2026年9月25日更新

【深田晃司監督に聞く】『ナギダイアリー』制作秘話―「オーディションで泣きそうになったのは初めて」

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映画『ナギダイアリー』作品概要

作品名ナギダイアリー
公開日2026年9月25日(金)
上映時間110分
製作国日本・フランス・シンガポール・フィリピン
監督・脚本深田晃司
着想元平田オリザの戯曲『東京ノート』
キャスト松たか子(遠藤寄子)、石橋静河(坂下友梨)、松山ケンイチ(井口好浩)、川口和空(春樹)、藤原聖(圭太)、藤間爽子、水間ロン、申瑞季
撮影四宮秀俊
音楽李沛芩(リー・ペイチン)
エンディングテーマイーノ・チェン「ローピン・クイフェ(路邊開花)」
配給スターサンズ
映倫区分G
映画祭第79回カンヌ国際映画祭 コンペティション部門 正式出品
公式サイト映画『ナギダイアリー』公式サイト

本作は、平田オリザの代表作である戯曲『東京ノート』(1994年初演)に着想を得た人間ドラマ。岡山県奈義町をモデルにした架空の町「ナギ」を舞台に、そこで暮らす彫刻家・寄子と、休暇を利用して彼女を訪ねてきた建築家・友梨が過ごす9日間を描きます。

あらすじ

映画 ナギダイアリー
© 2026 ナギダイアリー・パートナーズ (スターサンズ/八朔ラボ/ワンダーストラック) / Survivance / Momo Film Co.

近くの山から切り出された木を使い、ひとり彫刻を作り続ける寄子(松たか子)。ある日、東京と台湾で建築家として活躍してきた友梨(石橋静河)が、数日間の休暇を取り、別れた夫の姉である寄子のもとを訪れます。 都会とは異なる、穏やかな時間が流れる「ナギ」での暮らし。妻を亡くした寄子の幼なじみ・好浩(松山ケンイチ)、その息子・春樹(川口和空)、春樹の親友・圭太(藤原聖)らとの出会いは、ふたりの日常に少しずつ揺らぎをもたらしていきます。 やがて友梨は、毎晩寄子の彫刻のモデルを務めるなかで、彼女が抱えてきた知られざる喪失に触れることに。そして、友梨自身の心にも静かな変化が訪れていきます。 彫刻家の寄子と建築家の友梨。ふたりが「ナギ」で過ごす、人生に刻まれる9日間を描いた人間ドラマです。

【企画の発端】『東京ノート』から始まった9年越しの企画

映画「ナギダイアリー」
© 2026 ナギダイアリー・パートナーズ (スターサンズ/八朔ラボ/ワンダーストラック) / Survivance / Momo Film Co.

Q. 本作の企画が立ち上がった経緯をお聞かせください。 深田  もともとは2016年に、平田オリザさんから連絡をいただいたことがきっかけです。彼が岡山県奈義町で仕事に関わっていて、「奈義町現代美術館というすごくいい美術館があるので、そこで『東京ノート』を映画化してみたら?」というお話をいただいたんですね。 『東京ノート』は劇団青年団の代表作で、東京の美術館を舞台に、ある家族の会話や、そこを訪れる人々の様子を描いた作品です。当時、自分は奈義町に行ったことがなかったので、まずは美術館を見るために現地を訪れました。 実際に行ってみると、本当に素晴らしい美術館だったんです。ただ同時に、ここで『東京ノート』を映画化するのはもったいないなと思ったんですね。東京からスタッフや俳優を連れてきて、そのまま東京の物語を撮るのではなく、この場所そのものを映画にしたほうがいいんじゃないか、と。 奈義町現代美術館は非常に固有性の強い美術館で、単に建物があって、そこに外から美術品を持ち込んで展示するというものではありません。磯崎新さんが建築を手がけ、荒川修作さんや宮脇愛子さんの空間インスタレーションがあって、その場所でしか見ることのできない、空間そのものが作品になっている美術館なんです。その土地と強く結びついた場所だと感じました。 それから、美術館の外の風景も印象的でした。初めて奈義町を訪れた時、最初にすれ違ったのが戦車だったんです。自衛隊のある町なので戦車とすれ違うことがある一方で、自然豊かな景色の中に突然、現代美術館が建っている。その組み合わせがすごくユニークで面白かった。 だったら、わざわざ奈義町を舞台に東京の物語を撮るのではなくて、奈義を舞台にした、奈義の映画を作れないだろうか。そう考え始めたところから、この企画はスタートしました。

