2026年6月10日更新

是枝裕和監督に聞く生涯ベスト映画3選―悲しくなりたい時に観る1本とは?『箱の中の羊』公開記念

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2026年5月29日公開の映画『箱の中の羊』の公開を記念し、是枝裕和監督に“映画”をテーマとしたインタビューを実施。 今回の取材では、是枝監督が“生涯ベスト”として挙げた3本の映画を軸に、それぞれの作品に感じる魅力や、ご自身の映画観に与えた影響についてじっくりと語っていただきました。 さらに、幼少期にお母さまと観た洋画劇場の記憶、映画の原体験、現在の鑑賞習慣、劇場で選ぶ座席へのこだわり、そして注目している日本の監督たちについても深掘りしています。 是枝監督の原点とも言える“純度の高い映画”の選出から、創作のなかで幸せを感じる瞬間まで。映画作家としてのまなざしに迫ります。 ※インタビュー取材の模様を撮影した動画コンテンツをYouTubeのciatr/1Screenチャンネルで公開中!

映画『箱の中の羊』作品概要・あらすじ

『箱の中の羊』は、『そして父になる』(2013年)で審査員賞、『万引き家族』(2018年)で最高賞パルム・ドール、『ベイビー・ブローカー』(2022年)でエキュメニカル審査員賞、『怪物』(2023年)でクィア・パルム賞と脚本賞(坂元裕二)と、カンヌ国際映画祭で数々の栄誉を獲得し続けてきた是枝裕和監督の最新作です。 是枝監督オリジナル脚本としては『万引き家族』から8年ぶりとなり、第79回カンヌ国際映画祭コンペティション部門にも正式出品されました。物語は"少し先の未来"を舞台に、息子を亡くした夫婦が、亡き息子の姿をしたヒューマノイドを迎え入れることから動き出す家族の物語。 テクノロジーの進化のなかで揺れる夫婦と家族の輪郭を、深く静かにすくい上げる一作となっています。

映画『箱の中の羊』あらすじ

映画 箱の中の羊
©2026フジテレビジョン・ギャガ・東宝・AOI Pro.

遠くない未来。建築家の甲本音々(綾瀬はるか)と、工務店の二代目社長・健介(大悟)夫婦のもとに、亡き家族の姿をした最新型ヒューマノイドを無償レンタルするという「RE birth Ltd.」からの案内が届く。 2年前、ひとり息子の翔を7歳で失った2人。健介は「人の不幸につけこんで」と反発するが、音々は説明会で人間そっくりの機体に心を揺さぶられ、翔のデータでカスタムした翔(桒木里夢)を迎える。迷いなく「おかえり」と声をかける音々と、「いらっしゃい」としか言えない健介。 再び家族の時間が動き出すなか、AIで“翔”として成長する翔を健介は受け入れていく一方、音々は本物の息子とのズレに違和感を募らせていく。夫婦のあいだに静かに広がる波紋は、やがて予期せぬ事態へ。さらに翔も、ヒューマノイドの仲間たちと密かにつながり始める。

是枝裕和監督プロフィール

是枝裕和監督、「箱の中の羊」
©2026「箱の中の羊」製作委員会  

1962年6月6日、東京都生まれの映画監督。日常にひそむ小さな感情の揺れから、人間や家族の本質を描き出す作家で。食卓で交わされる何気ない会話、沈黙、視線、ためらいといった細部を丁寧に積み重ねることで、登場人物たちの関係性や社会の輪郭を静かに浮かび上がらせる。 テレビドキュメンタリーの現場で培った観察眼も大きな特徴。長編劇映画デビュー作『幻の光』では、喪失を抱えて生きる女性の心情を静謐な映像で描き、早くから国際的な注目を集めた。『誰も知らない』では柳楽優弥がカンヌ国際映画祭で男優賞を受賞し、『そして父になる』は同映画祭の審査員賞を獲得。『万引き家族』では最高賞パルム・ドールに輝いた。 作品に一貫するのは、観客に解釈を委ねる開かれた姿勢。確固たる答えを提示するのではなく、それぞれの受け止め方に開かれた余白が、観る者に新たな視点を与え、世界の見え方を広げていく。

『箱の中の羊』制作秘話はこちら

是枝裕和監督が選ぶ生涯ベスト映画3選

是枝裕和監督
©藤井保

Q. 是枝監督に、生涯ベスト映画を3本選出いただきました。まず1本目の作品についてご紹介をお願いいたします。 是枝監督 生涯ベスト映画3本なんてもう毎日変わってしまいます。この3本は、しばらく観ていなかったので、改めて観直そうと思っていた作品を選びました。

