妹の奮闘を描いた「小さなファッションショー」。中国という大陸で懸命に生きる人々を日本人らしい目線で描いています。 そして3つ目は、今回総監督を務めたリ・ハオリンによる、「住」をテーマにした、変わりゆく上海とその眼下で取り壊されていく石庫門での思い出を綴った「上海恋」。新海誠監督の影響をうけたリ・ハオリン監督らしい、情緒溢れた作品になっています。
中国を支える言葉「衣食住行」
『詩季織々』の総監督を務めたリ・ハオリン。 彼は、中国のアニメブランド「Haoliners」の代表取締役兼監督でもあります。最近は、日本の吉祥寺にもアニメスタジオを構えています。 『詩季織々』は、新海誠監督の『秒速5センチメートル』を観て衝撃を受けたリ・ハオリン監督が、アニメの制作をコミックス・ウェーブ・フィルムに熱烈に希望して実現した作品です。 まずは、この作品に流れる大きなテーマについて聞いてみました。
『詩季織々』の全体のテーマとして「衣食住行」がありますが、なぜこの言葉を選んだのでしょうか。
リ・ハオリン監督)「衣食住行」は、中国の日常の生活の中でベースになっている言葉です。日本の衣食住に交通を意味する「行」がついた言葉ですね。 今回は中国の日常を描きたいということと、日常で感じている感情を表現したいという思いから、このテーマを選びました。
一方、『詩季織々』は中国3大都市(北京、上海、広州)をモチーフに描かれていますが、これはなぜそのようにしようと思ったのでしょうか。
リ・ハオリン監督)私の出身地が上海、イシャオミン監督が北京ということで、その都市をモチーフにしようと思いました。 そして、もう一人の竹内監督が「衣」をテーマにするということで、中国3大都市のひとつである広州に決まりました。
変わりゆく上海
『詩季織々』の総監督である一方、「上海恋」の監督も務めたリ・ハオリン。 新海監督の作品を研究し、そこにリ・ハオリン監督なりの思いをのせて、新海作品のスタッフと一緒に作ったこの短編について、作ったときの苦労などを聞いてみました。
リ・ハオリン監督は今まで中国で商業アニメを作ってきましたが、今回日本で「上海恋」を作ってみて、これまでとの違いは感じましたか?
リ・ハオリン監督)今まで作っていたアニメは、ビジネス寄りというか、収益を気にして作ったものが多かったです。しかし「上海恋」は、(もちろんまったくビジネス的なことを考えなかったわけではないんですけど)今まで作ったものの中では、なんというか、いちばん純粋な気持ちで作っています。 新海誠監督の『秒速5センチメートル』を見たときに感じたんですけど、新海監督はおそらく純粋に作品を作りたいと思っているのではないかと。だから私も同じように、その思いを「上海恋」にのせて作りました。
北京、広州もそうですが、上海の街並みも昔とは大きく変わりました。それについて監督自身どう感じていますか。
リ・ハオリン監督)今回、「上海恋」の舞台となった石庫門は、今もドンドン壊されています。観光地として外形は残っているんだけど、当時の様子の石庫門はもう残っていなくて。 このままだと、祖父や祖母などと一緒に大家族で住んでいた記憶も消えてしまいそうだったので、それを残したいと思いました。
「上海恋」のシーンで、カセットを鉛筆でクルクル回すシーンがあったが、あれは実体験から?
リ・ハオリン監督)そうです、実体験ですね。子どものころはみんなやりましたよね。 今回、主人公と女の子のやり取りに、あえてカセットを使った理由は、あのころは、映像や動画の技術がまだそれほど発達していなかったから。 日記などはもちろんあったのですが、文字だとそこに感情をのせるのが難しく、立体的に感情をのせるには、当時ではやっぱりカセットがいちばんだったんじゃないかな、と。 たとえばお互いの感情に気付いていながら、それをあえて言わずにカセットに吹き込む。それでもお互い通じるのは、そこに立体的に感情がのっているからだと思うんです。
『詩季織々』は新海映画へのオマージュ?CGチーフが監督に抜擢
一方、2つ目の「小さなファッションショー」で、メガホンを取ったのは、日本人の竹内良貴監督です。今まで新海監督作品のCGチーフとして、作品の中核を成していた竹内。当然新海監督の影響を色濃く受けているはずですが、オリジナル作品での監督は初めてとのこと。 オリジナル初監督作品としての苦労はどこにあったのでしょうか。
竹内監督は、今回オリジナル作品としてはじめての監督作品だと思いますが、新海監督とやっていたときと違った点などはありますか。
竹内監督)スタッフの面で言うと、今回は外のスタッフにも協力をお願いしていて。いつも一緒にやっているメンバーとはちょっと違う布陣でやったので、そういう部分で少しやり方を変えた部分もあります。
監督として苦労した点は?
竹内監督)コミックス・ウェーブ・フィルムでは、割と特殊な作り方をしているというか、特殊な考え方をしている部分があるので、それを外の人とやり取りするときに、なかなか理解できないこともあるようで、説明するのが大変でした。 ただ、最終的に一緒にいい作品を作ろうというところは共感してもらえたので、そこを軸に完成までもっていけたのは良かったと思います。
中国をステレオタイプで描かないということ
竹内監督は日本出身ですが、中国を描くときに苦労した点はどこでしょうか。
竹内監督)そうですね……。小さな仕草も、日本と中国は同じようで違ったりして、そういった部分は調べても出てこないので、そこはリさんにチェックしてもらいながら作っていました。なるべく日本人ぽさを出さないように作ったつもりでしたが、中国の人からは、日本人っぽいねっていわれました(笑)。 ただ、中国の人を描くにしてもなるべくステレオタイプで描かないようにしようと思っていて。中国人としてどうかというよりも、人間としてどうかと言う部分をいちばんに考えて作りました。
広州にロケハンに行ったときの空気感とかはどうでしたか。
竹内監督)ロケハンは、プリプロ(前準備)の段階で1回と、それから背景美術を描くスタッフを連れて2回行っています。 とにかく発展がすごく早い街で、1回目に行ったときと2回目に行ったときでは、もう建物も街の雰囲気も変わっているんですね。そこにはとても驚きました。
撮りたい作品
最後に両監督に、今後の展望について聞いてみました。 リ・ハオリン監督)実は今、日本での映画プロジェクトがひとつ動き出しています。ここでは言えないのですが、期待していてください。 竹内監督)特に次が決まっているわけではないですが、昔話というか、伝承のお話をアニメ化してみたいですね。僕の田舎は長野なんですが、それこそ長野に伝わる昔話なんかが作れたらいいなって思っています。
中国の今が、美しい風景描写で蘇る
今回、中国の三大都市を描きながら、私たち日本人にとっても、どこか懐かしい感じのする作品になっていました。それは、新海監督作品の背景スタッフなどが関わることで、その世界観が、あの特徴的な空の情景も含め、色濃く反映されているからなのかもしれません。 「中国も日本も同じ空の下に生きているのだな」ということを実感できる作品となっていました。 新海作品のような極彩の世界を味わいたい人はもちろん、中国の今に触れたい人にもお勧めできる作品です。ぜひ劇場でご覧ください。