【奈緒×吉野監督に聞く】『シャドウワーク』制作秘話―吉岡里帆との信頼が生んだ“特別な瞬間”
佐野広実さんの人気小説を映画化した映画『シャドウワーク』が、2026年9月25日(金)より公開されます。 配偶者や親から暴力を受けた女性たちを匿うシェルター〈おうち〉を舞台に、そこで密かに行われる“あること”と、声を上げられない者たちが下す極限の決断を描くサバイブサスペンスです。主人公・紀子を吉岡里帆さん、もう一人の主人公・刑事の薫を奈緒さんが演じ、映画では初のダブル主演を果たしました。メガホンを取るのは、『君は永遠にそいつらより若い』の吉野竜平監督です。 ciatr編集部では、薫を演じた奈緒さんと吉野竜平監督にインタビューを実施。企画が立ち上がった経緯をはじめ、“定型的な女性刑事像”を避けるための役づくり、衣装や靴に込めた人物像、さらに吉岡里帆さんや北村匠海さんとの共演についてまで、じっくりとお話を伺いました。 ※インタビューの模様を収めた動画コンテンツも、YouTube「ciatr/1Screen」チャンネルで公開中です! ※吉野竜平監督の「吉」は、上部が「土」の異体字(つちよし)が正式表記になります。
映画『シャドウワーク』作品概要
| 作品名 | シャドウワーク |
|---|---|
| 公開日 | 2026年9月25日(金) |
| 原作 | 佐野広実『シャドウワーク』(講談社文庫) |
| 監督・脚本 | 吉野竜平 |
| 音楽 | 加藤久貴 |
| 主題歌 | haruka nakamura「tiny end」(vo.Meadow) |
| キャスト | 吉岡里帆(紀子) 奈緒(薫) 北村匠海(北川晋一) 美保純(路子) 酒井若菜(しのぶ) ファーストサマーウイカ(奈美) 佐月絵美(凛) 原嘉孝(松原幸次) 清水尚弥(宮内清明) 風吹ジュン(昭江) |
| 上映時間 | 129分 |
| レーティング | PG12 |
| 配給 | ショウゲート |
日常的に暴力を振るう夫から逃げてきた紀子(吉岡里帆)。しかし、やがて居場所を突き止められ、再び行き場を失ってしまいます。絶望の淵にいた彼女に救いの手を差し伸べたのは、入院先の看護師・路子(美保純)でした。 路子に連れられてたどり着いたのは、三浦海岸の外れにひっそりと建つ施設。そこは、配偶者や親から暴力を受けた女性たちを匿うシェルターでした。彼女たちはその場所を〈おうち〉と呼び、食事や掃除など、暮らしのすべてを「持ち回り」で支え合いながら生活しています。 少しずつ穏やかな日々を取り戻していく紀子。しかし、暮らしを重ねるうちに、〈おうち〉に対して小さな違和感を抱き始めます。そしてついに、そこで密かに続けられてきた組織犯罪の構造を知ってしまい——。 その一方で、とある事件を追う刑事・薫(奈緒)もまた、〈おうち〉の存在へと近づきつつありました。
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【企画の発端】“疑似家族”と“落ちていく物語”―好きな要素が揃っていた

Q. 本作の企画が立ち上がった経緯をお聞かせください。 吉野監督 原作の『シャドウワーク』は、普通に本屋さんで「面白そうだな」と思って手に取ったんです。読んでみると、自分が映画で好きな要素がいくつも入っているなと感じました。 ひとつは、“疑似家族”のような人たちを描いていることです。血縁関係のない人たちがひとつ屋根の下に集まって、家族のような関係を築きながら暮らしていく。そういう物語がもともと好きで。 もうひとつ、奈緒さん演じる薫の側から見ると、これはある意味“落ちていく物語”でもあると思いました。薫がひとつの事件にあまりにも執着することで、どんどん深みにはまっていく。『殺人の追憶』や『ゾディアック』のように、何かを追い続けるうちに人物自身も変化していく映画がありますが、そういった自分の好きな作品に通じる要素も感じました。 それから、最終的には人間の生命力みたいなところにも惹かれました。抑え込まれてきた女性たちの力が、最後に一気に爆発するような。その点は原作者の佐野先生がどこまで意図されていたかは分かりませんが、僕自身はそこにすごく面白さを感じて、「映像化したい」と思いました。
【原作・脚本を読んで】“ないはずなのに、あるかもしれない”怖さ

