2022年10月14日更新

映画の「ポリコレ」は悪なのか?映画界のポリコレ的動きや炎上から考察してみる

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『ロード・オブ・ザ・リング: 力の指輪』
(c)Amazon Studios

近年よく目にするようになった「ポリコレ」というワード。特に映画をはじめとするエンタメに関係して使われることが多く、批判・炎上の原因となっていることもあります。 しかし果たして映画のポリコレ意識は「悪」なのでしょうか?それとも良いこと?多様性に富んだ映画が炎上しているのを見て、どちらが正しいのか、どう捉えれば良いのか、わからなくなっている方も多いはずです。 本記事では、ディズニーやアカデミー賞など映画界のポリコレ的動向と世間の反応をまとめ、そこからポリコレ映画の正体について考察してみたいと思います。

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ポリコレとは

ポリコレとは「ポリティカル・コレクトネス(political correctness)」の略で、直訳すると「政治的な正しさ」になります。 人種や性別、宗教などの違いから生じる差別・偏見を含む表現によって社会の特定のグループに不快感を与えないために、公正かつ中立な表現をしようという考え方、またそのための対策のことです。 日本の社会の中で用いられたものでいえば、クレヨンの「肌色」が「うすだいだい色」になったことや、看護婦を看護師と呼ぶようになったことなどが挙げられます。

炎上した映画・ドラマのポリコレと、世間の反応を紹介

①マーベル映画『エターナルズ』(2021年):多様性盛り込みすぎて不自然?

『エターナルズ』(2021年)
©︎ DISNEY/All Star Picture Library/Zeta Image

2020年公開のマーベル映画『エターナルズ』は、太古から人類を見守ってきた10人の守護者たちの活躍を、豪華キャストを迎えて描いたスーパーヒーロー映画。同名コミックを原作としています。 本作ではMCUで初めてゲイとして描かれたヒーロー、アジア系ヒーロー、メキシコ系女性ヒーロー、聴覚障害を持つヒーローなど、多様性豊かなヒーローたちが集結しました。マーベル・スタジオ社長のケイン・ファイギは、多様性豊かなチーム構成は「人類の縮図」を目標にしたと明かしています。 その点に関してSNSやレビューサイトでは、「多様性アピールが強すぎてつまらない」「ポリコレ意識しすぎて違和感」などの声が。しかし反対に「個性豊かなだけ」「色々なキャラクターがいるのがエターナルズだ」という声も多いです。 海外では主にゲイのキャラクターがMCUに登場したことに対して批判が多く、ポリコレというより同性愛嫌悪のアンチコメントが集まりました。

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②実写版『ピノキオ』(2022年):白人キャラに黒人がキャスティングされ炎上

シンシア・エリヴォ
© Adriana M. Barraza/WENN.com/zetaimage

イタリアの童話『ピノッキオの冒険』を原作としたディズニーのアニメ映画化『ピノキオ』(1940年)。それを80年越しに実写化した『ピノキオ』(2022年)は、名作映画『フォレスト・ガンプ/一期一会』(1994年)のロバート・ゼメキスが監督を務めたファンタジー映画です。 トム・ハンクス演じるゼペットじいさんの祈りを叶え、操り人形のピノキオに命を授けた妖精「ブルー・フェアリー」は、1940年のアニメ映画ではブロンドヘアで青い目をした白人女性でした。 ところが実写版でブルー・フェイアリー役にキャスティングされたのは黒人女性のシンシア・エリヴォ。SNSや予告編のコメント欄には「大好きなキャラクターがポリコレ版の別物になってがっかりした」「無意味なポリコレの押し付けにうんざり」などの意見が集まりました。 しかしもともと原作の童話『ピノッキオの冒険』のブルー・フェアリーはターコイズ(水色)の髪と黒い瞳の女性なので、「金髪碧眼の白人にしたのはディズニーである」と主張する声も多いです。