生涯ベスト映画①『夜の人々』(1948年)

1本目に選んだ『夜の人々』(1949)は、『明日に向って撃て!』などを青春時代に観ていた自分にとって、そのさらに先にある、原点中の原点のような作品です。 追い詰められていく人たちを描いた、すごく切ない話なのですが、映画としてはもっと純度が高い。悲しくなりたいときに観る映画です。 別に泣きたくて観るわけではない。泣きたくて観るわけではないけれど、時々ああいった映画を観ないといけないなと。

『夜の人々』作品概要

ニコラス・レイの初監督作となったアメリカ映画。英国では1948年、米国では1949年に公開された。エドワード・アンダーソンの小説『Thieves Like Us』を原作に、脱獄した若者ボウイと、彼を受け入れる娘キーチの逃避行を描く。 出演はファーリー・グレンジャー、キャシー・オドネルら。犯罪映画の枠組みを持ちながら、強盗のスリルよりも、社会からはみ出した若い男女の孤独、恐れ、束の間の愛に重心を置く。夜の闇や車での移動が逃避行の不安を際立たせる、繊細で叙情的なフィルム・ノワール。

生涯ベスト映画②『黄金』(1948年)

2本目は『黄金』(1948)です。 この作品に出てくる人間たちは、ものすごく醜い。目的のためなら、人間はここまで醜くなれるのかと思わされる。その人間の幅の描き方が、極まっている作品だと思います。 「ああいう人間描写ができる、大人の監督になりたい」と思っていました。もう十分いい大人になっているはずなのですが、今でも自分にとっては理想の1本です。

『黄金』作品概要

ジョン・ヒューストン監督、B・トレヴンの小説を原作とするアメリカ映画。職を求めてメキシコをさまようドブスとカーティンは、老探鉱者ハワードと金鉱探しに向かう。 山中で黄金を手にした彼らは、富への欲望と不信によって次第に追い詰められていく。ハンフリー・ボガートの緊迫した演技、ウォルター・ヒューストンの存在感、乾いたロケーションが、人間の弱さを鋭く浮かび上がらせる作品。

生涯ベスト映画②『穴』(1960年)

3本目は、ジャック・ベッケル監督の『穴』(1960)です。 最初はVHSか何かで観ていたのかもしれません。まだDVDではなかった。ただ、劇場で観たときに、音に圧倒されました。 穴を掘る音。もう、音だけの映画。ほとんどセリフがないような作品なのに、穴を掘っていく音だけで、こんなにもハラハラしたり、興奮したりするんだなと。 だから、自分にとっては究極の1本であり「いつか、あのような言葉に頼らない映画を作りたい」そう思わせてくれる1本です。

『穴』作品概要

1960年公開、ジャック・ベッケル監督によるフランス映画。ジョゼ・ジョヴァンニの小説を原作に、パリのラ・サンテ刑務所で脱獄を企てる囚人たちを描く。 新入りのガスパールは、ロラン、マニュ、ジョー、モンセニョールらが進める計画に加わり、床を掘り、壁を破り、地下通路へと進んでいく。 派手な音楽や説明を抑え、道具の音や沈黙で緊張を高める作風が特徴。出演はマルク・ミシェル、ジャン・ケロディ、フィリップ・ルロワ、ミシェル・コンスタンタン、レイモン・ムーニエら。実際の事件を思わせる硬質なリアリズムで、信頼と疑念が交錯する極限の人間関係を描いた、ベッケルの遺作。

【是枝監督作品への影響】ときどき触れなければ忘れてしまう、“映画を撮る”という感覚

映画 『箱の中の羊』
©2026フジテレビジョン・ギャガ・東宝・AOI Pro

Q. これらの作品をご自身の作品に参考にされることはあったのでしょうか? 是枝監督 僕がこれまで作ってきた映画とは違うかもしれません。『黄金』も『穴』も、直接参考にするような作品として、ベスト3に挙げているわけではないんです。 おそらく、自分にとっては映画の究極というか、純度の高いものなんだと思います。そういった作品に時々触れないと「映画を撮らなければいけないのだ」ということを忘れてしまう。

【映画の原体験】母と観た洋画劇場が、最初の映画の記憶

Q. 是枝監督と映画の原体験についてお聞かせください。 是枝監督 幼少期にテレビで観ていた洋画劇場が、おそらく映画を意識した最初の体験だったと思います。映画館に行く機会はなかなかなかったので、映画はテレビで観ていました。 母親が映画好きだったので、母と一緒に観ていた記憶が残っています。

猿の惑星
© 1967 Twentieth Century Fox Film Corporation and Apjac Productions, Inc. Renewed 1995 Twentieth Century Fox Film Corporation. A

Q. どういった作品を思い起こすことがありますか? 是枝監督 アルフレッド・ヒッチコックの『鳥』(1963)ですね。ただ、母親が意地悪で、わざと結末を言うんですよ。だから母と一緒に観るのは嫌だったんですけどね(笑)。 『鳥』は怖かったですし、ヒッチコック作品は結構観ていました。

ベン・ハー
(C) 1959 Turner Entertainment Co. All rights reserved.

