アクトレス 女たちの舞台

アクトレス 女たちの舞台

Sils Maria
2014年製作 フランス 124分 2015年10月24日上映
rating 2.9 2.9
18 10

『アクトレス 女たちの舞台』のあらすじ

特急列車の廊下でマネージャーのヴァレンティン(クリステン・スチュワート)が携帯電話で女優、マリア・エンダース(ジュリエット・ビノシュ)のスケジュールを調整している。マリアは今、新人女優だった彼女を発掘してくれた劇作家、ヴィルヘルム・メルヒオールに代わり、彼の功績を称える賞を受け取るためチューリッヒに向かっている途中だ。ここ数年公の場に姿を見せていないメルヒオールは、前もって賞を受け取ることを拒否した上で、マリアに彼女を世に送り出した舞台「マローヤのヘビ」の題名の由来でもある景勝地、シルス・マリアまで来るよう指示してきたのだ。その時、メルヒオールが71歳で亡くなったという衝撃的な知らせが入る。 授賞式当夜、マリアが会場入りすると、壇上ではメルヒオール作品の常連俳優だったヘンリク・ヴァルト(ハンス・ツィジシュラー)が故人との思い出を語っている。そして、レセプションでマリアに面会を求めて来た人物がいた。新進演出家のクラウス(ラース・アイディンガー)だ。彼は「マローヤのヘビ」のリメイクにマリアの出演を熱望しているという。しかしマリアに求められた役柄はかつて演じた20歳の主人公、シグリッドではなく、シグリッドに翻弄され、自殺する40歳の会社経営者、ヘレナ役。シグリッド役には、ハリウッド映画で活躍する19歳の女優、ジョアン・エリス(クロエ・グレース・モレッツ)が決定していた…。

『アクトレス 女たちの舞台』のスタッフ・キャスト

『アクトレス 女たちの舞台』の感想・評価・ネタバレ

  • Kozai Szatosi
    Kozai Szatosi 4 7月1日

    壮年期の女優から期待の(?)新人スターへの世代交代、という、一見「イヴの総て」のような切なさを孕んだプロットである。しかし、アルプス広がるスイスの絶景の下での、秘書との劇中劇の台詞の応酬が、やがて主人公の立場とリンクしていくという対話が生み出すメタ構造を楽しむ映画でもある。 これより後の「パーソナル・ショッパー」と比較すると、多言語映画、スマホやタブレットの多用、映画内映画(ドキュメント)、メモ書きの受け渡し、重要な人物のプロット上からの唐突な「消失」など、演出=プロット面での相似点が非常に多く、朝安がいかに演出ありきでシナリオ執筆をしているかがわかる。音楽を用いて映画全体を三幕構成の演劇に仕立て上げるかのような、ある種の「パロディ」もユニークだ。 クリステン・スチュアートの横顔の線はしなやかで素晴らしいが、クロエ・モレッツの顔はとても見ていられない。なんであんなに流行ってるの?

  • えりこ
    えりこ 3 2016年5月29日

    あらら、この作品、評価が随分低いですね! 新旧の女優対決というのが大筋ですが、 そういう展開になるのは後半から。 ビノシュ、クリステン、クロエと、それぞれ好演してました!

  • s_p_n_minaco
    s_p_n_minaco 0 2016年2月14日

    「女たちの〜」とあるけど、実質ビノシュの独り舞台だった。三部構成の第一幕は今も生々しい過去の時代と同じつもりの大女優マリア、第二幕は役を受け入れるまでの葛藤、終幕で若手女優ジョアンとの対峙。それぞれのビノシュは見た目も別人のように変わる。若さの特権への執着、経年と変化への恐れ。舞台劇「マローヤの蛇」がマリアとジョアンに重層的に重なっていて、架空の芝居そのものを観た気になるほどきっちり作られてある。 実は個人秘書クリスティン・スチュワートがビノシュの鏡像であり一身一体(2人とも常に同じ煙草を手放さない)、彼女はマリアが認め難い真実を投げ返す。2人だけの山籠もりは修行だ。『クリード』で鏡に向かってシャドウボクシングするのと同じように、これは若手女優でなく自我と戦う「修行映画」だ。だから谷間に這う本物のマローヤの蛇を見て、裏も表もない無垢が迸る時、鏡像は姿を消す。そういう意味で最初から最後までビノシュの映画。なんだかんだいってもクロエちゃんは、あの舞台でビノシュに捻り潰されるだろう。 雄大なシルスマリアの山々と雲、クリスティンのデカパンも印象的。最後の落とし所はアサイヤス監督自身を思わせるし、2人の女優像に色々なモデルを想像させる。関連作としてベルイマンの『ペルソナ』が観たい。

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