【9年という歳月】“土地から脚本を書く”という挑戦——10ヶ月の滞在取材で形になった物語

映画 ナギダイアリー
© 2026 ナギダイアリー・パートナーズ (スターサンズ/八朔ラボ/ワンダーストラック) / Survivance / Momo Film Co.

Q. 企画から完成まで約9年。長い制作期間の中で、物語や人物像に変化はありましたか。 深田  脚本開発に時間がかかった、という感じですね。9年といっても、その間に映画を3本くらい撮っているので、ずっと作り続けていたわけではなく、途中で中断していた期間もありました。 ただ、脚本に時間がかかった大きな理由は、これまでの自分の作品にはあまりなかった、その土地からスタートして脚本を書き始めるという作り方をしたことです。そういう意味では、『海を駆ける』という映画が少し近いかもしれません。 これまでも地方で撮影したことは何度かありますが、基本的にはまず脚本があって、その脚本に適したロケ地として土地をお借りする、という感覚だったんです。でも今回は、奈義町そのものが作品の一番大きなモチーフになっています。 だからこそ、まず奈義町からスタートして、そこから脚本を書いていきました。当然、地元の方への取材も必要ですし、何度も現地に通う必要もある。結果的に10ヶ月近く滞在しながら取材を重ねて脚本を書いていったので、そこにかなり時間がかかった、という感じですね。

【架空の町「ナギ」】なぜ実在の奈義町を“架空の町”として描いたのか

映画 ナギダイアリー
© 2026 ナギダイアリー・パートナーズ (スターサンズ/八朔ラボ/ワンダーストラック) / Survivance / Momo Film Co.

Q. 実在の奈義町をモデルにしながら、あえて架空の町「ナギ」として描かれた狙いをお聞かせください。 深田  架空の町にした方が、より自由に作れるのかなと思いました。当然、映画なのでいいことばかりが起きるわけではないですし、実在する奈義町に対して変な偏見を持たれてしまうようなことから、多少距離を置けるかなという意図もありました。 とはいえ、結果的にはそんなに変なことを書いているわけでもないですし。映画を観てもらえれば、架空の町「ナギ」と言いながら、どう見ても奈義町なんですよね(笑)。 しかも、消防団の法被にはちゃんと「奈義町」とバッチリ書いてあるので、ほぼ奈義町です。

【松たか子のキャスティング背景】動物的とも言える“先の読めない芝居”

映画 ナギダイアリー
© 2026 ナギダイアリー・パートナーズ (スターサンズ/八朔ラボ/ワンダーストラック) / Survivance / Momo Film Co.

