2026年7月2日更新

映画『ひとりたび』制作秘話―なぜMD&ゴイステだったのか?【岡本玲×石橋夕帆監督×脚本 上村奈帆】

このページにはプロモーションが含まれています

仕事や恋愛、人生に行き詰まりを感じる30代女性が、学生時代の「初恋」の記憶をたどりながら自分自身を見つめ直す映画『ひとりたび』が、2026年6月27日(土)より公開に。主演は岡本玲さん。監督は『左様なら』『朝がくるとむなしくなる』の石橋夕帆さん、脚本は『ザッケン!』の上村奈帆さんが手がけました。 ciatr編集部では、石橋監督・岡本さん・上村さんの3名にインタビューを実施。2021年から5年をかけて実現した企画の成り立ちから、“とぼとぼ”という歩き方で立ち上げた美咲というキャラクター、思わず笑ってしまう「武士」のセリフ、MDやGOING STEADYに込めた“あの時間にしか存在しないもの”への想いまで、たっぷりと伺いました。 ※インタビュー取材の模様を撮影した動画コンテンツをYouTubeのciatr/1Screenチャンネルで公開中!

映画『ひとりたび』作品概要

公開2026年6月27日(土)
監督石橋夕帆
脚本上村奈帆
出演岡本玲 , 長村航希 ほか
出品2024年 釜山国際映画祭 ジソク部門 正式出品
公式サイト公式サイトはこちら

仕事や恋愛、人生に行き詰まりを感じる30代の女性が、学生時代の「初恋」の記憶をたどりながら、自分自身を見つめ直していくヒューマンドラマ。主人公と同年齢の役柄を、岡本玲が等身大のまなざしで繊細に体現します。

映画『ひとりたび』あらすじ

東京で働く 32 歳の美咲(岡本玲)は、10 年間勤めていた会社に居づらくなり退職。将来が見えないまま実家に帰ることにする。地元で開催された同窓会で、初恋の相手が 2 年前に亡くなっていた事を知る美咲。空っぽであった美咲の心が、初恋の思い出で埋め尽くされていく……。

【企画の成り立ち】行き詰まりの先に思い出した、ある女性の話

映画『ひとりたび』
©️Ippo

Q. 『ひとりたび』の企画が立ち上がった経緯についてお聞かせください 石橋監督 私が初長編の『左様なら』(2018)で長編デビューしたのですが、その後に次の長編の企画を考えようとなったときに「なかなか思いつかないぞ」と行き詰まっていた時期があって。そのときにふと思い出したのが、映像の仕事をするようになってから出会った同世代の女性の話でした。 地方出身の方なのですが、中学時代に付き合った方が大人になってから亡くなって。今は東京に来ているし結婚もしているのだけれど、その彼が亡くなったことについて考え続けてしまう——というお話を伺ったことがあって。そのエピソードをふと思い出して、「これを映画の企画にしたい」と思ったところから成り立ちました。

【岡本玲へのオファー】三軒茶屋の喫茶店にて、“企画書漫画”の衝撃

映画『ひとりたび』
©️Ippo

Q. 岡本玲さんがオファーを受け取ったときの印象やエピソードをお聞かせください 岡本 以前から石橋監督が、一緒に作品を作ってみたい役者として私の名前を挙げてくださっていたのを拝見していて、「嬉しい」と思っていたんです。映画の企画があるということで、三軒茶屋の喫茶店でお話しました。 そのときに、今とは少し違うストーリーなのですが大まかにまとめた漫画があって。そうやって企画をいただいたのは初めてだったので、それもすごく衝撃的で、とてもわかりやすかったです。 そこから「ぜひやらせていただきたいです」「一緒にやりたいです」とお伝えしました。ちょうどコロナ禍だったので実現には時間がかかったのですが、その間も時々連絡を取ってお茶をしたり、舞台を観に行ったり、映画を観に来てくださったりと交流を続けて、なんとか公開になりました。

【上村奈帆への脚本オファー】同世代だからこそ、主人公に寄り添える

映画『ひとりたび』
©️Ippo

Q. これまで監督自身が脚本を書かれていましたが、本作で上村奈帆さんに脚本をお願いした経緯をお聞かせください 石橋監督 初長編までは完全に自分で脚本を書いていて、企画自体もこちらの方が先に企画書を作っていました。ただ、長編3作目にあたる本作では、「自分で書くのは少し力不足だな」と思い始めていた時期で。セリフやキャラクターを書くのは好きなのですが、構成の力が本職の脚本家の方に正直少し劣るぞ、と素直な自己評価としてあって。脚本家さんを立てたいと思っていました。 ちょうど岡本さんと三茶でお会いした時期に近い頃、上村さんとドラマで監督3人体制でご一緒する機会があって。地方ロケでロケハンもずっとべったり一緒にいたのですが、最初に脚本の話をしたのはロケハン中の車の中でした。 上村さんにと思った理由は、そのドラマの脚本打ち合わせで感じた脚本のスキルの素晴らしさと、当時拝見した上村さん監督・脚本の『話したりない夜の果て Days gone by』に、今回の企画と通じるマインドを感じたから。同世代で、一番主人公に寄り添ってもらえそうだという意味でお願いさせていただきました。

