2025年11月21日更新

『ブルーボーイ事件』飯塚花笑監督が選ぶ生涯ベスト映画!立ち上がれなくなるほど衝撃を受けたジブリ作品とは?

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2025年11月14日より絶賛公開中の映画『ブルーボーイ事件』。声を上げることすら許されなかった時代に生きた人々への深い敬意と、人間の尊厳を問い直す強い視線が刻まれた渾身の一作です。 本作の公開を記念し、飯塚花笑監督に“映画”をテーマとしたインタビューを敢行。幼少期に心を震わせた原体験から、鑑賞者として映画とどう向き合ってきたのか、そして作り手として作品に向き合う姿勢まで──監督の映画観を立体的に紐解く貴重な内容となりました。 さらに、監督が人生の節目に寄り添い続けてきた“生涯ベスト映画”を3本選出いただき、その魅力と自身への影響を語っていただいています。 ※インタビューの様子を収めた動画コンテンツは、YouTubeのciatr/1Screenチャンネルにて公開中!

映画『ブルーボーイ事件』作品概要・あらすじ

1965年、オリンピック景気に沸く東京で街の浄化を目指す警察は、セックスワーカーの取締を強化していました。しかし彼らを悩ませていたのは、戸籍は男性のまま女性として売春をする「ブルーボーイ」たち。彼女たちは当時の法律では取締の対象にはならなかったのです。 そこで警察は、性別適合手術によって生殖を不能にする手術は当時の「優生保護法」に違反するとして、手術を行った医師の赤城(山中崇)を逮捕し、裁判にかけます。 赤城の弁護士・狩野(錦戸亮)は、彼の手術を受けたサチ(中川未悠)に証言を依頼しますが、恋人にプロポーズされたばかりの彼女は、女性として静かに暮らしたいと願っていました。

『ブルーボーイ事件』作品インタビューはこちら

飯塚花笑監督プロフィール

1990年生まれ、群馬県出身。トランスジェンダーである自身の経験をもとに制作した『僕らの未来』(2011)が第33回ぴあフィルムフェスティバル審査員特別賞を受賞し、国内外で高い評価を得る。『トイレ、どっちに入る?』(2019)でフィルメックス新人監督賞準グランプリを獲得。 『フタリノセカイ』(2022)で長編デビューを果たし、『世界は僕らに気づかない』(2023)は第17回大阪アジアン映画祭で来るべき才能賞を受賞。社会と個人の境界を描く独自の視点で注目される新鋭監督。

飯塚花笑監督が選ぶ生涯ベスト映画

『ブルーボーイ事件』飯塚花笑監督 生涯ベスト映画
©ciatr

生涯ベスト映画①『もののけ姫』(1997年)

『もののけ姫』

1本目はやはり自分が映画を始めるきっかけになった、宮崎駿監督の『もののけ姫』ですね。 本当に言葉では語りきれない、隙間にある人間の奥底の感情というか、今まで誰も言語化してこなかった領域に触れている作品として、私は本当に秀逸だと思っているんです。 さらに、いわゆる分かりやすい善と悪があってどちらかが勝つ、という物語ではないところも大きくて。私自身、これも人生のテーマとして、そういった世界──どちらか一方に振れない「中庸の道はないのか?」という世界を見たいという願望があるんですが、『もののけ姫』はそこに一つの答えを提示しているように感じます。 なので、「やっぱり外せないな」と思える一本です。

『もののけ姫』作品概要

『もののけ姫』

1997年公開、宮崎駿監督が人間と自然の共生を深く描いたスタジオジブリの代表作。呪いを受けた青年アシタカが、森を守る少女サンと出会い、人間と神々の対立に巻き込まれる。 文明の発展と自然保護の葛藤を通じて、共生の意味を問う重厚な物語が展開される。久石譲の音楽と壮麗な映像美が融合し、日本映画史に残る名作となった。興行収入は約193億円、累計で約201億8,000万円に達した。

生涯ベスト映画②『リトル・ダンサー』(2000年)

リトル・ダンサー
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2本目は『リトルダンサー』ですね。思春期の頃に、バレエダンサーを目指す少年の物語なんですが、私自身も性的少数者でありながら、「男の子がバレエをするなんて」というような、いわゆる“男とはこう、女とはこう”という刷り込みの中で育ってきたところがあって。 その中で、自分の好きなものを好きと突き詰めていく姿、そしてそれを受け入れていくお父さんやお兄ちゃんの姿に、いち当事者として学生時代に心がすっと昇華された記憶があります。 これは監督としてというより、自分の人生の中で大きな影響を受けた作品という意味でセレクトしました。

『リトル・ダンサー』作品概要

2000年公開、スティーヴン・ダルドリー監督がイギリス北部の炭鉱町を舞台に、夢を追う少年の成長と家族の絆を描いた感動作。1984〜85年の炭鉱ストライキの時代、少年ビリーは偶然出会ったバレエに心を奪われ、偏見や反対を乗り越えて自分の道を切り開こうとする。 社会の厳しさと個人の自由を対比させた物語は、階級社会に生きる人々の葛藤と希望を鮮やかに描き出す。主演のジェイミー・ベルは本作で英国アカデミー賞主演男優賞を史上最年少で受賞した。

生涯ベスト映画③『かぐや姫の物語』(2013年)

