2020年4月8日更新

【ネタバレ注意】映画『天気の子』の"なぜ”を分かりやすく解説・考察 水の魚が意味するものとは?

『天気の子』
(C)2019「天気の子」製作委員会

映画『天気の子』には晴れ女、水の魚、銃など、気になる描写やアイテムが多数登場しました。この記事では、『天気の子』の解釈の分かれるラストや劇中では詳細に説明されなかったシーンを考察・解説していきます。

目次

『天気の子』徹底解説 謎を紐解くとさらに魅力的な作品に!【ネタバレ注意】

2019年7月19日に公開され、その年に140億円を超える大ヒットとなった新海誠監督の新作『天気の子』。天候の変動をメインに据えた、新海監督ならではの自然の映像美はより進化を遂げていました。 前作『君の名は。』から再び共作を担ったのは、主題歌5曲を含むすべての劇伴音楽を担当したRADWIMPS。音楽と映像のさらなる融合を目指した今作では、作品のテーマを表した「愛にできることはまだあるかい」や印象的なラストを飾る「大丈夫」などの名曲を再び生み出しました。 この記事ではまず、『天気の子』あらすじや新海監督×RADWIMPSによる音楽と映像の制作秘話を紹介。さらに「天気の巫女」や劇中に登場した謎のアイテム「水の魚」と「銃」、キーパーソンである須賀圭介について詳しく考察してきます。後半にはタイトルの意味やラストシーンのネタバレ解説、加えてトリビアもあるので、鑑賞後の方は要チェックです。 ※この記事にはストーリーのネタバレが含まれますので、未鑑賞の方はご注意ください。

映画のあらすじ 新海誠監督が得意なファンタジーSFストーリー

これまで6作の長編アニメ映画を監督してきた新海誠。幼少期からSFや宇宙といった題材の作品に親しんできた監督は、自身の作品にSF要素を取り込むことが多いです。さらに新海作品の魅力は、SFやファンタジーといった題材を私たちの日常に溶け込ませ、共感しやすいストーリーを展開させること。 新作『天気の子』も例外ではなく、「天気」という日常的なテーマと、「天気を変えられる少女」という非日常的な設定が混在した作品なのです。新海監督はこの化学反応を利用して、新たな感動に出会わせてくれるのでしょうか。

映画『天気の子』のあらすじ【ネタバレなし】

田舎に住む高校1年生の森嶋帆高は、着の身着のままで家出をし東京にやってきます。知り合いもおらずツテもない帆高は、怪しげな編集プロダクションでライターをしながら細々と生活することに。 ある雨が降り続いた日、帆高は天野陽菜という少女と出会います。アルバイトをしながら弟と2人で暮らしているという陽菜は、祈るだけで天気を変えられる不思議な力を持っていました。

陽菜が天気の巫女になった理由を解説【ネタバレ注意】

天気を治療したと伝えられる「天気の巫女」

『天気の子』
(C)2019「天気の子」製作委員会

劇中で陽菜は晴れ女と呼ばれますが、何百年も前には陽菜のように空に祈りを捧げ、晴れにする女性を「天気の巫女」と呼んでいました。神社の神主によると、各地にいた巫女は人の力の及ばぬ“天”と“人”を結ぶ細い糸であり、その役割は天気を治療すること。

人びとの“願い”を受け止め、空に届けると言えば聞こえは良いものの、要は「人柱」。巫女たちの命と引き換えに、この世界の空は晴れになるのです。

陽菜はなぜ「天気の巫女」の力を手にし、晴れ女になったのか

一年前、陽菜は雲間から一筋の陽が射す廃ビルの屋上で、「雨が止みますように。お母さんが目覚めて、また3人で青空の下を歩けますように」と祈り、鳥居をくぐったそうです。 それから彼女は空と繋がり、強く願うだけで天候を操れるようになりました。

鳥居にはお彼岸の「精霊馬」が供えられていましたが、陽菜が雲の上で観た世界はまさに「彼岸」で、力を使う度に死に近づいていたのです。小さな祠に、占い師が言ってた龍神・稲荷系の自然霊がいたのか、また別の力だったのかは言及されませんでした。

