2026年4月17日更新

【石井裕也監督インタビュー】『人はなぜラブレターを書くのか』―綾瀬はるか唯一無二の不思議な魅力がナズナを成立させた

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映画「人はなぜラブレターを書くのか」
©2026 映画「人はなぜラブレターを書くのか」製作委員会

『舟を編む』『愛にイナズマ』などで知られる石井裕也監督の最新作、映画『人はなぜラブレターを書くのか』が、2026年4月17日(金)に公開されました。 20年越しに届いた一通のラブレターの実話をベースに、石井監督が生み出した本作。人の生死を超えて繋がっていく想いと、その先にある時間の重なりが、繊細な映像と細やかな演出によってスクリーンに鮮やかに息づいています。 綾瀬はるかさん演じる主人公・ナズナをはじめ、登場人物たちそれぞれの魅力はもちろん、言葉では語り尽くせない情景や空気感までもが丁寧に映し出され、観る者の心に深く届く1本となっています。 公開を記念して、石井裕也監督にインタビューを実施。企画の出発点、脚本構築の背景、綾瀬はるかさん・當真あみさん・妻夫木聡さんらのキャスティング、そして“想いが繋がってしまう”という本作の核となるテーマ性について伺いました。作品の核心に触れながら、監督がこの映画に込めた眼差しを紐解きます。

『人はなぜラブレターを書くのか』作品概要・あらすじ

タイトル人はなぜラブレターを書くのか
公開日2026年4月17日(金)全国公開
監督・脚本・編集石井裕也
出演 寺田ナズナ 役/綾瀬はるか , 17歳のナズナ 役/當真あみ , 富久信介 役/細田佳央太 ,川嶋勝重 役/菅田将暉 , 寺田良一 役/妻夫木聡 ,富久隆治 役/佐藤浩市
音楽岩代太郎
主題歌Official髭男dism「エルダーフラワー」(IRORI Records / PONY CANYON)
撮影鎌苅洋一
配給東宝
公式サイト公式サイトはこちら

あなたが生きた"存在"は、消えない。 寺田ナズナ(綾瀬はるか)は、とある青年に手紙を書きはじめる。 ——24年前、17歳のナズナ(當真あみ)は、いつも同じ電車で見かける高校生・富久信介(細田佳央太)にひそかな想いを抱いていた。 一方、信介は学校帰りにボクシングに夢中な生活を送り、プロボクサーを目指していた。そんな彼らに、運命の日、2000年3月8日が訪れる。 ——2024年、ナズナからの手紙を受け取った信介の父・隆治(佐藤浩市)。 その手紙の中に亡くなった息子の生きた証を確かに感じ、知りえなかった信介の在りし日が明らかになっていく。そして、隆治はナズナに宛てた手紙を綴りはじめる。愛する者を亡くして生き続けた隆治とナズナとの邂逅により、24年前の真実とナズナが手紙を書いた理由が明らかになる。 人はなぜラブレターを書くのか——その手紙が"奇跡"を起こす。

石井裕也監督プロフィール

石井裕也監督
©ciatr
生年月日 1983年6月21日
出身地 埼玉県浦和市
出身校 大阪芸術大学芸術学部映像学科卒業 日本大学大学院芸術学研究科映像芸術専攻修士課程修了
フィルモグラフィー 『剥き出しにっぽん』(2005年) 『反逆次郎の恋』(2006年) 『ガール・スパークス』(2007年) 『ばけもの模様』(2007年) 『君と歩こう』(2009年) 『川の底からこんにちは』(2009年) 『あぜ道のダンディ』(2011年) 『ハラがコレなんで』(2011年) 『舟を編む』(2013年4月13日公開) 『ぼくたちの家族』(2014年) 『バンクーバーの朝日』(2014年) 『夜空はいつでも最高密度の青色だ』(2017年) 『町田くんの世界』(2019年) 『生きちゃった』(2020年10月3日) 『茜色に焼かれる』(2021年) 『アジアの天使』(2021年) 『月』(2023年) 『愛にイナズマ』(2023年) 『本心』(2024年) 『人はなぜラブレターを書くのか』(2026年)