Q. 深田監督とは初タッグとなりました。寄子役に松たか子さんを迎えた決め手をお聞かせください。 深田  今回、映画を作るにあたってキャスティングをどうしようかと、プロデューサーと相談していたんです。寄子というキャラクターにふさわしいのは誰か、いろいろ話し合う中で、「松さんしかいないんじゃないか」ということになって、お願いしました。 松さんは本当に面白かったですね。自分はいつも映画を作る時に、脚本に書かれた役と俳優本人の中間くらいの存在になってほしいと思っているんです。役と俳優本人が混ざり合ってほしい。台本通りに役者が演じるだけでは面白くないけれど、一方で台本も大事にしたい、というスタンスです。 松さんの場合は、その混ざり合い方がいつも以上に自由で、思いもよらない色が出てきたなと感じました。それはやはり、松さんが非常に自由に演じられる方だからだと思います。 言葉を選ばずに言えば、非常に動物的とも言えるかもしれません。でも、それはすごく重要なことなんです。YouTubeにしても映画にしても、動物ってカメラの被写体としてものすごく魅力的ですよね。動物の動画がなぜあれほど見られるのかというと、かわいいからだけではなくて、次にどう動くかわからない被写体だからだと思うんです。すごく生々しくて、生きている。 それは動物だけではなくて、川の流れや水、風に揺れる木々、炎なんかもそうかもしれません。次にどう動くかわからないからこそ、ずっと新鮮さを持ち続けていて、一瞬も目が離せない魅力がある。 でも、人間の俳優が台本を読みながら、カメラの前や舞台の上でその新鮮さを保つのは簡単ではありません。次に自分が何を言うかも、相手が何を言うかも知っている。そのキャラクターがどういう人物なのかも全部知っている中で、初めてその言葉を口にするかのように話さなければいけない。未来のことなんて何も知らないかのように演じなければいけない。 本当に俳優は大変な仕事だなと思いますが、松さんはそれができてしまう俳優さんだと思います。

【寄子という人物】『東京ノート』から受け継がれた、地方でひとり生きる女性のイメージ

映画 ナギダイアリー
© 2026 ナギダイアリー・パートナーズ (スターサンズ/八朔ラボ/ワンダーストラック) / Survivance / Momo Film Co.

Q. 寄子の人物像を立ち上げていくうえで大切にされたことと、彫刻家という設定の背景をお聞かせください。 深田  寄子が奈義町でひとり暮らしをする独身女性、という設定はかなり早い段階から固まっていました。なぜそうしたのかは正直あまり覚えていないんですけど、振り返ってみると、やはり平田オリザさんの『東京ノート』の影響が残っているんだと思います。 『東京ノート』は、地方から東京にやってきた4人兄妹を中心に描く物語です。女性ふたり、男性ふたりの4人兄妹のうち、次女と長男、次男は東京で家庭を持って暮らしていて、長女だけが地元に戻り、両親の世話をしながら暮らしている。その長女は、地方に残りながら絵を描くことが好きで、趣味で絵を描いている人物なんですね。 本作はそこから離れてオリジナルの企画になっていますが、オマージュのようにそのイメージが残っていて。そこから、地方でひとり暮らしをしながらアート活動を続けている寄子という人物像が生まれていったんだと思います。 もうひとつ、『東京ノート』には重要な人物がいます。長女の弟と結婚している妻で、長女とは非常に仲がいい。年に一度、東京の美術館で開かれる家族の集まりで顔を合わせるのですが、その妻が「来年からは会えないかもしれない」という、離婚寸前の状況にあることが示されて、少し切ない終わり方をするんです。 そこで、「離婚したからって、そんなことを気にせずに会い続けていたらどうなるんだろう?」という発想が、今回の物語のスタート地点のひとつになりました。 そこから、地方でアート活動をしながらひとりで暮らす寄子と、彼女を訪ねてくる弟の別れた妻・友梨という、ふたりの人物造形ができていった感じですね。

彫刻のリアリティを支えた吉田愛美の存在

映画 ナギダイアリー
© 2026 ナギダイアリー・パートナーズ (スターサンズ/八朔ラボ/ワンダーストラック) / Survivance / Momo Film Co.

Q. 松たか子さん演じる寄子が彫刻を彫るシーンのリアリティは、どのように立ち上げていったのでしょうか。 深田  彫刻に関しては、今回の映画に全面的に協力してくださった彫刻家の吉田愛美さんの力が大きかったですね。

映画「ナギダイアリー」
© 2026 ナギダイアリー・パートナーズ (スターサンズ/八朔ラボ/ワンダーストラック) / Survivance / Momo Film Co.

