2018年7月6日更新

【小野寺系】サッカーの精神はこの作品で学べ!『アーリーマン ダグと仲間のキックオフ!』

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アーリーマン ~ダグと仲間のキックオフ!~
© 2017 Studiocanal S.A.S. and the British Film Institute. All Rights Reserved.

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『アーリーマン』は、原始人のサッカーを描く

アーリーマン ~ダグと仲間のキックオフ!~
© 2017 Studiocanal S.A.S. and the British Film Institute. All Rights Reserved.

「2018 FIFAワールドカップ ロシア大会」が開催されているタイミングで、ちょうど日本で公開されるのが、イギリスの異色作『アーリーマン ダグと仲間のキックオフ!』だ。かわいいクレイアニメーションで描かれるのは、原始人(アーリーマン)によるサッカーの試合だ。 なぜ原始人がサッカーをするのか?それは何を表しているのか?そして、サッカーの強豪であり歴史ある国が作り上げた本作から学ぶ、サッカーへの真の愛とは何なのか。 当記事では、本作の様々な要素をとり上げながら、根底にある深いテーマ性を掘り起こしていきたい。

黄金の組み合わせ、ニック・パーク×アードマン

『アーリーマン ダグと仲間のキックオフ』
© 2017 Studiocanal S.A.S. and the British Film Institute. All Rights Reserved.

イングランドにあるアードマン・アニメーションズは、クレイ(粘土)で作り上げた人形を使って、少しずつ動かしながら撮影していく、ハンドメイドで素朴な味わいの「ストップモーション・アニメーション」で知られ、世界中で愛されているアニメスタジオだ。 その人気の原動力となり、評価を高めた『ウォレスとグルミット』や『ひつじのショーン』を生み出したのは、天才アニメーターのニック・パーク監督。本作『アーリーマン ダグと仲間のキックオフ!』は、ニック・パーク監督がアードマン・アニメーションズで作り上げた、期待の作品なのだ。

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アードマンだからこそ表現可能なサッカーアニメ

フィールド上で22人もの選手が、それぞれに別々の動きをするサッカーの試合は、「ストップモーション・アニメーション」で描くのには困難な題材だ。 こんな難しい表現を可能にしたのは、声優の声と口の動きをクレイアニメで同期させる「リップシンク」など、様々な技術でストップモーション・アニメーションを進化させ、現代の劇場作品として通用するようなクォリティーを獲得してきたアードマンならではであろう。

原始人のサッカーを描いた意味とは

『アーリーマン ダグと仲間のキックオフ』
© 2017 Studiocanal S.A.S. and the British Film Institute. All Rights Reserved.

脚で球を蹴る。これは人間の本能的な感覚に結び付いているのかもしれない。原始時代から紀元前までに、石でできた球や球を蹴る様子が描かれた壁画など、世界中でサッカーの起源といえるようなものが発掘されている。本作はユーモアを交えながら、それほど昔の人々が現代のようにサッカーをプレイしていたらという世界を描いている。 まず本作で描かれるのは「新石器人」の生活だ。石器を使い狩りなどをしながら、少人数で平等なコミュニティを形成していたという彼らの平和な土地に、金属を加工して道具を作り出す「青銅器人」が侵入してくる。 新石器時代が青銅器時代に移り変わっていったのは、ヨーロッパの史実である。

本作のストーリー

主人公である新石器人の青年“ダグ”は、獲物のウサギたちにバカにされながらも、仲間たちやブタの“ホグノブ”と楽しく暮らしていた。しかし、金属を採掘する文明的な青銅器人たちが、武力をもって彼らを過酷な環境に追い立てる。 ダグたちは土地を取り戻すため、青銅器人の好む競技「サッカー」に挑戦し、実在のサッカーチームを連想させる、強豪チーム「レアル・ブロンジオ」に勝利することで土地奪還を目指そうとする。

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サッカーはなぜ楽しいのか

洗練された青銅器人たちのチームに対抗するための特訓が始まる。彼らが戦術を良く知らずに、女性や年配者、ブタまでも参加して、原始的にボールを蹴って楽しむところからスタートする場面は感動的だ。 ワールドカップでの熱狂を見ても分かる通り、世界の多くの国でサッカーが古くから愛されているのは、一個のボールさえあれば誰にでもできるという身近さにあるだろう。ワールドクラスのスーパープレイと、路地裏や広場でボールを蹴るような無邪気な遊びは、その意味で同一線上にある。原始人のサッカーは、サッカーが本来持っている根源的な魅力をわれわれに思い出させるのだ。

サッカーの歴史は栄光だけではない

アーリーマン ~ダグと仲間のキックオフ!~
© 2017 Studiocanal S.A.S. and the British Film Institute. All Rights Reserved.

近代的な競技としての洗練された「サッカー(フットボール)」を完成させ普及したのはイギリスだ。本作には、そんなイギリス人たちの誇りや愛情がつまっている。 だがその一方で、農村などで素朴に球蹴りを楽しんでいた人々が、産業革命の時代に突入したことによって、工場での労働に駆り出され過酷な生活を余儀なくされたという歴史があったことも確かなのだ。本作は石器時代の終焉期を描くことで、自国の歴史の負の部分と、サッカー史の厚みを表現している。 3年かけて練られたという本作の脚本は、かなり深いところまで考えられている。

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もう一つのクレイアニメ

ヤン・シュヴァンクマイエル
©ESPECIAL/NOTIMEX/Newscom/Zeta Image

ヨーロッパでは競技場以外でも、パブやバール、自宅のTVでサッカーを楽しみながら酒をあおるのが、古くから定番の娯楽となっている。 チェコの鬼才アニメーション作家、ヤン・シュヴァンクマイエル監督の短編『男のゲーム』(1988年)は、そのように自宅でビールを飲みながら試合を観戦して興奮を味わうステレオタイプな男性の様子を、クレイを利用してアイロニカルに描いていた。

批判精神もまたサッカーへの愛

エディ・レッドメイン『アーリーマン ダグと仲間のキックオフ』
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本作もまた、サッカーに対する批判精神が込められている。女性が閉め出されてきた歴史、勝つためにフェアプレー精神を失うことや、スポーツとカネの問題が、実際の様々な事件を思い出させるように、ユーモラスに表現されている。 サッカーが好きだからといっても、称賛するだけでなく、批判するべきところは批判し、より良い改善を求める姿勢が重要なのだ。それこそが、「サッカーを本当に愛する」という態度だろう。 『アーリーマン ダグと仲間のキックオフ!』にあるのは、サッカーが文化の一部として古くから根づいている国の、学ぶべき大人の余裕である。

本作『アーリーマン ダグと仲間のキックオフ!』は、2018年7月6日より日本公開です。