1983年6月21日生まれ、埼玉県出身。大阪芸術大学を卒業後、日本大学大学院芸術学研究科映像芸術専攻修士課程を修了。 2013年公開の『舟を編む』では、第37回日本アカデミー賞で最優秀作品賞、最優秀監督賞を含む6冠を受賞し、高い評価を確立しています。続く『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』は、第91回キネマ旬報ベスト・テン第1位に選ばれ、ベルリン国際映画祭にも出品されました。 近年も『アジアの天使』『月』『愛にイナズマ』『本心』など話題作を次々と発表。日常に潜む孤独や痛み、そして希望を丁寧にすくい上げるその作風は、多くの観客や批評家を魅了し続けています。

【企画の成り立ち】20年の時を経て、なぜ彼女はメッセージを送ったのか。その理由を知りたかった

Q. 企画の成り立ちについて、なぜこのテーマで映画を作ろうと思われたのかお聞かせいただけますか 石井監督 きっかけは、ある新聞記事でした。20年越しに、ひとりの女性がラブレターを送ったという記事です。その記事を読んだとき、これは自分にとって決して人ごとではない、と強く感じました。 そう感じた理由のひとつは、記事に出てくる富久信介さんが、僕とほとんど同い年だったことです。ひとつしか歳が違わない。つまり、同じ時代を生きてきた人だった。ボクシングにのめり込み、その中で“本当の自分”を探していたという姿に、自分と重なるものを感じました。 さらに、20年後にそのラブレターが届いたことで、ご両親がそれまで知らなかった息子の姿に初めて触れることになる。

映画「人はなぜラブレターを書くのか」
©2026 映画「人はなぜラブレターを書くのか」製作委員会

僕自身もこの年齢になって、親の気持ちのようなものが少しずつ分かるようになってきたので、ご両親の想いにも強く心を動かされましたし、信介さんの想いを背負って戦う川嶋勝重選手の気持ちにも、深く共感した。 心をつかまれる要素はいくつもありました。ただ、どうしても答えの見えない疑問がひとつだけ残っていました。 それは「彼女は、なぜ20年という時間を経てメッセージを送ったのか」。その“分からなさ”こそが強く自分の興味をかき立てたのだと思います。

【脚本作り】“語られていない部分”を、映画としてどう立ち上げるか

映画「人はなぜラブレターを書くのか」
©2026 映画「人はなぜラブレターを書くのか」製作委員会

Q. 映画化を決断されてからの脚本作りについても伺いたいです。このテーマを決めてから、どのように物語を、フィクションも含めて構築していったのでしょうか 石井監督 最も知りたかったのは、手紙を送った女性が、どのような動機でメッセージを送ったのかということでした。そこを知りたくて、間接的に彼女とコンタクトを取ることができました。 ただ、当然ながらプライバシーに関わることでもありますし、ご本人にとっても簡単に語れる内容ではありませんでした。話したくない、触れたくないという気持ちもあったと思います。 けれど、そのことによって、むしろ興味はさらに強くなりました。言葉にされていない領域、まだ誰にも語られていない感情が、そこには確かにある気がしたのです。 その見えない部分を、創作として描いてよいのかどうか。そこはきちんと確認を取り、「創作として描かせてほしい」というお願いに対して許諾をいただいたうえで、脚本を書き始めました。 つまり、この映画におけるフィクションの出発点は、手紙を送った女性の“語られていない部分”にあります。一方で、その女性以外の要素については、基本的に実話をベースにしながら物語を構築していきました。

映画「人はなぜラブレターを書くのか」
©2026 映画「人はなぜラブレターを書くのか」製作委員会

Q. 第1稿の段階から物語の原型はほとんど変わっていないと伺いました。その中で、最初から最後まで大切にされていた“核”のようなものがあればお聞かせください 石井監督 やはり、想いが繋がっていくことだと思います。 言葉にするととてもシンプルなのですが、その感覚を映像として立ち上げるのは本当に難しい。だからこそ、その目に見えないつながりを、映画というメディアの中でどう形にできるのかを、ずっと考えていました。 今を生きている人にとって、何か心のよりどころになるような感覚――会えない人に、もしかしたら会えるかもしれないとか、自分は見えないところでいろんな人と繋がっているのかもしれないとか、そういう気分をどうしても映画にしたかった。 そうした想いこそが、この作品で一貫して大切にしていた核だったように思います。