③アニメ映画『バズ・ライトイヤー』(2022年):女性同士のキスシーンに物議

『バズ・ライトイヤー』(2022年)バズ、アリーシャ
© DISNEY/All Star Picture Library/Zeta Image

ピクサーとディズニーが制作したアニメ映画『バズ・ライトイヤー』(2022年)は、「トイストーリー」シリーズのスピンオフで、シリーズに登場するバズ・ライトイヤーの過去を描いた作品です。 この作品ではメインキャラクターの女性がレズビアンで、女性同士でキスを交わすシーンが登場。その結果「人気シリーズなのに同性愛描写を入れる必要はあるのか」「子どもたちに悪影響だ」などの主張と批判が相次ぎました。 とはいえこのキャラクターはシリーズ初登場のキャラで、これまで親しまれてきたキャラを同性愛者設定に変えたわけではありません。また『トイ・ストーリー4』(2019年)にもレズビアンカップルは登場しています。

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④ドラマ『ロード・オブ・ザ・リング: 力の指輪』(2022年):黒人のエルフがいる!?

『ロード・オブ・ザ・リング: 力の指輪』
(c)Amazon Studios

J・R・R・トールキンの小説『指輪物語』を原作とした映画「ロード・オブ・ザ・リング」三部作と、『ホビットの冒険』を原作とした映画「ホビット」三部作。映画で描かれなかった過去を描くのが、Amazonプライム・ビデオオリジナルドラマ『ロード・オブ・ザ・リング:力の指輪』です。 本作には過去の映画では白人のみが演じていた「エルフ」という種族に、有色人種の俳優が演じるキャラクターが登場。SNSでは「ポリコレで原作の世界観を壊している」と映画・原作ファンの批判が相次ぎました。 しかし原作ではエルフの肌の色には言及されておらず、「北欧生まれ」「高貴で美しい容姿である」ということしかわかりません。映画の製作時はこれらの要素から白人を連想したのでしょう。 また厳密にいうと、ドラマに登場する有色人種のエルフは、映画に登場したエルフとは異なる「シルヴァン・エルフ」という部族です。原作には「シルヴァン・エルフは映画に登場したエルフの部族とは異なる見た目」であることが書かれています。 ちなみに2012年公開の映画『ホビット』の撮影時には、エキストラ出演希望者が肌の色を理由に落とされる出来事があり人種差別だと問題になりました。全く反対のことが起きているのは興味深いですよね。

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映画界の各方面に広がるポリコレを知っておこう

アカデミー賞

ポン・ジュノ監督『パラサイト 半地下の家族』アカデミー賞受賞
©︎ABC/Photofest/zetaimage

世界が注目する映画賞「アカデミー賞」を主催する映画芸術科学アカデミーは、2024年からの作品賞の選考に新たな基準を設けると発表しました。 その内容は「主要な役にアジア人や黒人、ヒスパニック系などの人種または民族的少数派の俳優を起用していること」や、「リーダーシップをとる製作スタッフのポジションに女性やLGBTQ、障がい者が就くこと」などといったものです。 かねてより白人主義的だと言われてきたアカデミー賞。2016年には2年連続で俳優部門ノミネートの20人全員が白人だったことで「#OscarsSoWhite(白人だらけのオスカー)」と批判が殺到しました。 今回のポリコレ的な選考基準の変更に対しても、世間からは「純粋な“映画の素晴らしさ”で選考するべきだ」「ポリコレ意識映画ばかりでつまらなくなりそう」といった声も出ています。 しかし近年の受賞内容を見てみると、アカデミー賞が数年前からすでに多様性を重視しはじめているのは明らか。一部の部門に新たな選考基準を設けることで、方向性をはっきり示す形となったのではないでしょうか。