松さんには撮影前に、吉田さんが活動されている宮城県のアトリエを一緒に訪ねてもらって、彫刻家としての所作や技術について指導を受けていただきました。吉田さんが彫刻指導の教科書のような資料も作ってくださったので、それを事前に松さんへお渡しして、撮影までに練習してもらいました。 撮影中も吉田さんには現場にずっと入っていただいて、彫刻の場面では常に指導してもらっていました。松さん自身にもかなり頑張っていただきましたし、吉田愛美さんのサポートは本当に大きかったですね。

【石橋静河のキャスティング背景】対照的な“端正な芝居”——友梨役に迎えた理由

映画 ナギダイアリー
© 2026 ナギダイアリー・パートナーズ (スターサンズ/八朔ラボ/ワンダーストラック) / Survivance / Momo Film Co.

Q. 友梨役に石橋静河さんを起用した背景をお聞かせください。 深田  松さんが最初に決まっていたので、その相手役が誰だったら面白いか、というところから考え始めました。石橋さんのお芝居はほかの作品でも拝見していて、すごくいいなと思っていましたし、いつか一緒に仕事をしてみたいと思っていた俳優さんでした。 リハーサルをしながら面白いなと感じたのは、非常に動物的で、先の読めない芝居をする松さんに対して、石橋さんはすごく端正なお芝居をされる方だということです。 石橋さんご本人が意識されているかはわからないんですけど、僕には劇団青年団の俳優のお芝居を見ているようにも感じられて。学校やロビーなんかで普段目にしているような、人の動きや喋り方。僕たちが「日常」としてイメージするものに、非常に近いところまで寄せていける芝居をされる方なんです。 しかも、同じことを何度でも同じように演じられる。そのあたりもすごく青年団的だなと思いました。 そういう端正なお芝居をする石橋さんと、田舎で自由に生きている寄子を演じる松さんとの対比が、東京からやってきた友梨と寄子というふたりのキャラクターの違いにも自然につながっていったんです。 そこはすごく面白かったですし、よいコラボレーションになったと思っています。

【友梨のキャラ造形】「自分自身の投影」——建築と彫刻に込めた創作への思い

映画 ナギダイアリー
© 2026 ナギダイアリー・パートナーズ (スターサンズ/八朔ラボ/ワンダーストラック) / Survivance / Momo Film Co.

Q. 友梨という人物を立ち上げるうえで、大切にされたことは何でしょうか。 深田  友梨については、自分自身の投影だと思っています。どこか、自分の分身のようなところもありますね。 今回、寄子はいわゆるセクシャルマイノリティという設定になっています。それは奈義町で取材を重ねる中で、少しずつ固まっていったものなんですけど、そこで大事だったのは、自分自身はいわゆるセクシャルマイノリティの当事者ではないということです。 そうした当事者性を持たない自分が、寄子をどう描いていくのか。そう考えた時に、友梨という人物を通して寄子と出会い、彼女のことを知っていく過程が必要だったんだと思います。そういう意味でも、友梨には自分自身をかなり投影しています。 もうひとつ、友梨を建築家にしたのは、映画の中で建築と彫刻の対比を描きたかったからです。 建築って、どこか映画作りに近いところがあると思うんですよね。非常にお金がかかるし、集団で作らなくてはいけない。コンペティションに通ることも重要ですし、とても規模の大きな表現です。もちろん建築の場合は仕事でもあるわけですけど、そうした点に映画との近さを感じています。 一方で寄子は、別に仕事を持ちながら彫刻を作り続けている。ただ彫刻を作り続けること自体が、彼女にとってひとつの目的になっているんです。それによってお金を稼ごうとか、名声を得ようとか、そういうことではなく、ただ作り続けている。 そうした寄子の創作に対する姿勢には、純粋に自分自身の憧れのようなものがあります。だからこそ、友梨というキャラクターは、すごく自分の立場に近い人物だと思っています。

【松山ケンイチのキャスティング背景】地方で生きる人物への説得力

映画 ナギダイアリー
© 2026 ナギダイアリー・パートナーズ (スターサンズ/八朔ラボ/ワンダーストラック) / Survivance / Momo Film Co.