Q. 原作、そして脚本を読まれたときの率直な感想をお聞かせください。 奈緒 すごくいろいろな描き方ができる作品だと思いました。『シャドウワーク』に登場する〈おうち〉という存在は、ひとつの見方をすると、すごくファンタジーでもあります。 実際には、誰もが知っている場所として〈おうち〉が存在しているわけではない。でも、ある種の比喩表現として、「もしこういう場所が生まれてしまったらどうしよう」と感じさせるものがある。存在しないはずなのに、見ているうちに“どこかにあるかもしれない”と思えてきて、それがすごく怖い。そういう部分が、サスペンスとしての魅力にもつながっていると思いました。 同時に、社会で実際に起きている問題を、ただ消費するのではなく、きちんと提示している作品でもあると思います。だからこそ、作品とどのような距離感を取って作るのかによって、見え方が大きく変わってくる本だと感じました。 吉野さんと最初にお話ししたときも、私たち作り手が客観性を持ち、原作との距離感を大切にすることで、観てくださる方がそれぞれご自身の物差しでこの映画を受け取れる作品になるのではないか、という話をしました。 そうすることで、観終わったあとにもそれぞれの中に何かが残るような、とても余韻のある物語を紡げるのではないかと感じました。
【奈緒&吉岡里帆を起用した理由】信頼と“意外性”が決め手に
Q. 薫役に奈緒さん、紀子役に吉岡里帆さんをキャスティングされた背景をお聞かせください。 吉野監督 奈緒さんとは以前、『君は永遠にそいつらよりも若い』でご一緒していて。奈緒さんと仕事をしていると、本当に一緒にものづくりをしている感覚があって、それがすごく楽しかったんです。なので、「また何か一緒にできたらいいな」とずっと思っていました。

そんな中で『シャドウワーク』を読んだときに、「これは奈緒さんでできたら面白いな」と思って。プロデューサーに原作を持っていって、「これを奈緒さんでできないですかね」と相談したのが始まりです。 吉岡里帆さんについては、以前から出演作を拝見していて、本当に幅の広い俳優さんだなと感じていました。今回の紀子のような役を吉岡さんが演じたら、これまでとはまた違う意外性が出て面白いんじゃないかと思って、オファーしました。
【薫の役づくり】監督と演出部の資料が大きな手がかりに

Q. 薫を演じるにあたり、準備されたことや役づくりで大切にされたことをお聞かせください。 奈緒 前回の『君は永遠にそいつらより若い』で吉野組に参加したときも、まず監督が役のバックボーンやプロフィールを作って、共有してくださったんです。 今回もそこは同じで、薫という人物についての資料に加えて、演出部の方々が調べてくださった警察官という仕事の裏側や実務に関する資料も事前にかなりいただいていました。 クランクイン前からそうした資料を読み込みながら、薫という人物を少しずつ埋めていけた部分があって、役を作っていくうえですごく助けていただきました。
【役へのアプローチ】「なぜ警察官になったのか」から人物を探る

Q. 奈緒さんはこれまで『東京サラダボウル』や『死神さん』で刑事役を演じてきましたが、本作でアプローチの違いはありましたか。 奈緒 役との近づき方という意味では、これまで演じてきた警察官と大きくは変わらないんです。私は「警察官」という肩書きそのものよりも、なぜ警察官になったのか、なぜそこを志したのか、何がしたかった人なのかというところに、その人の本質があると思っていて。警察官という職業は、その人物を知るためのひとつの手がかりになると考えています。 社会の中で“正義”を担う役割を志した人なので、薫にももともと強い正義感があったはずです。ただ、映画の中に登場する薫は、警察官を目指した当初に抱いていた正義とは、形を変えた正義を宿している人だと思いました。 それは、自分が恐れている“シャドウ”によって、正義の形が壊されてしまったのかもしれない。自分が正しいと思っていたものが、少しずつ崩れていくんです。 その中で薫が落ちていく感覚は、現場で演じながらもずっと気持ちが揺れているような感覚がありました。自分でも分からないまま、どんどん深みにはまっていくような、闇の中へ突っ込んでいくような感覚でした。
【薫のキャラクター造形】「学校の体育教師の延長くらいでいい」