水の魚の意味を考察

『天気の子』
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雨が降り続く『天気の子』の劇中には、鯨の形をした空に浮かぶ水の塊のようなものが登場します。まず最初に現れるのは、帆高が船で東京へ向かっている時、大きな水の塊が一気に落ちてきたシーン。その後、鯨の形をした水の塊は、東京でも目撃されます。 水の塊のほかにも、雨のしずくが魚のように跳ねて見える場面も登場します。これらは一体、何を表しているのでしょう。水の塊は、陽菜が度々祈って天気を晴れにしていたことで、降るはずだった雨が一塊になってしまったものかもしれません。そして水の魚は、雲から降ってきた雨粒であり、雲上の生物=命そのもののように見えます。 実際、陽菜が廃ビルの神社をくぐって天気の巫女になった時、そして人柱になって天上の雲に召し上げられた時、周りに水の魚たちが寄り集まってきました。これらはこれまで亡くなった人々や人柱の魂たちなのではないでしょうか。だから天上という彼岸で、巫女として魂と一体化した陽菜の周りに集まってきたのでしょう。

帆高はなぜ銃を拾うのか?

『天気の子』
(C)2019「天気の子」製作委員会

帆高が歌舞伎町のゴミ箱から拾った銃は、物語の冒頭でニュースとして流れた「16丁の銃が押収された」中の押収から逃れた銃かもしれません。つまり、これは反社会勢力が持っていた「暴力」を行使する代物です。 この銃を拾った帆高はカバンに入れて持ち歩きます。完全に反社会的な銃所持の家出少年となった帆高は、銃を劇中で二回撃ちます。一度目は風俗店のスカウトマンから陽菜を助ける時、二度目も廃ビルでやはり陽菜を助けに行くためでした。 ことさら劇中で銃が強調されているのは、帆高にとっての「銃」が彼の心に秘められた社会や大人に対する「怒り」を象徴しているから。一度目はその怒りを暴発させましたが、二度目は確信的です。これは作品の底に流れる「無責任な大人たちに対する若者の反抗」を表すメタファーなのです。 帆高が家出の際持って来たサリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」も、同じく欺瞞的な社会に対する若者の怒りを示すアイテム。冒頭からこのテーマは明示されていたのですね。

描かれなかった過去を考察 須賀が涙を流したのはなぜ?

家出少年の帆高を助け、住み込みで雇った須賀圭介は、一時は「大人になれよ」と帆高を突き放しますが、結局最後は力を貸します。実は圭介自身も親に反抗して、10代で東京へ来た元家出少年。社会や大人に反抗する帆高に過去の自分を見て、放っておけなかったのでしょう。 劇中で度々須賀が自分の指輪に触っているのは、亡くなった妻の明日花のことが忘れられないから。帆高と陽菜と同じように、明日花とは東京で出逢いました。互いの両親には反対されながらも結婚して娘の萌花が生まれ、明日花が事故で亡くなり、何らかの理由で明日花の母親である間宮夫人が萌花の養育権を持つことになったようです。 帆高を探す安井刑事が須賀の事務所に来て話をするシーンで、須賀はなぜか無意識に涙を流します。泣いていると言われて気づいた須賀はおそらく、帆高が陽菜にすべてをかけて会いに行こうとしている純粋さに、かつての自分を思い出したのでしょう。すべてを捨てても今でも会いたいのは、やはり明日花だったのです。

ラストシーン、映画のメッセージを考察【ネタバレ注意】

『天気の子』のラストシーンを振り返る

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ホテルで雨宿りして、帆高と陽菜が抱き合って泣いた夜。陽菜が人柱となり、空(彼岸)へと昇っていった後、空は嘘のように晴れ渡りました。

警察の追手を振り切り、圭介、夏美、凪の力を借りてあの廃ビルへたどり着いた帆高は、神さまに強く願いながら鳥居をくぐったのです。彼岸で龍のような雲の帯に翻弄されながら、ようやく陽菜を見つけて、「天気なんて、狂ったままでいいんだ!」と叫ぶ帆高。 世界はまた、滝のような豪雨に見舞われ、3年もの間振り続けました。そして、帆高は保護観察処分となり、陽菜とは一度も会わないまま……。地元の小さな高校を卒業後、土地のほとんどが海に沈んだ東京で、制服姿で祈りを捧げる彼女と再会します。 帆高が泣いていると心配する陽菜の両手を握り、「僕たちは大丈夫だ」と伝えるのでした。