ジブリ かぐや姫の物語

3本目は……「またジブリ作品かよ」と言われちゃうかもしれないんですけど、『かぐや姫の物語』です。 初めて観た時、椅子から立ち上がれなくなったんです。立ち上がれなくなってしまうほど、あの映画は人生賛歌そのものだと思っていて。 これも自分の原体験に紐づくところがありますが、生きていると辛いことがたくさんある一方で、嬉しいことや楽しいこともたくさんある。どこかで「この人生を止めてしまいたい」と思う瞬間って、誰しも一度は感じたことがあるんじゃないかと思うんですけど、それでもなお人生を肯定する、その力強さ。 そのエネルギーに、本当にほだされてしまったんです。監督の人間性というか、人生を見つめる視点というか、その奥行きがあってこその映画だなと思っていて、「僕は死ぬ前にああいう映画を作りたいな」と、これは作り手として思う意見なんですが、心からそう思います。 生きていることを全肯定しつつ、辛さも重々分かったうえで、それでも“生きることの楽しさを歌い上げる”。そんな映画を自分も作れたら「気持ちよく死ねるな」と思える一本ですね。

『かぐや姫の物語』作品概要

『かぐや姫の物語』

高畑勲監督が日本最古の物語『竹取物語』を原作に、人の生と自然の美を詩的に描いた、2013年のスタジオジブリ作品である。手描きの水彩画のような映像が命の輝きを繊細に表現し、久石譲の音楽が物語に深みを与える。 高畑監督の哲学が随所に息づき、美と自由、そして生きる意味を静かに問いかける。第87回アカデミー賞にノミネートされ、日本での興行収入は約24.7億円を記録した。

【映画の原体験】言葉の隙間に潜む感情を伝えるという衝撃

『もののけ姫』

Q. 飯塚監督の映画の原体験をお聞かせください 飯塚監督 今でも明確に覚えているんですけど、小学校2年生の頃、当時の自分は「あまりコミュニケーションが得意な子じゃなかったんだな」と今振り返ると思います。その頃、宮﨑駿監督の『もののけ姫』を観たんですね。

『もののけ姫』

作品を観た時に、話をしなくても、表現を通してこんなにも言葉では語り尽くせないもの、つまり“言葉と言葉の隙間にあって、決して言葉には置き換えられないもの”まで、人に伝えることができるんだと。そういった強い衝撃を受けました。 そこから明確に、当時は「アニメーションの映画監督になりたい」と思っていたんですけど、もっと漠然と“映画監督になるぞ”と、その時にはもう思い込んでしまって。そこから映画にのめり込んでいきました。

【映画鑑賞者として】「自分なら何が撮れるのか?」を考える

ブルーボーイ事件、飯塚花笑監督 生涯ベスト映画
©ciatr

Q. 鑑賞者として映画を観る頻度と、作品を選ぶ基準についてお聞かせください。 飯塚監督 あまり面白い話ではないかもしれないんですけど、今は仕事の関係で、いろいろ勉強するために映画を観る機会が多いです。だいたい週に1本くらいのペースで観ていて、映画人としてはちょっと恥ずかしい本数だなとは思うんですけど、そのくらいの頻度ですね。 一番のめり込んで観ていた学生時代は、映画館をはしごして1日に5本観たり、本当に「ちゃんと観切れてるのか?」というくらい没頭していた時期もありました。 Q.どんな作品を好んでご覧になられていましたか? ジャンルは問わず観ます。特に仕事を始めてからは、例えばホラー映画のお仕事の話をいただければホラーも観ますし、ラブコメのお話があればラブコメも観る、という感じで。 今は自分自身がヒューマンドラマ寄りではあるんですけど、いろんなジャンルのお話をいただくので、そのたびに「自分だったら何が撮れる?」と考えながら、なるべくジャンルに偏りなく観るようにしています。

【監督としての映画の鑑賞視点】

Q,映画監督になられてから映画を鑑賞する視点は変わりましたか? やはり「作り手はどう撮っているんだろう?」「どう演じているんだろう?」「どう演出しているんだろう?」という、お仕事的な視点にはどうしてもなってきています。 でも一方で、鑑賞者として裏方のことを意識せずに、「のめり込んで観られる作品と出会いたい」という願望もすごくあって。だから、意外と良い作品に出会うと、本当に一視聴者として「純粋に観ているな」と思うことが多々ありますね。

【アニメ映画制作について】動物と人間の世界の境界が曖昧になった世界をアニメーションで表現してみたい

『もののけ姫』

Q.今後アニメ映画を制作する可能性はあるのでしょうか? 飯塚監督 最初は「アニメーターになりたい」と思った瞬間がたくさんあったんです。でも絵があまり上達しなくて、「じゃあ実写で撮ればいい」と、すごく短絡的な理由で実写の世界に入ってきたところがあって。 ただ、どこかで実写では捉えきれない部分を、「絵の世界、アニメーションの世界で表現したいな」という思いは、今でもずっとありますね。

Q,具体的なアニメ映画の構想があればお聞かせください 飯塚監督 本当に最近よく思うことなんですけど、「最近、よくクマが出るな」とか感じるんです。「動物の世界と、人間の世界の境界線がどんどんおかしくなってきているな」と。 そういう世界を、実写ではなく“絵”で表現したい──本当に、ここ最近強く思っていることですね。

【映画監督としての幸せ】観客ひとりの人生に寄り添えた瞬間

Q,映画監督として一番幸せを感じる瞬間をお聞かせください 飯塚監督 やはり、お客様から感想をいただいた時ですね。前作の話になりますが、『世界は僕らに気づかない/Angry Son』という、日本で暮らすフィリピン人の家族を描いた作品を撮ったんです。 その作品をフィリピンで上映させていただく機会があって、そこでフィリピンの学生さんから熱心に直接感想をいただきました。「初めて、自分のことを描いている作品に出会った」「初めて自分の気持ちが代弁されて、救われた気持ちになった」と言ってくださって。 その言葉を聞いた時、たったひとりでも心を救うことができるんだと実感して、「ああ、作ってよかったな」と思える瞬間でしたね。 ▼取材・文:増田慎吾