Netflix

オレンジ・イズ・ニュー・ブラック
© Netflix

映画業界のなかでも早い時期から「ポリコレ的である」と言われていたのがNetflix。Netflixのオリジナルコンテンツの多くに、人種的マイノリティやセクシュアルマイノリティのキャラクターが登場します。 特に「LGBTQ+コンテンツ」は、2013年にオリジナルコンテンツを製作し始めた頃から積極的に製作・配信。またさまざまな国でオリジナルコンテンツを製作し、あらゆるバックグラウンドを持つ人々物語を全世界に向けて配信しているのも特徴的です。 「自分の人生が作品に反映されているとより多くの視聴者に感じてもらえるよう、Netflixは、あらゆるバックググラウンド・文化を持つ人々が、スクリーン上、また舞台裏で活躍する機会を創り出すことに努めています」と公式サイトで表明しており、今後も多様性豊かな作品を作りを続けていくよう。 「以前はドラマに同性愛者のキャラが登場するとビックリしたけど、最近は普通だと思うようになった」という方も多いのでは?Netflixはずっと“マイノリティが作品に登場するのも普通”という世の中を作ろうとしていたのかもしれません。

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ディズニー

『白雪姫』
© DISNEY/zetaimage

「ポリコレ炎上」の割合が一番高いのは恐らくディズニーです。ディズニーは最近、実写版『ピノキオ』の他にも往年の名作を続々と実写リメイクし始めています。 そのなかでも、『リトル・マーメイド』の人魚姫アリエルを黒人女優ハリー・ベイリーが演じ、『白雪姫』の主演はラテン系女優レイチェル・ゼグラーが演じるなどの動きが。どちらも公開前から批判が集まっています。 ディズニーのポリコレに批判が集まるのは、恐らくおなじみのキャラクターをガラリと変える形をとっているからです。新作ドラマの主人公が人種的マイノリティであるのとは話が別で、好きなキャラクターの見た目が変わるのは残念に思う方も多いでしょう。 そもそもディズニーのプリンセス・プリンスを思い返してみると、昔の作品は白人ばかりです。最近の実写リメイクは、ディズニーなりのアップデートなのかもしれません。

アメコミ

キャプテン・マーベル
©︎MARVEL STUDIOS

アップデートが続いているのがアメコミ。実写映画だけでなく原作コミックでも性的マイノリティや人種的マイノリティのキャラクターを増やし、その度に賛否両論となっています。 例えばDCコミックスでは、新スーパーマンのバイセクシャルかつ同性の恋人がいる設定に批判の声が。マーベルコミックでは、新登場した韓国人ヒーローが韓国の国旗をそのまま着たような見た目で、無理やり韓国人を登場させただけのようだと、こちらも賛否両論ありました。 とはいえコミックも映画も、多様性を取り入れたことがプラスにはたらいて成功した作品も多いです。

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ポリコレは悪?それとも正義?

『エターナルズ』(2021年)
©︎ DISNEY/All Star Picture Library/Zeta Image

映画のポリコレは悪ではないと思います。しかし全てが正義というわけでもないでしょう。映画における問題のあるポリコレと、観る側に求められることについて、ここまでの内容を踏まえて考察していきます。

【作る側】映画のポリコレの問題点

ポリコレの問題点は、エスカレートして「行き過ぎたポリコレ」になりかねないことです。政治的な正しさは曖昧で価値観もさまざま。ポリコレの概念を押し付けることは、表現の自由の制限や、多様な価値観を否定することに繋がります。 映画において問題のあるポリコレは、以下のようなものでしょう。 ①原作や既存の作品の設定を意味なく改変したもの ②物語の軸に関係のない主張が押し付けられるもの 映画のポリコレは、差別・偏見をなくす意図で計画されたものであるべきであり、多様性を無理やり押し付けたり、観る人の不寛容さを否定したりするものに関しては「悪」と言える場合もあるのではないでしょうか。