Q. 好浩役の松山ケンイチさんのキャスティング背景をお聞かせください。 深田  松山ケンイチさんは、俳優としての存在感がきちんとありながら、地方の役場に勤めている人物としても説得力のある方だなと思って、お願いしました。 ご本人が青森出身で、地方で暮らしているというところもキャラクターと重なる部分はありました。ただ、それが決定打だったわけではなくて。以前からいくつかの作品でお芝居を拝見していて、とてもいい俳優さんだなと思っていたので、今回お願いしました。 松山さんはムードメーカーのような存在でもありましたね。撮影には途中からの合流だったんですが、すごく現場を盛り立ててくださいました。 特に中学生役の川口和空さんと藤原聖さんに積極的に関わって、ふたりとの関係を作ってくださった。現場で自然に絆を築いてくれたので、とてもありがたかったです。

【好浩のキャラ造形】 土地に残る覚悟と葛藤——好浩に重ねた“地方で生きる人”の姿

映画 ナギダイアリー
© 2026 ナギダイアリー・パートナーズ (スターサンズ/八朔ラボ/ワンダーストラック) / Survivance / Momo Film Co.

Q. 好浩のキャラクター造形で大切にされたことをお聞かせください。 深田 好浩は、奈義町で出会ったいろいろな人たちの要素が混ざり合ってできたキャラクターです。役場の方々にもいろいろとお話を伺ったので、そうした取材も反映されています。 人物像として考えていたのは、決して古い価値観に縛られた人ではないけれど、それでもその土地から離れることはできない。その土地で生きていくことを、覚悟を持って受け入れている人です。 だからこそ、寄子の弟がナギを離れて東京へ行き、今は台湾で活動していることに対しても、好浩はどこか複雑な思いを抱えている。 そうした、地方に残って生きることへの覚悟や葛藤を背負った人物として、好浩というキャラクターを考えていました。

【川口和空・藤原聖のキャスティング背景】「オーディションで泣きそうになったのは初めて」

映画 ナギダイアリー
© 2026 ナギダイアリー・パートナーズ (スターサンズ/八朔ラボ/ワンダーストラック) / Survivance / Momo Film Co.

Q. 春樹役の川口和空さんと圭太役の藤原聖さんのキャスティング背景をお聞かせください。 深田  オーディションって、単純に演技が上手いか下手かだけではなくて、その役に合うかどうかがすごく大事なんですよね。そこはかなり感覚的な部分もあるんですけど、川口和空さんと藤原聖さんを見た時は、「来た!」と思いました。「春樹と圭太が来てくれた」という感覚があったんです。 オーディションでは二次選考などを重ねながら、だんだん人数を絞って、いろいろな役やシーンを演じてもらいました。その中で、劇中後半に春樹と圭太が友梨にいろいろと頼みごとをするシーンを、ふたりに演じてもらったんです。 それが本当に素晴らしくて。オーディションで出会ったばかりのふたりにもかかわらず、ものすごく密度の高い対話が成立していたんですね。オーディションで泣きそうになったのは初めてでした。それくらい素晴らしくて、「このふたりなら安心して任せられる」と思い、お願いしました。 Q. おふたりの声の対比も意識されたのでしょうか。 深田  そこはすごく大きかったです。藤原聖さんと川口和空さんでは声質が大きく違っていて、その対比はとても面白いなと思いました。 一方で、ふたりに共通していたのは、芝居に変な荷物を持たせず、素直に演じられることです。そこは自分がすごく好きだったところですね。 唯一想定外だったのは、オーディションから撮影まで5ヶ月くらい空いていたんですけど、その間に藤原さんがめちゃくちゃ大きくなっていたことです(笑)。 撮影当時、藤原さんは中学1年生で、川口さんは高校1年生だったんですが、撮影の段階では川口さんより藤原さんの方が大きくなっていて。でも、それはそれで面白かったですね。