【キャスティング背景①】ナズナという人物に説得力を与えた、綾瀬はるかの不思議な魅力

映画「人はなぜラブレターを書くのか」
©2026 映画「人はなぜラブレターを書くのか」製作委員会

Q. 続いて、キャスティングの背景とキャラクター造形について伺いたいです。まず、現代のナズナ役には綾瀬はるかさんを起用されていますが、初めてご一緒された背景と、実際にご一緒しての印象をお聞かせください 石井監督 脚本を書いている途中で、綾瀬さんにお願いできるかもしれない、という話が出てきたんです。そこからは、綾瀬さんという存在を意識しながら、ナズナという人物を少しずつ形作っていきました。 綾瀬さんにお願いしたいと思った理由は、やはりあの方が持っている独特のオーラや雰囲気。単純に「演技がうまい」という言葉だけでは言い表せない、もっと捉えどころのない魅力がある。 技巧的に見せるタイプとも違うし、芝居に激しくぶつかっていくタイプとも少し違う。うまく言葉にするのは難しいのですが、簡単には説明できない不思議な魅力を持っている方だと思います。 そういう魅力を持った綾瀬さんのような人が、ある瞬間にふと思い出し、20数年ぶりに手紙を書いたのだろう――そんな感情の動きに説得力を持たせたかった。 実際にご一緒してみて、やはりとても稀有な俳優だと感じました。綾瀬さんの持つ不思議な魅力そのものが、ナズナという人物を成立させてくれたと思っています。

映画「人はなぜラブレターを書くのか」
©2026 映画「人はなぜラブレターを書くのか」製作委員会

Q. 例えば「おかしなこってすよ…」といったセリフや、食堂での“大学で一番モテる”というやり取りなど、他の方が演じると違和感が出そうなディテールも、自然に成立している印象でした。こうした部分も綾瀬さんをイメージして構築されたのでしょうか? 石井監督 おっしゃる通りです。ああいうセリフややり取りは、他の方が演じると、どうしても少し“狙った感じ”が出てしまう。作為的に見えてしまうというか、人物の魅力として自然に立ち上がりにくい。 でも綾瀬さんの場合、不思議なくらい自然に成立する。やはり、綾瀬さんが持っている“捉えどころのなさ”としか言えない独特の魅力を今回は余すことなく使わせて頂きました

【キャスティング背景②】當真あみ特有のきらめきと、綾瀬はるかに通じる資質

映画「人はなぜラブレターを書くのか」
©2026 映画「人はなぜラブレターを書くのか」製作委員会

Q. 高校時代のナズナについても伺いたいです。當真あみさんのキャスティングの背景と、大人のナズナである綾瀬はるかさんに繋がる部分で、意識的に演出されたことがあればお聞かせください 石井監督 まず大前提として、成長した先に綾瀬さんへと自然につながっていく納得感は意識していました。ただ、それ以上に大事だったのは、外見そのものよりも、その人物が持っている“捉えどころのなさ”だったと思います。 本質的には綾瀬さんとはまた違う部分もあるのかもしれませんが、當真さんにも、先ほどお話したような、簡単には言葉にできない不思議な魅力を感じていました。 加えて、當真さんにはその年齢だからこそ宿る輝きがある。そうした要素も含めて、出演をお願いしました。 大人のナズナとの共通項という意味で、いちばん意識したのは、不意に立ち上がる“素”のようなものです。ふとした瞬間にのぞく、説明しきれない気配や、捉えきれない感じ。その感覚が両者に通じていたほうがいいと思ったので、そこは話し合いながら一緒に作っていきました。

【キャスティング背景③】不自由さと誠実さをあわせ持つ夫・良一、妻夫木聡だからこそ生まれた深み

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©2026 映画「人はなぜラブレターを書くのか」製作委員会

Q. 続いて、夫・良一役の妻夫木聡さんについて伺いたいです。キャスティングの背景と、どのような人物像を想定して良一というキャラクターを造形されたのかお聞かせください 石井監督 良一は、ナズナのそばにいる“しっかり者”を気取った男性として考えていました。その一方で、さまざまなものに縛られながら生きている人物でもあります。家はおそらく先祖代々受け継いできたものでしょうし、役所で働いている立場も含めて、「こうあるべきだ」という価値観や社会的な役割の中で生きている。

映画「人はなぜラブレターを書くのか」
©2026 映画「人はなぜラブレターを書くのか」製作委員会

ただ、そういう人間だからこそ、ナズナを支えることができる。良一には、そうした不自由さと誠実さの両方を持たせたいと思っていました。 そういうイメージがあったからこそ、妻夫木さんにお願いしましたし、良一のような人物を妻夫木さんが演じることで、ナズナの魅力、ひいては綾瀬はるかさんの魅力も、より引き出してもらえるんじゃないかと思っていました。

