映画『国宝』喜久雄のモデルは誰?半次郎や万菊も実在する歌舞伎役者だったのか解説

吉田修一原作×李相日監督による吉沢亮主演作『国宝』。歌舞伎の世界を題材にした話題作ですが、劇中に登場する歌舞伎役者たちにモデルがあるのかも注目を集めています。 この記事では、映画『国宝』に登場する歌舞伎役者のモデルについて情報をまとめていきます。
映画『国宝』の作品概要・あらすじ
公開日 | 2025年6月6日 |
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上映時間 | 175分 |
監督 | 李相日 |
キャスト | 吉沢亮 , 横浜流星 , 渡辺謙 , 高畑充希 , 寺島しのぶ |
原作 | 吉田修一『国宝』 |
任侠一家の親分の息子・喜久雄は抗争によって父親を亡くし、縁あって歌舞伎役者・花井半二郎の家に引き取られます。半二郎は上方歌舞伎の名門の当主であり、喜久雄は部屋子として歌舞伎の世界へ飛び込むことに。 跡取り息子の俊介と良きライバルとして切磋琢磨する日々を過ごしていた喜久雄。正当な血筋を持つ俊介、努力と芸に秀でた喜久雄、生い立ちと才能は真逆といっていい2人でしたが、女形の新星コンビとして人気を得ていきます。
原作は吉田修一の『国宝』

映画『国宝』の原作は、吉田修一による同名小説。2017年から朝日新聞で連載され、2019年に第69回芸術選奨文部科学大臣賞と第14回中央公論文芸賞をW受賞した作品です。 任侠一門に生まれた少年・喜久雄が歌舞伎の世界に飛び込み、芸道に人生のすべてを捧げ、人間国宝になるまでを描いた一代記。映画では喜久雄を吉沢亮が演じ、歌舞伎の演目にも挑戦しています。
入念な取材を元に吉田修一が執筆
小説『国宝』は作者の吉田修一が自ら3年間、舞台の補助役である黒衣(くろご)の衣装をまとい、楽屋に実際に入って歌舞伎の世界を直に目にした経験から書かれた作品。綿密な取材によって、人間国宝となる喜久雄の激動の半生と彼を取り巻く周囲の人々を活写した芸道小説の傑作となりました。 歌舞伎の演目の数々を実際に俳優たちが演じているのも特筆すべき点。本作を鑑賞した歌舞伎役者たちからも絶賛の声が上がっています。
映画『国宝』の主人公・立花喜久雄のモデルは誰?

任侠の世界から歌舞伎の世界へ転身を果たした主人公の喜久雄。女形としての美しさとは対極的な、“悪魔と取引して”までも「芸」の道を究めようとする執念と泥臭さも持ち合わせています。 そんな人間的な魅力あふれる喜久雄にはモデルがいるのでは?と巷でささやかれているよう。ここからはその説を4つにまとめて紹介します。
【モデル説①】坂東玉三郎