【脚本オファーを受けた感想】「1回、石橋さんが笑ってくれたら」

Q. 上村さんが脚本の打診をされた際のご感想をお聞かせください 上村 素直にめちゃくちゃ嬉しかったですね。石橋さんはこれまでご自身で書かれて作品を作られていて、それ自体もとても石橋さんらしさを感じながら観てきた作品たちだったので、そこに入る緊張感もあるにはあったのですが。 石橋さんがそう言ってくれるなら「ぜひ書かせていただきたいな」と思えて。本の打ち合わせをしていても「これ、すんなり通らないかも」と思いながら、でも1回石橋さんが笑ってくれたらいいかな、という感じで書いていました。 構成的に成立していないかもと思いながら、でもワンチャン笑ってくれるかなと思ったものが、本当に採用されたりして(笑)。楽しませてもらいました。

採用されるか不安だった“武士”のセリフ

Q. その経緯で採用されたのは、具体的にどのシーンでしょうか 上村 武士です(笑)。「武士とか?」というセリフがあるんですけど……。 石橋監督 実は職業名を出している場面で、海外に出すときに翻訳に困るかなと一瞬よぎったのですが、面白いから採用、という気持ちでした。 岡本 あれ、めっちゃいいですよね。

【脚本を読んで】声に出して話したくなる、人との会話のニュアンス

映画『ひとりたび』
©️Ippo

Q. 岡本さんが脚本を読まれた際のご感想をお聞かせください 岡本 もうすごく素敵でした。構成はもちろん、声に出して今すぐにでも相手役と話したくなるような台詞がいっぱいあって。 「武士」もそうですが、直接的に出来事や感情を伝えていないんだけど、「普通に友達と話すときってそんなに直接的には言えないけど、思っているニュアンスは伝えたい」——そうだよね、これが人との会話だよね、という。お洒落でもあり優しくもあり、クスッと笑える素敵な言葉とシーンがたくさんあって、すごく大好きです。

【美咲の役作り】歩く効果音は“とぼとぼ”

Q. 美咲役を演じるにあたって、撮影前にされた役作りなどあればお聞かせください 岡本 美咲はどちらかというと受け身な女の子で、あまり自分から話題を提供するほうではなくて。3人で集まると聞き上手で、笑い上手なんです。その子はどういう体の動きをするんだろうと思って石橋さんと話したときに、「俊敏ではないよね」「ゆっくり動くだろうし、人の話を聞いているときは微笑みを絶やさなさそうだよね」と。 そういうイメージから膨らませていって、自分の中では歩いている効果音が“とぼとぼ”というイメージがあったんです。「OK、とぼとぼじゃん」としっくりいったときに、あまり不安がなくなりましたね。 監督と話して、あんまりシュッとしたラインがないほうが美咲っぽいなと。ちょっと4、5キロ太ったりもしました。 石橋監督 美咲はバリキャリでドヤ感を持って田舎に帰ってきました、ではなく等身大なので。私からではなく、岡本さん自身がすぐに調整を先にしてくださって。その方がきっといいだろうなと、本当にありがたかったですね。

【美咲のキャラクター造形】出せない感情が、らしさになる

Q. 美咲のキャラクター造形でこだわったポイントをお聞かせください 石橋監督 根っこのストーリー、大元の企画書を作ったときはまだ岡本さんを深く知らない時期でした。その以前に感じていた部分では、岡本さんが出演されていた舞台『熱帯樹』の役が、一見弱々しく病弱に見えるのに内側に沸々したものを抱えていて、それがにじみ出る役柄で。 それがオファーに繋がっていたんです。知り合ってからの岡本さんでいうと、日常生活の中で、自分の傷ついたことや、もしかしたら怒りも、人にダイレクトにはぶつけられない、出せないよね、というところが、結果的に美咲らしさにすごく繋がっていたなと。 上村 私も本にしていく中で、その部分を意識して作った気がします。美咲を岡本さんが演じてくれるという中での、美咲の中にある温度感は、自分の中ですごく意識して書きました。

【浩輔役・長村航希のキャラ造形】企画書では“クズ男”だった?