【争いを想起させるモチーフ】「距離があるから、たまたま聞こえないだけ」——奈義町の日常として描いた自衛隊の存在

Q. 劇中、自衛隊の戦車や戦争のニュース映像など、争いを想起させるモチーフが随所に登場します。こうしたモチーフをどのように設計されたのでしょうか。 深田  砲弾の音に関しては、奈義町では本当に日常なんです。毎日というわけではないですけど、演習がある日は朝から夕方まで砲弾の音が鳴っている。でも、町の人たちはほとんど気にしなくなっている。それも含めて奈義町の日常なんですね。 自分は、そうしたことを映画にするのは大切だと思っていました。奈義町では確かに演習のたびに砲弾の音が聞こえる。でも東京に住んでいたら聞こえない。距離があるから、たまたま聞こえないだけなんですよね。 自衛隊は国防を担う存在として演習をしているわけで、それは日本に住んでいる以上、本来はみんなに関わることです。でも普段の生活では、自衛隊の存在をほとんど意識せずに暮らしている人も多い。一方で、実際に砲弾の音を聞きながら生活している人たちもいる。 それを良いか悪いかという話ではなくて、そういう現実があることを、きちんと知ることが大事だと思っています。だからこそ、映画の中でも奈義町の日常としてきちんと撮る必要があると考えました。 劇中で聞こえる砲弾の音も、すべて実際に奈義町で録音したものをそのまま使っています。

【音の設計】自然の音が豊かだから、劇伴なしで成立した

映画 ナギダイアリー
© 2026 ナギダイアリー・パートナーズ (スターサンズ/八朔ラボ/ワンダーストラック) / Survivance / Momo Film Co.

Q. 劇中、彫刻を削る音がとても印象的に響いていました。 深田  彫刻の音は、すごく魅力的に響くだろうなと思っていたので、シーンを構成する段階から彫刻の音ありきで考えていました。 今回は録音や整音もかなり大変だったと思います。彫刻を彫りながら台詞を話すシーンが多いので、当然、彫刻の音と台詞のバランスがすごく重要になるんですね。アフレコはあまりせず、基本的には同録で撮っているので、録音部の方がとても丁寧に音を拾ってくれました。 そのうえで、サウンドディレクターのオリヴィエさんが、それぞれの音をすごくいいバランスに整えてくれたと思います。 今回は太鼓の音だったり、彫刻を削る音だったり、そもそも奈義町にいると鳥の声がたくさん聞こえたりと、自然の音がとても豊かなんです。そうした音が作品の中に十分にあったので、結果的に劇伴も音楽も使わずに成立させることができました。 その分、今回は音そのものが持つ力がとても重要だったなと思っています。

【『美しき諍い女』からの影響】高校3年生で受けた“刷り込み”

Q. ジャック・リヴェット監督の『美しき諍い女』(1991年)からの影響についてお聞かせください。 深田  『美しき諍い女』からの影響は、かなりあると思います。観たのは高校3年生の時だったんですけど、本当に面白かったですね。 画家がただエマニュエル・ベアールを描いているだけなのに、4時間まったく飽きない。そのことに本当に驚いたんです。 たぶんその時から、画家とモデルが向き合っている空間というのは、それだけですごく映画的になるんだという感覚が、自分の中に刷り込まれたんだと思います。 それ以来、自分の映画でも、絵を描く画家とモデルだったり、アーティストとモデルが向き合う場面をいくつか描いてきました。そういう意味では、『美しき諍い女』は自分にとって、とても大きな影響を受けた1本だと思っています。