【観る側】「ポリコレ批判」は本当にポリコレを批判しているのだろうか

“ポリコレっぽいもの”があると批判される世の中になってきています。しかしその批判は本当にポリコレへの批判なのでしょうか。 例えば「同性カップルのキスシーンはやめろ」という意見は、観る側が同性カップルのキスシーンを見たくないというだけかもしれません。「同性愛者のキャラがいるとつまらない」と感じるのは、観る側の同性愛嫌悪であって、ポリコレに問題はないのではないでしょうか? 先ほど作る側の課題を述べましたが、観る側にもポリコレの概念について正しく理解し、映画を上手に観る技量が求められるのではないかと思います。また世界の多様性やマイノリティの現実について知ることで、ポリコレを意識した映画でも楽しんで見られるようになるかもしれません。

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批判を受けた作品側やキャストのコメントを紹介

ドラマ『ロード・オブ・ザ・リング:力の指輪』は公式に声明を発表

有色人種起用に対して差別的な内容を含む攻撃を受けたドラマ『ロード・オブ・ザ・リング:力の指輪』は、公式に「我々キャストは、絶対的な連帯で団結し、有色人種のキャストたちが日常的に受けている容赦ない人種差別、脅迫、ハラスメント、中傷に反対します。私たちは、これらを無視も容認もしません」との声明を発表。 続けて「J・R・R・トールキンは定義上、多文化的な世界を創出しました。異なる人種や文化を持つ自由な民衆が、悪の力を打ち負かすために、仲間として力を合わせる世界です。『力の指輪』はそれを反映した作品です」などとも述べられています。

アンジェリーナ・ジョリー/映画『エターナルズ』

アンジェリーナ・ジョリー
Rampelot/Newscom/Zeta Image

マーベル映画『エターナルズ』にゲイのキャラクターが登場してアンチコメントが殺到した件に関して、出演者のアンジェリーナ・ジョリーはnews.com.auのインタビューで「それについて腹を立てたり、脅迫したり、承認・評価しなかったりする人は、無知です」とコメントしました。

クリス・エヴァンス/アニメ映画『バス・ライトイヤー』

クリス・エヴァンス
WENN.com

映画『バズ・ライトイヤー』で主人公バズの声を担当したクリス・エヴァンスは、同性キスシーンへの批判があったことに対してロイター通信のインタビューで「真実は、そういう人たちはバカだということです」と痛烈な一言を放ちました。 また米Varietyのインタビューでは、制作過程で一度カットされたキスシーンが復活したことについて、「素晴らしいことだと思います」としたうえで「このことが話題になるのが悔しい気持ちもあります。これがニュースになっていることが。僕たちは、これが未知の領域ではなく普通のこととして受け入れられ、当たり前になることを目指しています」などとコメントしました。

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作家トム・テイラー/コミック『スーパーマン:ソン・オブ・カル=エル』

映画ではない番外編ですが、バイセクシャルの新スーパーマンを主人公としたDCコミックスの『スーパーマン:カル=エルの息子』を担当している作家トム・テイラーも、批判に対してコメントしています。 彼はBBCのインタビューで「批判よりも肯定的なコメントの方が多い」としたうえで、「このニュースを読んで泣き出したという人や、生きている間に自分たちのことがスーパーマンに出てくるとは想像していなかったという人たちがいる」と明かしました。 また「私たちは、このスーパーマンを見ることを願い……そして『このスーパーマンは私のようだ。このスーパーマンは私が悩んでいることと闘っている』と言う人たちのために描いてもいる」とコメントしています。

ポリコレについて理解を深めると、これからの映画をもっと楽しめるかも

映画のポリコレは炎上しがちですが、映画にポリコレを意識した要素が入ること自体は悪いことではないと思います。最大の問題は、作る側も観る側もまだまだ試行錯誤の段階であるということかもしれません。 また批判を受けた作品側やキャストは、批判に反論する姿勢を貫いていることが多いです。ポリコレ批判をする人は大勢ではあるものの一部に過ぎないということだと思います。 この機会にぜひポリコレについての理解を深め、映画をどう観るべきか考えてみてはいかがでしょうか。