【映画のテーマ性と演出】“繋がっていく”ではなく“繋がっていってしまう”というニュアンスを大切にしていた

映画「人はなぜラブレターを書くのか」
©2026 映画「人はなぜラブレターを書くのか」製作委員会

Q. ラブレターが届くまでの過程が、ナズナの意志だけではなく“偶然性”を伴って描かれていた点が印象的でした。この部分は映画に通底するテーマ性を意識されたのでしょうか 石井監督 初めて聞かれた質問なので、少し考えますね。 そもそも実際のエピソードでは、最初に女性が出した手紙は届かなかったそうなんです。数年前に送ったものが宛先不明で返ってきてしまった。その事実は、ずっとどこかに残っていました。 ふと思い出して書いた手紙が、自分の意識を少し越えたところで生まれて、そのまま一直線に届くのではなく、途中に偶然が入り込みながら、ひょんな形で、なんとなく伝わっていく。そんな流れにしたいと、ずっと考えていました。

映画「人はなぜラブレターを書くのか」
©2026 映画「人はなぜラブレターを書くのか」製作委員会

だからナズナも、手紙を書いたあとに出すかどうか迷っている。その逡巡の中で、娘の舞を介して、本人の意図とは関係なく偶然投函されてしまう。あの“意志だけでは運ばれない感じ”に、面白さを感じていました。 人の想いが繋がっていくことに、いかにも意味ありげな必然性はいらない。むしろ「人の想いは、気づいたときにはもう繋がってしまっているものなのではないか」感覚としては、そちらに近いですね。 “繋がっていく”というより“繋がってしまう”。その微妙なニュアンスを描きたかった。 例えばダイレクトメッセージのようなインスタントなやり取りであれば、メッセージとしては分かりやすくても、異なる世界同士が本当に溶け合う感覚にはならない。もっと地続きで、自然に混ざり合っていくような状態――違和感なく世界が交わっていくようなムードを目指していました。

【天使のモチーフ】人の想いが繋がっていく。その裏には、天使のような存在がいるのではないか

映画「人はなぜラブレターを書くのか」
©2026 映画「人はなぜラブレターを書くのか」製作委員会

Q. 菅田将暉さん演じる川嶋選手の「世界チャンピオンになる確率は天使のションベンに当たるようなもの」というセリフも印象的でした。※『おかしの家』や『アジアの天使』に登場する芹澤興人さん演じる“天使”のイメージとも重なるように感じたのですが、これは実際に川嶋選手の言葉だったのでしょうか?

アジアの天使
(C)2021 The Asian Angel Film Partners

石井監督 いえ、あのセリフは僕の創作です。芹澤興人さんが演じていた“天使”のイメージを直接重ねていたわけではありませんが、どこかで通じるものはあるのかもしれません。 この作品では、良い偶然が積み重なっていくような世界を表現したかった。その偶然の連なりを裏で糸を引いているような存在がいるとしたら、それは天使なのか、あるいは神のようなものなのか。そんな感覚が、自分の中のどこかあったのだと思います。

※注釈

過去の石井裕也監督作品であるドラマ『おかしの家』(2015年)や映画『アジアの天使』(2021年)には、芹澤興人さん演じる“天使”が印象的に登場。その天使に噛まれると、天使の歌声を手に入れられるという設定もまた、強い印象を残した。

【ロケーション】異なる世界が少しずつ交わり、溶け合っていく世界を目指して

映画「人はなぜラブレターを書くのか」
©2026 映画「人はなぜラブレターを書くのか」製作委員会

Q. ロケーションや美術、光の捉え方など、情景描写がとても印象的でした。駅舎や線路、トンネルといった場所も、テーマや事故の記憶と強く結びついているように感じましたが、そういった点で意識されたことはありますか 石井監督 異なる時代や、別々の場所で生きている人たちの想いが重なり合い、ひとつの世界として繋がっていく。そのモチーフになるような場所をずっと探していました。 最初に浮かんだのが、千葉県香取市佐原の水郷の風景です。川がいくつも枝分かれしながら、様々な場所へと繋がっていく。その風景のあり方が、この作品のテーマとすごく響き合うように思えました。 さらに、トンネルや線路といった場所も重要なモチーフでしたし、音でいえば、異なる電波が入り込んで生まれるラジオの混信のようなノイズ。そうしたイメージを手がかりにしながら、異なる世界が少しずつ交わり、溶け合っていくために必要な要素を探し、集めていきました。 取材・文・撮影:増田慎吾