エイミー・ワインハウス、27歳で急逝した女性歌手についておさえておきたい7つのこと

2017年7月6日更新

ソウルジャズ楽曲を独特なハスキーボイスに乗せて歌う、21世紀を代表する歌手とも謳われた一方で、その奇抜さや連日ゴシップ記事を賑わせていた歌手、エイミー・ワインハウス。19歳の鮮烈なデビューから若すぎた死、そして代表的な楽曲等をご紹介します。

エイミー・ワインハウスって?

エイミー・ワインハウス(本名:エイミー・ジェイド・ワインハウス)は、1983年9月14日にイギリスのロンドンで生まれたイギリス人シンガーソングライターです。

19歳でリリースした『フランク』(2003年)でデビューと同時に一気に注目を集め一躍トップスターとなり、エイミーは人生で5度のグラミー賞に輝きました。

1.エイミー・ワインハウスはデビュー前も逸話だらけ!

エイミーは、14歳の時に当時通っていた名門の演劇学校Sylvia Young Theatre Schoolを退学させられています。

しかも、その退学処分の理由が鼻へのピアスと体へタトゥーをいれたこと。

それだけでも周囲は驚くことですが、エイミーは退学処分を受けた後、簡単にブリット・スクール(The BRIT School for Performing Arts & Technology)に入学します。

この「ブリット・スクール」とは、授業料無料のいわばスター養成所で、スクール出身生にはアデルやレオナ・ルイスなどがおり、ヒットチャートを独占する大人気ミュージシャンを多く輩出していることでも有名です。

そこに退学処分を受けた若干14歳の少女が簡単に入学したのですから、若い頃から確かな音楽の才能が十分にあったということですね。

2.夫の影響でアルコール依存症に

エイミーは2007年にブレイク・フィールダー・シヴィルと結婚しましたが、彼は根っからの薬物及びアルコール中毒者でした。

エイミーはブレイクと出会う前まではドラッグなどからは距離を置いたクリーンな生活をしていましたが、ブレイクにヘロインや覚醒剤の世界へと誘われたことで薬物中毒への道を辿ることになります。

結局、エイミーとブレイクは2007年に薬物所持で逮捕、ブレイクは刑務所内で別の女性囚人と交際し、エイミーとは離婚しました。

エイミーはブレイクと離婚してからもブレイクのことが好きだったようで、離婚した悲しみを少しでも緩和するために過度なアルコール摂取に走ってしまったそうです。

3.リハビリ中に出した曲「rehab」が大ヒット!

デビューアルバム『フランク』(2003年)で一躍スターの座を射止めるも、薬物やアルコールのスキャンダルでキャリアが停滞していたエイミー。

しかし、軽快なテンポかつレトロさの漂う印象深いメロディに、自身のリハビリ施設での実体験の詩を乗せた『Rehab』(2006年)が高く評価され、楽曲が収録されているアルバム『Back To Black』(2006年)は全世界で1200万枚の売り上げを誇りました。

また、第50回グラミー賞では、最優秀楽曲賞、最優秀レコード賞、最優秀新人賞、最優秀女性ポップ・アルバム、最優秀女性・ポップ・パフォーマンスの5部門を受賞しました。

4.エイミー・ワインハウスの名曲

19歳にして力強い歌声が印象に残る1曲『Stronger Than Me』

エイミーが鮮烈なデビューを飾ったアルバム『フランク』(2003年)に収録れている楽曲、『Stronger Than Me』(2003年)は、オールドファッションでゆったりとしたテンポのジャズのメロディにエイミーの力強いハスキーな声が響く1曲です。

この曲は、自分よりもお酒が弱い彼氏を家まで送り届ける女性の胸中を歌った歌で、ミュージックビデオもユニークなものになっています。

『フランク』とは異なる等身大の自分を描いた『Back To Black』

重厚感のあるサウンド、"black"が歌詞に何度も登場するこの『Back To Black』(2006年)は、エイミーの2枚目のアルバム『Back To Black』(2006年)に収録されている楽曲です。