- 14歳で十四代目守田勘弥の芸養子に
- 若くして五代目坂東玉三郎を襲名
- 稀代の女形として確固とした地位を築く
- 2012年に人間国宝として認定
喜久雄のモデルとしてまず最初に名が挙がっているのが、現代最高峰の女形といわれる人間国宝・坂東玉三郎です。料亭の息子であり、梨園とは無縁でしたが、小児麻痺の後遺症でリハビリのため通っていた日本舞踊が縁で十四代目勘弥の部屋子から芸養子となりました。 喜久雄と俊介が新人時代に「東半コンビ」として売り出されたことが劇中で描かれていますが、坂東玉三郎も20代の頃に十代目市川海老蔵と「海老玉コンビ」、片岡孝夫と「孝玉コンビ」で人気を博しています。 また坂東玉三郎の当たり役として有名な演目に、喜久雄が人間国宝となった後に演じた「鷺娘」があり、喜久雄の当たり役として描かれていました。
【モデル説②】六世中村歌右衛門
- 戦後昭和時代を代表する真女形
- 後ろ盾を失って一時歌舞伎界で孤立
- 歌舞伎一筋で芸道に対してストイック
- 1968年に人間国宝に認定
五代目中村歌右衛門の次男として生まれた六代目中村歌右衛門。御曹司という部分では俊介のようですが、戦前に兄の成駒屋五代目中村福助と父を亡くし、一時は後ろ盾をなくして歌舞伎界で孤立したことも。 生涯を歌舞伎界に捧げ、芸道に対してストイックな姿は喜久雄に重なります。1951年に六代目中村歌右衛門を襲名してからも「一世一代」といわれる唯一無二の芸を磨き上げました。 本作は「関の扉」で幕を開け、「鷺娘」で幕を閉じる構成で、真女形の六代目中村歌右衛門の当たり役であるためモデル説が浮上したと考えられます。
【モデル説③】二代目中村鴈治郎
- 上方歌舞伎の伝統を継承
- 孫である四代目中村鴈治郎が本作の歌舞伎を指導
- 劇中の重要な演目「曾根崎心中」徳兵衛が当たり役
上方歌舞伎の名門当主である初代中村鴈治郎の次男として生まれた二代目中村鴈治郎。若い頃は女形として活躍し、その後は立役もこなす幅広い芸域を見せ、特に二枚目役で本領を発揮しました。 映画『国宝』の歌舞伎監修・指導を行ったのは、二代目中村鴈治郎の孫である四代目中村鴈治郎です。二代目中村鴈治郎は物語の重要な役割を果たす演目「曾根崎心中」の徳兵衛役を当たり役としていました。 喜久雄のモデルとしては共通点が多くはありませんが、次の「複数モデル」の中の1人としては十分考えられます。
【モデル説④】複数の歌舞伎俳優をかけ合わせいる
- 作者・吉田修一が「特定のモデルはない」と言及
- 複数の歌舞伎役者に当てはまる特徴
- 当時の歌舞伎界と時代の雰囲気をリアルに描写
喜久雄の人物描写があまりにもリアルなため、鑑賞後に「モデルがいるのでは?」と感じて調べてしまう本作。しかし作者である吉田修一によれば「特定の人物」がモデルではないとのこと。黒衣として歌舞伎舞台の裏側を取材した経験から練り上げられたフィクションであることは間違いなさそう。 昭和から平成の歌舞伎界・演劇界、その時代の雰囲気が喜久雄と俊介の交錯する半生とともに描かれており、本当に彼らが“生きていた”ように感じられます。これまで挙げてきた歌舞伎役者はもちろん、同時代に生きた役者たちの精神性が喜久雄に投影されているのかもしれません。
あえて1人の人物をモデルにせず、その時代に生きた役者たちを複数で投影させることで、より物語をドラマティックにしているのかも!
花井半次郎・小野川万菊にもモデルがいた?
花井半次郎のモデルとは?

孤児になった喜久雄を引き取り、部屋子として修業をさせ、後に息子の俊介を差し置いて跡目を継がせる決断をする花井半二郎。上方歌舞伎の名門の当主であり、稀代の女形として有名であるという人物像です。 花井半二郎のモデルについては、尾上菊五郎を筆頭に市川團十郎、中村勘三郎など現代歌舞伎界の重鎮が挙がっていました。 寺島しのぶを長女に持つ尾上菊五郎は若い頃は女形を演じていましたが、後に立役として人間国宝に認定されています。市川團十郎はかつての市川海老蔵、現在は十三代目市川團十郎 白猿を襲名しており、現在の歌舞伎界を支える1人。中村勘三郎も歌舞伎界に新風を起こし続けている革命児です。
小野川万菊のモデルとは?

喜久雄の成長を陰から見続け、彼の芸道の目標となる人物・小野川万菊。舞踏家の田中泯が演じており、劇中では「鷺娘」を踊る場面もあります。その所作や佇まいから、六代目中村歌右衛門を彷彿とさせるという声が上がっているよう。 喜久雄のモデルの1人とも考えられますが、総合的には万菊のモデルといっていいほど「孤高の真女形」といった芸風と人生が合致しています。
映画『国宝』を実在するモデルを探して鑑賞してみよう
あまりにも登場人物たちがリアルに描かれているため、モデル説が浮上している歌舞伎界を舞台にした『国宝』。特定のモデルではないものの、その時代に生きた歌舞伎役者たちを思い浮かべながら鑑賞するのも興味深い作品です。息を呑むほど美しい映像を、ぜひ劇場の大きなスクリーンで!