帆高の究極の選択、ラストから読み取れるメッセージとは

『天気の子』
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圭介の「世界は元から狂っていた」、冨美の「元に戻っただけ」と言う言葉を、帆高は「世界は最初から狂っていたわけじゃない。僕たちが世界を変えたんだ」と強く否定します。 人の願い、選択は確かに世界の形を変えるけれど、その結果狂ってしまったからと言って、劇的な改善ができるわけではない。だからもう開き直って受け入れて、世界を選んだ責任だけは忘れずに、2人で未来を突き進むのではないでしょうか。 帆高にとって陽菜は、願い、思い、絆とか夢とか、大切なものを与えてくれた人で、息苦さから救ってくれた唯一の存在だったから。空が晴れて太陽が戻っても、陽菜が存在しないならば帆高の世界に太陽は存在しないのです。 その一方で、陽菜が小さな肩に世界の命運を背負っていたのだと、帆高だけが知っています。 混沌とする現実の世界も同じで、きっと大切なのは”自分が何を望むか”。もがき苦しむことになったとしても、誰かが知っていてくれるだけで大丈夫、人はそれだけで困難に立ち向かえると、背中を押してくれているのかもしれません。

タイトル『天気の子』に込められた意味

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タイトル『天気の子』とは、願いで”天候を操る”能力を持つ陽菜のこと。先述した天気の巫女の響きにも通じますね。 映画パンフレットによると「天気はたんなる自然現象ではなく、思いや運命や世界そのものの象徴」であり、誰もに身近な「天気」のように、みんなの物語だという意味があるとのこと。だからこそ、「子ども」ではなく「子」になっているのです。 そこから転じて、帆高にとっての陽菜、陽菜にとっての帆高のように、狂った世界でも生きていくための支え、希望、光(太陽)のような存在。誰かの世界の理解者、そばで”「大丈夫」になりたい”と思ってくれている人を、天気の子と呼ぶのではないでしょうか。

新海誠監督が作品に込めた想いとは?

3年ぶりの新作となる『天気の子』。映画の着想は、『君の名は。』プロモーション時の経験から得たと言います。 2016年8月に公開された前作は、夏を通してプロモーションが行われました。新海監督は、大きな積乱雲が目に入ったと言い「積乱雲の上にある平原でゆっくりできたらいいな」と感じたそう。これがきっかけで、「次回作は空の話にしようと思った」と語っています。 さらに、道行く人々が『君の名は。』について話している姿を見て、次の映画は「誰もが自分のことと考えられるようなテーマにしたい」という思いがあったことも明かしました。 私たちが毎日気にする「天気」はこの条件にぴったりだったため、ここから構想が膨らんでいったそうです。

RADWIMPSの主題歌・挿入歌を解説 作品と見事にリンクした楽曲たち

2019年11月4日にNHKで放送された特別番組「「天気の子」と僕ら〜RADWIMPS×新海誠〜」では、主題歌4曲のフルバージョンを初披露。さらに楽曲の制作秘話を交えて、100人の学生を招いたトーク・ライブを行いました。「風たちの声」を含む主題歌5曲のフルバージョンを収録したEP『天気の子 complete version』は、同年11月27日に発売されています。 特別番組で披露されたのは、三浦透子を迎えた「祝祭」と「グランドエスケープ」、そしてRADWIMPSによる「愛にできることはまだあるかい」と「大丈夫」です。2019年年末の「第70回NHK紅白歌合戦」でも「グランドエスケープ」と「大丈夫」が披露されました。

「グランドエスケープ feat.三浦透子」

「グランドエスケープ」は力強い合唱をバックに歌い上げられ、劇中で流れた天上で帆高と陽菜が再会する壮大で感動的なシーンを思い起こさせるものでした。RADWIMPSのボーカルを務める野田洋次郎によれば、あの場面で帆高と陽菜が出会う理屈を通すための「圧倒的なもの」が、サビに合唱を持ってくるアイデアだったそう。

「愛にできることはまだあるかい」

「愛にできることはまだあるかい」が流れるシーンは、帆高が陽菜を救いに廃ビルへ向かう場面とエンドロール。特別番組では、帆高が廃ビルの階段を駆け上がるシーンを楽曲に合わせて制作していたら、階段が足りなくなって伸ばしたという秘話を明かしています。

「大丈夫」

映画のラストからエンドロールにかけて流れる「大丈夫」は、実は『天気の子』という物語の結末に大きな影響を与えた曲だといいます。フルバージョンは「Movie edit」に違う曲調の前半部分を加えたもので、歌詞も帆高の心境にさらに寄っていった内容になっています。彼らが目指した「より高い次元で音楽と映像を融合させた」完成形がここにあります。

映画『天気の子』がもっと面白くなるトリビア3選

前作『君の名は。』からあのキャラクターたちが登場!