Q. 薫というキャラクターを立ち上げるうえで、監督が大切にされたことをお聞かせください。 吉野監督 薫については、脚本を書いている段階からずっと意識していたことがあって。フィクションの中の女性刑事って、ある種フォーマットが決まりすぎていると思うことがありました。孤高で、超人的な捜査能力や勘を持っている人物になりがちで。 自分で脚本を書いていても、気づくとそういう口調になってしまうんですよね。それくらい自分の中にもイメージが刷り込まれていて。だから今回は、なんとかして“普通の人の延長線上にいる女性刑事”にできないかと考えていました。 奈緒さんにも、「仕事はできるし優秀ではあるけれど、超人的な人ではなくていい。学校の体育教師の延長くらいでいいと思います」という話をしていました。なるべく人間味を残したかったんです。 いわゆる定型の刑事像ってありますよね。ワイシャツに黒いパンツで、犯人をガッと取り押さえて、何事もなかったように振る舞うような。フィクションとしてはもちろん成立するんですけど、今回はそこから離れたかった。 海外ドラマ、特にイギリスなどの女性警察官や刑事を描いた作品を見ると、すごく人間臭い人物が多いんですよね。ちゃんと生活があって、その人自身がいて、そのうえでたまたま警察官や刑事という仕事をしている。 日本の作品だと、どうしても「警察官や刑事であるこの人」という人物造形になりがちですが、そうではなくて、まず“この人”がいて、その人がたまたま警察官をやっている。薫はそういう人物として描きたいと思っていました。
【衣装・ビジュアル】“警察官だから”ではなく“薫ならどうするか”
Q. 衣装や髪型など、ビジュアル面の作り込みでこだわったことをお聞かせください。 吉野監督 衣装や髪型については警察監修の方にも入っていただいて、髪の長さなども確認しながら作っていきました。 ただ、そもそも薫自身が服装に強いこだわりを持っている人ではないと思っていて。警察官の中には、「警察手帳をここに見せたい」といった見せ方にこだわる人もいるそうなんですけど、薫はそういうことをあまり気にしない。だから、「警察手帳もポケットでいいよね」というように、なるべく服装に無頓着な人物として考えていました。 奈緒 私は靴のことをすごく覚えています。革靴や少しヒールのある靴も含めて、薫が普段どこまでフォーマルな格好をする人なのかという線引きは、衣装合わせのときにかなり話しました。 以前、警察官を演じたときにも感じたんですが、服装や髪型って意外とすべてが厳密に決められているわけではないんですよね。だから薫も、「警察官だから身だしなみをきっちりしなければ」ということ自体には、そこまでこだわっていないんじゃないかと考えました。 それなら、「ここはスニーカーで行こう」とか。でも、逆にスニーカーだと目立ちすぎる場面では少しフォーマルにしようとか。そうやって、「薫さんならどういうふうに服を選ぶだろう」とみんなで考えながら衣装を決めていくのが、すごく楽しかったです。 吉野 聞き込みに行く日ならジャケットやワイシャツを選ぶだろうし、「今日は一日警察署から出ないだろうな」という日ならポロシャツかもしれない。その日の仕事や行動から逆算して、薫が何を着るかを決めていったという感じですね。
【吉岡里帆との共演】「初めて目を合わせた時、空気がビリビリした」

Q. 奈緒さんはW主演の吉岡里帆さんとの共演を通して、どのような印象を持たれましたか。 奈緒 吉岡さんとは5年以上前に広告で一度ご一緒したことがあって。そのときから、いつか映画やドラマで作品をご一緒できたらと思っていたので、今回こうして共演できたことがすごく嬉しかったです。 薫と紀子は途中までほとんど絡みがなくて、それぞれ別の軸を歩んでいくので、現場でもなかなか会う機会がなかったんです。でも吉岡さんは、そういう距離があっても、それを信頼関係に変えられる方だと思っていました。 以前お会いしたときから、吉岡さんの誠実さは感じていたので、この距離感の中でそれぞれの物語を背負って、出会えること自体がすごく楽しみでした。 だから、薫が初めて〈おうち〉を訪れるシーンで、吉岡さんとも紀子とも“初めまして”になるんですけど、そこで初めて目を合わせた瞬間は、空気がすごくビリビリしました。