映画『ひとりたび』
©️Ippo

Q. 藤原浩輔(長村航希)のキャラクター造形と、共演エピソードをお聞かせください 石橋監督 浩輔は、私の企画書の漫画段階ではクズだったんですよ(笑)。不倫クズ男で、既婚者だけど再会でワンナイトに行っちゃう、みたいな。それも同窓会あるあるだろうなと。改めて脚本を書くにあたり、美咲が目の前の相手とどうリアクションしていくかという物語の作りになっているので、浩輔のキャラクター像を再構築して今の浩輔になりました。 正直、キャスティングは浩輔だけ最後まで迷っていて。結果としてはプロデューサーの田中さんからの大プッシュで長村さんに。終わってみれば長村さんしかいなかった、というくらいの浩輔で、めちゃめちゃ素敵でした。 上村 美咲と圭一と浩輔の、時間をまたいだ三角関係がすれ違い続けて流れていく感じを、すごくバランスを保ってやってくださっていて。チャーミングさもあり、いい意味での情けなさもある。すごく人間っぽいですよね、浩輔。 岡本 客観的に見たら「浩輔とくっついたら幸せになれるよ」と第三者は思うのに、本人(美咲)は違う。なんとも言えないもどかしい空気を長村くんが常に渡してくれて。15、16年ぶりに会ったよ、という時間をお芝居で持ってきてくれたから、楽しかったですね。 石橋監督 あと圭一のことを共有できる相手、という側面も、言葉にしていない部分で浩輔と美咲の間に流れていて。お芝居の相性も含めて素晴らしかったです。

【MDと小道具】“あの時間にしか存在しなかったもの”

Q. MDや小道具の作り込みで意識された点は 石橋監督 MDの小道具は本当にこだわりの一品で(笑)。企画段階から存在していて、最初はポータブルCDと迷った時期もあったのですが、「やっぱりMDだ」と。理由は“MDの選手生命が短かった”こと。10年くらいしか流行っていないんですよね。 だから本当に特定の時間を表せるのがいいなと思って。その中で現実にあるバンド名を出そうとなったとき、Xで周りにアンケートを取ったんです。「学生時代に何を聴いていましたか?」と。 結果はだいぶバラけてしまって。私自身が聴いていたものに近づけた部分もありつつ、銀杏BOYSではなくGOING STEADYにした理由は、銀杏BOYSは休止したり戻ったりで今も名前に聞き馴染みがあるけれど、GOING STEADYはMDと同じく“あの時間にしか存在していなかった”から。そこがいいなと思って、MDとGOING STEADYにしました。

【カラオケシーン】思い出しながら歌う、どうしようもなさ

Q. カラオケシーンについてお聞かせください 石橋監督 GOING STEADYの曲を美咲が歌うという温度感と、物語との意味が、シンクロしすぎないギリギリくらいがいいなと思って。美咲の歌い方のテンションがめっちゃ好きなんですよね。 岡本 「こんな感じですかね?」と歌ってみた、という感じでしたね(笑)。実際にカラオケで撮影したので、ラフに歌ってみて「今くらいがいいですね」で撮りましょう、と。 石橋監督 歌いながら考えて思い出しているから、こちらには意識が入っていないだろうけれど、ちゃんと歌いたいんだろうな、という塩梅で。淡々としつつ、ぶつけようのないどうしようもなさも絶妙に滲んでいて、でも熱唱で張り上げるでもなく。そこが素敵でした。

【岡本玲の学生時代、思い出のアーティスト】倖田來未、そしてアジカン

Q. 岡本さんの学生時代聴いていたアーティストは誰でしたか? 岡本 中学生くらいのときは、倖田來未さんがすごく流行っていて。プレーヤーに入れて、みんなで聴いていました。あとはバンドだとASIAN KUNG-FU GENERATIONを聴き始めた時期でしたね。高校で東京に出てきてからは、ライブにも通うようになって、そこで知った曲も多くて。 今思うと、あの頃に聴いていた音楽って、その時期の空気ごと記憶に残っているなと思います。だから美咲のMDの感覚も、すごく分かるんです。

【冒頭の電車のシーン】まだ"ゴイステ"を聴いていない美咲

Q. 冒頭の電車のシーンで美咲が聴いていた曲に設定はあったのでしょうか? 石橋監督 冒頭の電車のシーンの美咲は、まだ"ゴイステ"を聴いていない美咲なんです。これから出会っていく前の状態というか。物語を通して美咲が音楽と出会って、何かが少しずつ変わっていく。その"前"と"後"を、観終わってからもう一度冒頭を思い返してもらえると、また違って見えるんじゃないかなと思っています。 岡本 撮影のときも、そこは意識していました。まだ知らない、まだ始まっていない美咲。だからこそ最後まで観たあとに、あの電車の表情が効いてくるといいなと。

▼取材・文:増田慎吾