呉美保監督に聞く生涯ベスト映画ランキング【ふつうの子ども公開記念】
『そこのみにて光輝く』『ぼくが生きてる、ふたつの世界』など、数々の名作ヒューマンドラマを手がけてきた呉美保監督。待望の最新作『ふつうの子ども』が、2025年9月5日より全国公開されました。 公開を記念し、呉監督に「映画」をテーマにした特別インタビューを実施。映画との出会いや監督としての至福の瞬間など、呉美保監督の映画観とそのバックグラウンドに迫る内容となっています。 さらに、呉監督自身が選ぶ「生涯ベスト映画」3本を挙げていただき、それぞれの作品に秘められた魅力についてもたっぷり語っていただきました。 ※インタビュー取材の模様を撮影した動画コンテンツをYouTubeのciatr/1Screenチャンネルで公開中!
映画『ふつうの子ども』作品概要・あらすじ
公開日 | 2025年9月5日 |
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上映時間 | 96分 |
監督 | 呉美保 |
脚本 | 高田亮 |
プロデューサー | 菅野和佳奈 , 佐藤幹也 |
キャスト | 嶋田鉄太 , 瑠璃 , 味元耀大 , 蒼井優 , 風間俊介 , 瀧内公美 |
主人公・唯士を演じるのは、注目作への出演が相次ぎ存在感を高める嶋田鉄太。唯士が恋心を抱く、環境問題に真剣に向き合う少女・心愛を瑠璃が、共に活動する陽斗を味元耀大が演じ、表情豊かな子役たちがみずみずしい感情をスクリーンに吹き込みます。 さらに、唯士の母親役には蒼井優、担任教師・浅井役には風間俊介、心愛の母役には瀧内公美と、確かな実力を誇る大人キャストが作品に奥行きを与える存在感を発揮。 監督は、9年ぶりの長編『ぼくが生きてる、ふたつの世界』で国内外から高評を博した呉美保。脚本は「子ども同士の人間ドラマを描きたい」という想いを長年抱き続けてきた高田亮が担当します。 『そこのみにて光輝く』『きみはいい子』に続く名タッグが描くのは、ありのままの令和のこどもたち。世代を超えて共感を呼ぶ、これまでになかった“子ども映画”が誕生しました。
『ふつうの子ども』制作インタビューはこちら
呉美保監督生涯ベスト映画ランキング

生年月日 | 1977年3月14日 |
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出身地 | 三重県 |
出身校 | 大阪芸術大学映像学科 |
フィルモグラフィー | ・『酒井家のしあわせ』 ・『オカンの嫁入り』 ・『そこのみにて光輝く』 ・『きみはいい子』 ・『ぼくが生きてる、ふたつの世界』 ・『ふつうの子ども』 |
Q:呉美保監督に、生涯ベスト映画を3本選出いただきました。まずは第3位からご紹介をお願いします。
第3位『シャイニング』(1980年):メイキング含め映画の教科書のような作品に

第3位は『シャイニング』です。 もう誰もが知る心理サスペンスというか、人が追い詰められていく怖い映画ではあるんですが。学生の頃にこの映画を観て、「うわ、すごい怖い!」と。心理的に追い詰められていく感じは、それまでに観てきたいわゆるホラー映画とは違いました。 なぜさらに『シャイニング』を好きになったかというと――キューブリック監督の娘・ビビアン・キューブリックさんがメイキングを撮っているんですね。そのメイキングを観たというのもひとつ、より(作品を)味わえた理由なんですけれども。 このメイキングが本当に面白いんですよね。ジャック・ニコルソンが“扉から顔を出す”あの有名なカット、あれをどういう風にしたら一番怖く見えるか?とか。あと、子役の子とジャック・ニコルソンがめちゃくちゃ戯れて楽しそうにしているとか。 みんな健全に笑顔で、怖いものを撮っているという。それを観た時に「ああ、映画作りってこういうことなんだ」と、ものすごく別の角度で映画を味わえる。そういう意味でも『シャイニング』は、自分にとって教科書のような存在です。
第2位「ビフォア」シリーズ(1995年・2005年・2014年):いつかこういう映画を撮れたら幸せ、と感じさせてくれる3部作

第2位は「ビフォア」シリーズです。 ちょっとずるいんですけれども、『ビフォア・サンライズ 恋人までの距離』(1995年)、『ビフォア・サンセット』(2005年)、『ビフォア・ミッドナイト』(2014年)というリチャード・リンクレイター監督の3本の恋愛映画です。