【日めくりカレンダー】諸行無常を視覚的に表す小道具

Q. オープニングなど、日めくりカレンダーを捉えたショットが印象に残りました。あのカットには、時間の不可逆性を示す意図もあったのでしょうか。 深田  それは、いい線いっていますね。 日記形式そのものは、もともとエリック・ロメールがよく使っていた手法で、自分も『ほとりの朔子』で実際に取り入れています。すごく好きな形式のひとつなんです。 今回も、日記形式にしようということ自体はかなり早い段階で決めていました。ただ、普通に日記形式にするのは以前にもやっているので、「何か別の形はないかな」と考えた時に、日めくりカレンダーを思いついたんですね。 日めくりカレンダーなら、いろいろな場所で撮影できるし、町の人たちを撮影に巻き込むこともできる。そこも大きかったです。 それから、日めくりそのものが持つ面白さですよね。分かる人には分かると思うんですけど、『聖☆おにいさん』という漫画で、すごくうまく指摘されていたんです。ブッダが日めくりカレンダーを見て、「これはいわば諸行無常だ」と仏教的に解釈する場面があって。1日1日がめくられて、捨てられていく。その感覚は確かに諸行無常に通じるものがあるなと、妙に納得したんですね。 日めくりカレンダーって、時間がどんどん流れていって、前に進んで、もう戻ることができない。そのことを、とても視覚的に表している小道具だと思います。 そしてもうひとつ大事だったのが、これを「友梨の時間」や「寄子の時間」にはしたくなかったことです。この映画では、町全体の時間がどんどん進んでいき、更新されていくようなイメージにしたかった。 だから、日めくりカレンダーはいろいろな場所でめくっています。実際にあの場面に映っている手も、それぞれの場所に暮らしている人たちにめくってもらいました。

【雨の日のワンカット】洗濯物が隔てる“この世とあの世”——夢を現実と地続きに描いたワンカット

Q. 雨の日、寄子がある人物の幻影と出会う場面が印象的でした。このワンカットの演出意図をお聞かせください。 深田  あそこはいわば夢のシーンなんですけど、できるだけ現実と地続きの時間として描きたいと思っていました。そこはかなり意識したところです。 実は、地味に仕掛けの多いシーンでもあって。ひとつの夢の場面の中で雨が降り始めたり、幽霊が現れたりと、いろいろな要素が入っています。 自分でも手前味噌ながら、うまくいったなと思っているのが、寄子が昔好きだった友人・早苗と夢の中で再会する場面です。洗濯物を境目にして、ふたりが左右に分かれるような構図になっているんですね。 それが、言ってしまえば三途の川ではないですけど、この世とあの世を隔てる線のようにも見える。真ん中に洗濯物が入り、ふたりの間を遮るような画になっています。 撮影の四宮秀俊さんが、その構図をすごくうまく切り取ってくださって。自分としても、とても好きなシーンになっています。

【主題歌「路邊開花」】深田監督自身が作詞を担当

Q. 主題歌に「路邊開花(ローピン・クイフェ)」を採用された背景をお聞かせください。 深田  主題歌の「路邊開花」は、実は最初から映画の主題歌にしようと決めていたわけではないんです。 台湾は脚本の段階から大きなモチーフのひとつとして入っていて、台湾語も物語のキーになっていました。まず自分が日本語で詩を書いて、それを台湾の詩人の方に、いわば翻訳してもらう形で台湾語に置き換えてもらいました。さらに、そこに曲をつけてもらったという流れです。

【カメラ・オブスクラ】小道具に込めた『東京ノート』オマージュ

映画 ナギダイアリー
© 2026 ナギダイアリー・パートナーズ (スターサンズ/八朔ラボ/ワンダーストラック) / Survivance / Momo Film Co.

Q. 劇中に印象的にカメラ・オブスクラが登場しますが、この小道具を用いた背景と撮影でのこだわりをお聞かせください。 深田  カメラ・オブスクラを出そうというのは、かなり早い段階で決めていました。 もともと『東京ノート』には、学芸員がカメラ・オブスクラについて説明するシーンがあるんです。演劇では実物そのものは登場しないんですけど、今回は『東京ノート』から出発した作品でもあるので、そのリスペクトやオマージュとして、どこかで絶対に出したいと思っていました。 それに、自分自身もここ10年くらい、カメラ・オブスクラのワークショップをよくやっていたんですね。劇中のシーンも、普段やっているワークショップの雰囲気にかなり近いです。なので、「やっと映画の中に出すことができた」という感覚もありました。 実際にカメラ・オブスクラの中を覗いてみると、本当に映画館みたいだなと思うんです。小さな箱そのものが映画館のようで、その中に映し出される像がスクリーンのように見える。 その感覚を映画の中でもうまく表現できないかなと思っていて。映画館の中に、もうひとつ映画館があるような画を作りたいというイメージがありました。

▼取材・文:増田慎吾