言葉を交わさなくても、このふたりがすごく不思議な出会いをしたんだと心から信じられる時間が、確かにそこに流れていたんです。そのときに、「どこかでちゃんとつながっていられたんだな」と私自身も感じました。 吉岡さんは、物事と向き合うときも、作品と向き合うときも、人と向き合うときも、すごく深く向き合ってくださる方なんです。その“深度の深さ”が、私にとってとても魅力的で、大好きなところです。 今回も近くにいさせてもらいながら、「だからこの深さを覗きたくなるんだな」とぼーっと思っていたら、急に「グミいる〜?」って言ってくれたりして(笑)。 〈おうち〉で一緒に過ごした時間は短かったですが、吉岡さんをはじめ皆さんが作ってくださっていた温かい空気や、吉野組の空気に救われながら、とても穏やかな時間を過ごせたと思います。
【北村匠海演じる晋一のキャラ造形】「ただのクズで、ろくでもないやつ」でいい

Q. 薫の夫・晋一役に北村匠海さんを起用された背景と、晋一というキャラクターを作るうえで大切にされたことをお聞かせください。 吉野監督 匠海くんは、まずあのビジュアルですよね。もちろんすごくイケメンで、彫刻みたいな顔をしているんですけど、どこか真意が分からないような雰囲気もある。本人は本当にいい人なんですけど、目の奥に深い沼があるような感じというか。そういう面を持っている役者さんって、同世代ではなかなかいないと思っていました。 晋一はエリートの家系で育って、警察組織の中では上の人にうまく振る舞える。でも家に帰ると妻に暴力を振るっている。その二面性を演じてもらうのに、匠海くんはすごく合うんじゃないかと思ってオファーしました。 役については、匠海くんともバックボーンをかなり話しました。どういう家庭環境で育ったのか、親はどんな人だったのか、なぜこういうマインドが生まれたのか。そういうことは共有したんです。 ただ、そのうえで僕が伝えたのは、それを晋一が暴力を振るうことの言い訳にはしたくないということでした。 「こいつはただシンプルにクズで、ろくでもないやつなんだ」と。見栄っ張りでプライドが高くて、暴力を振るう。その背景に理由をつけて、観客が納得できるような人物にはしたくなかったんです。 そう話したら、匠海くんがすごく楽しそうに「いいですね、それ」って言ってくれて。役にはどうしても行動の理由や言い訳を作りがちだけれど、今回は「シンプルにろくでもないやつでいきましょう」と。そこに匠海くん自身も、この役の面白さを感じてくれたんじゃないかなと思います。
【北村匠海との共演】信頼関係があったからこそ、自由にぶつかれた

Q. 奈緒さんが北村匠海さんと共演された印象をお聞かせください。 奈緒 今回初めましてだったんですけど。ずっとフラットに現場にいらっしゃって、ゆったりと穏やかな話をふたりで重ねていて、特に役に対して色々話したりしたことはなかったですね。 すり合わせるよりも、すり合わせていない噛み合わなさがふたりの中にあるっていうのは、カメラの前で本番が始まってから、それでいいかなっていう想いが私自身もあったので。 やっぱり戦うシーンとかがあって。それこそさっき、吉岡さんとの信頼関係でお話をさせていただいたんですけど、やっぱりぶつかる関係を一緒に作っていくっていう中で、信頼関係って、私はすごく自分自身があるととても助けられることが多くて。 今回、北村さんはすごくその信頼関係をフラットに築いてくださったので、すごく安心感があって。自分もすごく自由になりましたし。共演した感想としては、本当に感謝しかないというのが、もう本当に心からの本音なんですけど。 客観的に、今回の晋一という役って、さっき監督もおっしゃってたみたいに、そこの裏付けでどういうバックボーンがあるというよりは、すごく不条理に起こる悪意っていうものをとても担っている役だと思うので。それが人に見えるか見えないかっていう、すごく曖昧な線を。 やっぱり北村さんだったから、一瞬「この人、人間じゃないんじゃないか」っていうような瞬間と、「でもやっぱり人間だ」という瞬間をずっと行き来されていて。それがすごく刺激的でした。晋一さんの存在として、この物語を力強く誘ってくださったと感じています。
▼取材・文:増田慎吾