珠玉のあの3本が大好きで。ずっとこの(主人公)ふたりの話を聞いていられるし、3本とも終わり方が本当に格好よくて。あと時代を経て撮っていっている。
ふたり(イーサン・ホーク、ジュリー・デルピー)がよい年のとり方をしているし、それぞれの「家族」というかたちも描いていて。「いつかこういう映画を撮れたらすごく幸せだろうなっていう希望、願い」も含めて、私の大好きな映画です。
第1位『お葬式』(1984年):伊丹十三初監督作にして驚異的な境地
第1位は伊丹十三監督の『お葬式』です。 当時子供の頃に、父親とかとテレビで放送しているのを観たと思うのですが。その後も何度か節目節目で『お葬式』を観ていて褪せないというか。「ザ日本映画」という感じの作品で。 伊丹監督の最初の監督作品であるのに、初監督作品とは思えない「一つ一つのワンカットへの圧」そして、「人間というキャラクターへの深さ」。出てくる人、みんな一人ひとりが脇役みたいな感覚で観られる人がいない。 誰一人として“作り物”に見えない。みんなそれぞれが人生を生きていると感じられる。 子供の頃の感覚としては、少しエロティックなシーンがだいぶあったりして「うわぁ」と思って、ドキドキしながら観たりもしたんですけれども。 でも今観たらまた別の角度で味わえる。そこに対するメタファーのような木の丸太が揺れるシーンがあったりするのですが。 「お葬式」ということ自体が“人間の終わりの瞬間”だから、私ももう少し歳を重ねてその境地に行けたらいいなって思いますね。あれが伊丹監督の最初の作品だったということが恐ろしくもあり、本当に大好きな映画です。
【映画の原体験】映画で初めて心を動かされた14歳の夏休み
Q:続いて映画をテーマにいくつか質問をさせていただきたいと思います。よろしくお願いいたします。まず映画の原体験についてお聞かせください。 呉監督 今思えば、(映画の)原体験だったのは中学2年生、14歳の頃。それまで小学校の頃ももちろん色々な映画は観ていたのですが、ちょうど夏休みで終戦記念日だったんですよね。 テレビで戦争映画みたいなものが放送されていて、母親がその映画を見始めて。ちょうどゴールデンタイムで、私は本当はバラエティとか見たい番組があったのですが、家にテレビが1台しかないから仕方なく一緒に見始めたんです。 その映画は少年が戦争で疎開をして、疎開先でイジメや子供たちとの色々な人間関係があって、そして都会に戻っていく(物語で)。 ラストで戦争が終わった後に少年が東京に戻る汽車の中で、少し仲違いをした友達が田んぼのところを一生懸命走って追いかけてきて、汽車の中から手を振る。その瞬間に井上陽水さんの「少年時代」が流れてくるんです。 『少年時代』(1990年)という映画で、嫌々見始めたんですが、いつの間にか感情移入していて、涙が流れて。ふと隣を見ると母親も泣いている。 それまでは自分のことでしか涙を流したことがなかったのに、誰かの気持ちになって泣いている――そんなことは初めてだったので、今思えば私の「映画で心を動かされた原体験」だったような気がします。
【映画監督を志したきっかけ】大林宣彦監督に従事し映画作りを学ぶ

Q:映画監督を志したきっかけをお聞かせください。 呉監督 大阪芸大を卒業した後、プロの現場として大林宣彦監督の下で映画作りを学びました。大林監督は脚本を自分で書いて、撮影はもちろん、編集も自分でやる。私は記録係のスクリプターとして(撮影に)参加させていただきました。その全ての映画のプロセスを間近で見させていただいたのが20代で。 女性監督もそんなに多くなかったですし、どちらかといえば男社会だなと思っていたので、自分が映画監督になれるなんて思っていなかったのですが。 頭の片隅にはさっき言った原体験がずっとあって、「人の心を動かすものを作れたら」という気持ちでいたので、大林監督の下で映画作りを学びながら、自分にも脚本が書けるんじゃないかと思い書き始めたんです。 さらにサンダンス・NHK国際映像作家賞という脚本のコンペがあり、脚本が選ばれたら実際に映画化もできて、監督もできる唯一のコンペだったんです。 それまでは確固たる思いで映画監督を目指してずっと自主映画を作っていたわけではなくて、「こんな私にもチャンスがあるかもしれない」と思い、初めて長編脚本を書いて応募をしました。 今思えば、そこが大きな「自分が映画監督になりたい、なれるかもしれない」とチャレンジした場所、きっかけだったのかもしれません。
【映画監督としての喜び】映画の感想を聞いてやっと報われる、その瞬間が幸せ

Q:映画監督になられてから、一番喜びを感じられるのはどんな瞬間ですか。 呉監督 それはやはり、映画を観てくれた人に感想を言ってもらえた瞬間ですね。毎回ものすごく報われたような気持ちになります。 映画はひとりでは作れないので、たくさんのスタッフやキャストと一緒に作る共同作業だと思っています。「やっと人に届いた、人の心に届いた」と感じられるのは、感想を言っていただいた時なので、公開を迎えた後に、それが一番嬉しいです。 それから日本だけじゃなくて海外の映画祭に行ったときに「海外の人たちにも共感してもらえる」というのが私の中ではより贅沢で、さらなる喜びですね。
【注目している監督】人への愛と哲学がたくさん詰まっている

Q:呉監督が今注目している監督をお聞かせください 呉監督 注目というよりずっと好きな監督なのですが……イ・チャンドン監督ですね。イ・チャンドン監督は、人への愛と哲学がいつも映画にたくさん詰まっています。 観ていると心がぎゅっとなったり、救われたりする。いろんな人のいろんな人生を、角度を変えて観させてくれるんです。 Q:イ・チャンドン監督の作品でお好きな作品をお聞かせください。

全部好きなんですが特に『オアシス』を当時観たときに強烈に心を掴まれて。この作品があったから『そこのみにて光輝く』がああいう作品になったのだと思います。

菅田将暉さんに、『オアシス』のソル・ギョング演じる青年の話をしたこともありました。あの“ヒリヒリ感”が大好きなんです。
呉美保監督の最新作『ふつうの子ども』が絶賛公開中!

第3位に選ばれた映画『シャイニング』は、一見意外な選出ですが、その選出理由や背景を知れば納得の一本です。そのほかの作品も、呉美保監督作に通じるような、丁寧に紡がれた映画が選ばれていました。 そして今、呉美保監督の最新作『ふつうの子ども』が2025年9月5日より絶賛公開中!他の映画では決して味わえない、令和に生まれた“子ども映画”の傑作を、ぜひ劇場で体感してください。 ▼取材・文:増田慎吾