何と前作『君の名は。』から、主人公の立花瀧と宮水三葉、勅使河原克彦、名取早耶香、宮水四葉がゲストキャラクターとして登場!瀧は入社面接で「東京だっていつ消えるか……」と言っていましたが、まさにそうなっていると思うと感慨深いですね。 瀧は「晴れ女ビジネス」で立花家を訪れたシーンの冨江の孫で、三葉は帆高が陽菜の誕生日プレゼントを買いに訪れた、アクセサリーショップの店員です。勅使河原と早耶香はフリーマーケットのシーンほか、四葉は陽菜が人柱となり、一気に晴れていくシーンで窓の外を眺める女子中学生(あるいは高校生)として、成長した姿で描かれました。 ちなみに、神木隆之介と上白石萌音をはじめ、キャストたちは全員続投しています。

新海誠監督作品ゆかりの女性声優ネタも!?

凪の元カノ、今カノとして「アヤネ」「カナ」と言う名前の少女が登場しますが、それぞれフルネームは「佐倉アヤネ」「花澤カナ」です。エンドクレジットには、「佐倉綾音」「花澤香菜」と表記されており、声優自身の名前が使用されていました。 実はこの2人、過去の新海作品でヒロインを演じた女性声優なのです! 佐倉はZ会のCMフィルム『クロスロード』の倉橋海帆役、花澤香菜は『言の葉の庭』、そして『君の名は。』にも登場した雪野百香里役の声優。『君の名は。』とのクロスオーバーだけでも驚きなのに、まさかの演出が憎いですね。

新海誠監督作『雲のむこう、約束の場所』のセルフオマージュ?

『天気の子』の「一人の少女の存在が世界の命運を左右する」というストーリーに、新海監督の『雲の向こう、約束の場所』を重ねた人もいるのでは? 「雲の向こう」で”世界か、少女か”の選択を迫られた少年は、どちらも救う方法を編み出し平穏を取り戻すも、最後に想い合う2人の別れが示唆されました。しかし本作の帆高は、ただ陽菜と一緒にいたいという思いだけで行動を起こし、彼女がいなくなるなら意味がないと、狂った世界を救わないことを選択したのでした。 どちらの選択が良い、悪いというのではなく、新海監督が2019年の現代に向けて描いたセルフオマージュだったのかもしれません。運命や宿命に翻弄され、喪失を抱えて生きていく悲劇に対し、自らの意志でそれを翻して生きていくのが『天気の子』。 世界とか、最大多数の最大幸福よりも、自分自身の幸せをもっと追い求めていいんじゃないか、という新海監督のメッセージかもしれません。

新人声優を支える、心強い実力派スタッフが再集結していた

原作・脚本・監督を務める新海誠を始め、スタッフには新人声優を支える実力派スタッフが集結しました。 キャラクターデザインには『君の名は。』の他にアニメ映画『心が叫びたがってるんだ。』の田中将賀が、総作画監督はスタジオジブリで活躍してきた田村篤が担当します。 さらには『言の葉の庭』『君の名は。』で新海監督とタッグを組んだ滝口比呂志が、美術監督として参戦。『君の名は。』ヒットの立役者ともいわれる名プロデューサー・川村元気も製作に携わります。 映画『天気の子』では、「雨」が3人目の登場人物と言われた『言の葉の庭』からさらに進化し、雨の量や振り方、水たまりを弾き、窓を伝う様、どれも詩的で美しく描写されています。 新海作品では「空模様」が重要なモチーフだけに、雲の一つひとつ、雲間から射し込む陽の光まで、細かなシーンも見逃せません。

読み解けばさらに興味深い!『天気の子』の底に流れるテーマ

気象を操る「天気の巫女」をヒロイン、理不尽な大人や社会に反抗する少年を主人公とした『天気の子』。タイトルが表す意味やラストシーンに込められたメッセージなど、深読みすればするほど興味深いテーマが全体に流れていることがわかります。それは、現在の「狂った世界」に対する責任を肩一つに負うことはない、という未来を担う若者に対する渾身のメッセージ。 もちろん須賀のような「あきらめた大人たち」にも、帆高を助けるという行為で「がむしゃらな若者の背中を押す」というメッセージを送っています。誰もが身近に感じる天候を題材に純愛を描き、反社会的とも思えるサブテーマを底辺に流した本作は、新海監督の新たな挑戦として大きな爪痕を残したのではないでしょうか。