曲調や歌詞からも分かる通り重々しい雰囲気を持っているこの曲は、ミュージックビデオに至っても葬儀をテーマにし、徹底してダークさを表現しています。

この楽曲は、"black"をどう捉えるかが曲の解釈の鍵になり、そのまま「黒」や「闇」と捉えることも出来ますし、薬物の隠語が歌詞に出ているのではと指摘されている事から、"black"は「ドラッグ」のことを暗に指しているのでは、という解釈もされているそうです。

明るさと切なさが融合したナンバー『Tears Dry On Their Own』

先ほどの『Back To Black』と同じく、『Tears Dry On Their Own』(2006年)も2ndアルバムに収録されている楽曲です。

明るく横道なソウルジャズメロディに、愛する人と別れた切なさとそれを乗り越えて進んでいく気持ちを乗せた歌です。

2003年のデビューから9年にも満たないキャリアの中で発表したのはアルバム2作にシングルが8作です。今までエイミーの楽曲を聴いたことが無い方は、これを機に是非聴いてみてください。

5.エイミー・ワインハウスの死因はなんだったのか?

エイミーは2011年7月23日にロンドンの自宅で急死し、遺体で発見されました。

エイミーの検死は死後にすぐ行われましたが、その時点ではっきりとした原因はわからず、長らく正確な死因は不明なままでした。

しかし、2013年に改めて検死が行われ、正式にアルコール中毒による死亡だと断定されました。

元夫のブレイクに薬物・アルコール摂取の世界に誘われ、長きにわたってアルコール依存症を克服すべく治療はしていましたが、結局打ち勝つことができずにアルコール中毒で亡くなってしまいました。

彼女はロンドンにあるエッジウェアベリー墓地で眠っています。

6.ガガやアデルなどスターたちにも愛されていた

エイミーのその奇抜なファッションや出で立ちはよく注目されていましたが、雰囲気やスタイルが似ていたレディー・ガガは、デビュー当初によくエイミーと間違われていたそうです。

彼女は間違われることがすごく嫌だったそうですが、エイミーのことは心から偉大な歌手だと思っていたそうで、不遇の新人時代に勇気をくれた憧れの存在が強い個性を放ちながらも認められているエイミーの姿だったそうです。

そのため、ガガはエイミーが亡くなった直後、48時間は何も話すことが出来ない程のショックを受けたそうです。

ガガはエイミーが亡くなって間もなくして出演したテレビ番組で、

「私はエイミーの死から何を学ぼうか、と伝えるメディアをとても残念に思う。エイミーは自分の死を教訓にしてほしいとは思っていないと思う。それよりも、世の中が彼女に対して厳しすぎた。もっとエイミーに優しく接するべきだったことを学ぶべきだと思う。多くの人が彼女に対して辛辣な態度を取っていたけれど、私の知っているエイミーは愛らしくて優しい女性だった。」

と述べ、番組では追悼の意を込めて自身の楽曲『Yoü and I』(2011年)を披露しました。

また、ブリット・スクールの後輩にあたり、『007/スカイフォール』の主題歌『スカイフォール』(2012年)で第85回アカデミー賞歌曲賞受賞曲を受賞した人気歌手アデルは、

「エイミーがいなければ、そして彼女の楽曲『フランク』が無ければ、100%ギターは弾いていなかったし、『Daydreamer』(2008年)や『Hometown』(2008年)、ギターで作曲した『Someone Like You』(2011年)も書いていなかった。」

と述べています。

エイミーは21世紀を代表する歌手のひとりとも言われていますが、ただ人気歌手なだけでなく、多くの著名アーティストへも影響を与えていたのです。

7.2016年、ドキュメンタリー『AMY エイミー』が公開!

天才的な音楽の才能を評価されて人気歌手として成功した一方で、スキャンダラスで荒れた私生活を送り、タブロイド紙を賑わせ続けたエイミー。

そんな彼女のあまり知られていない素顔をプライベート映像も交えたドキュメンタリー映画『AMY エイミー』が2016年7月16日(土)に全国で公開されます。

この映画は第88回アカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞を受賞し、また、監督には『アイルトン・セナ 音速の彼方へ』(2010)で高い評価を受けたアシフ・カパディアを迎えています。

今は亡き歌姫の生前の生き生きとした姿を、劇場でご覧になってください。