あとは、小学校の高学年ぐらいになってから観た『猿の惑星』です。『猿の惑星』が好きだったので、シリーズは全部観ています。 子どもの頃は、チャールトン・ヘストンという役者が好きでした。テレビで『ベン・ハー』や『十戒』など、史劇や歴史劇をよく放送していて。『猿の惑星』もチャールトン・ヘストンですよね。小学生の頃は、そういった作品をよく観ていました。

Q. 映画が好きになるきっかけとなった作品や経緯があればお聞かせください。 是枝監督 中学に入った頃、ちょうどアメリカン・ニューシネマのブームが来ていました。部屋に『明日に向って撃て!』のポスターを貼ったりして。 ただ、そのぐらいの一般的な映画好きだったと思います。テレビドラマもずっと観ていましたし、映画も好きでした。 何がきっかけだったんでしょうね。この1本、という作品は子どもの頃にはないですね。自分の中で「この1本」と言えるような作品が出てくるのは、大学生になってからだと思います。 職業として映画や映像を選ぼうと思うきっかけになった作品はあるのですが、子どもの頃は純粋に映画を楽しんでいました。

【映画の鑑賞頻度と作品の傾向】アカデミー賞候補作と友人の作品を中心に、映画と向き合う時間をつくる

Q. 映画を観る頻度と、鑑賞作品の傾向をお聞かせください。 是枝監督 自分の映画の撮影に入ってしまうと、あまり人の映画を観なくなってしまう。物理的に時間がないということもあります。 そのため映画を撮っていない合間には、なるべく観るようにしています。ただ、本国のアカデミー賞の投票権があるので、その候補作品を観るだけで、結構いっぱいいっぱいという感じですね。 Q. 何本ぐらいご覧になるのですか? 是枝監督 実際の候補作品は、10本から15本ぐらいです。部門によって数が限られているので、そのぐらいです。ただ、候補作品を観ると、その監督や俳優の過去作を観る必要が出てくる。そういう形で広げながら観ることはあります。 あとは、友人の監督の作品は、なるべく劇場で観るようにしていますね。

【劇場での鑑賞習慣】ずっと変わらない、是枝監督にとって心地よい劇場の座席位置

Q. 劇場で鑑賞される際、座席のこだわりはありますか? 是枝監督 もちろん、目の前に通路があって、足を伸ばせる場所が空いていれば、そこを取ります。そうでなければ、正面からやや右寄りの通路側を選ぶことが多いですね。 Q. その席を選ばれるのには、どういった意図があるのでしょうか? 是枝監督 特別な意図はないです。ずっとそこなんです。その場所が好きなんですよね。少し右側から観るというのが、自分には馴染むというか、落ち着くので。

【注目している映画監督】岨手由貴子、濱口竜介、深田晃司ら、監督が注目する作り手たち

濱口竜介監督

Q. 最近注目されている監督についてお聞かせください。 是枝監督 たくさんいます。先日カンヌ国際映画祭に行って、今は本当に若手のすごい監督たちが、日本からもたくさん出てきていると感じています。岨手由貴子さん、濱口竜介さん、深田晃司さんの作品は、必ず観るようにしています。

映画「トロフィー」ポスター
©2026 K2Pictures

また、僕が運営している分福というグループの中からも、今年、来年と若手の監督たちが続々とデビューしていきます。その監督たちの作品にも注目していますし、彼らの存在から刺激をもらっています。

【映画監督として幸せを感じる瞬間】作品づくりの各段階で“想像以上”に出会うことが

映画「箱の中の羊」
©2026フジテレビジョン・ギャガ・東宝・AOI Pro.

Q. 是枝監督が、監督として一番幸せに感じる瞬間についてお聞かせください。 是枝監督 よいシーンが脚本で描けたとき。 そして、その脚本よりも面白い現場の演出ができたとき。 さらに、それ以上の編集ができたとき。 Q. 『箱の中の羊』でも、そういった瞬間はありましたか? 是枝監督 そういった瞬間は『箱の中の羊』でもたくさんありました。 ▼取材・文:増田慎吾