佐村河内守の素顔に迫る問題作!ゴーストライター騒動の裏側とは

2017年7月6日更新

ゴーストライター騒動でまだ記憶に新しい佐村河内守の素顔に迫り、連日満員の大反響を呼んでいる映画『FAKE』。『A』、『A2』などのドキュメンタリー作品を手がける森達也が監督を務め、いま日本人が一番観るべき、そして考えるべき映画が誕生しました。

何が「FAKE」で何が「真実」だったのか

これまでに小人プロレスやオウム心理教、3.11に迫るドキュメンタリーを撮影してきた森達也が今回カメラを向けたのは、ゴーストライター騒動で2014年のメディアを賑わせた佐村河内守。

聴覚障害を持ちながら「交響曲第1番 HIROSHIMA」などの楽曲を発表し、現代のベートーベンとまで称されていましたが、音楽家の新垣隆が18年に渡りゴーストライターをしていたこと、楽譜が書けないこと、本当は耳が聞こえていることをメディアに告白。大きな波紋を呼びました。

佐村河内は騒動を謝罪したものの、新垣を名誉棄損で訴える可能性を示唆。そのまま表舞台から姿を消していましたが、今作でついにその沈黙が破られます。真実と虚構の境界を見極めるのはあなた自身です。

日本メディアの「FAKE」

カメラの視点を変えただけで人の感情さえ左右してしまうメディアの力。私たちは普段、自分の見たい物に目を向けることが出来ますが、メディアにおいてその矛先を決めるのは他者であることを忘れがちになっています。『FAKE』を観る前と後で、一連の騒動に対する印象が明らかに変わるのも良い例でしょう。

取捨選択しているつもりでも、裏側には他者が居る。今作はそのことを改めて認識できる良いチャンスであると同時に、ある種危険な作品になっています。映画内で流れる当時のニュース番組やバラエティを見て、ぞっとしてしまう人も少なくないでしょう。

必見なのが、海外記者による怒濤の質問シーン。日本との切り込み方の違いに圧倒されますが、ただ騒ぎ立てるだけの日本メディアに加担しているのも私たち視聴者なのです。

浮かび上がる「共犯関係」

 『FAKE』に気づかされるのが、様々な共犯関係。前述した"メディアと観客"の共犯関係もそうですが、当然、"佐村河内と新垣"の長年に渡る共犯関係にも切り込みます。

しかし、特にスポットが当たるのが"佐村河内と妻"の関係性です。騒動後も寄り添い続ける妻の姿に感情移入してしまう部分もあり、愛の映画と捉える人も居るようですが、疑惑の目も少なからず付いて回ります。「夫と新垣の関係性を知らなかったというのは本当か」「耳の聞こえている夫と口裏を合わせて手話をしているのではないか」と。

もちろん判断は観客に委ねられますが、それを提示しているのも森達也という他者の目線。ここに、"監督と観客"の共犯性、そして、"佐村河内夫妻と監督"の共犯関係も浮かび上がります。

ノンフィクションという「FAKE」

  ドキュメンタリーとして公開されている今作ですが、観ているうちにひとつの疑問が沸き上がって来るでしょう。「果たして、これは本当にノンフィクションなのか…?」

独特のキャラクター性を持った佐村河内が、次第に演出された役者のようにも見えてくるのです。客人が来るたびに出されるケーキや、佐村河内が大好きな豆乳さえも、計算された小道具に思えてきます。

次々に湧く疑惑、それに対しての否定、そこからさらに生まれる疑惑…と、観客がそれぞれ頭を巡らせる109分。監督自身"ドキュメンタリーは一種の嘘"と語っているので、余計受け身であることは許されません。

衝撃のラスト12分!あなたは何を信じるか

  今作を観る前に観客が一番感心を持っているのは、当時あやふやになって終わってしまった「本当に曲が作れるのか」、そして「本当は耳が聞こえているのでは無いか」という2つの疑問でしょう。

しかし、『FAKE』はそれらを単純に解き明かすために作られた謎解き映画ではありません。それだけでなく、メディアを糾弾するために作られた訳でも、佐村河内を救うために作られた訳でも無いのです。提示されるのは、「あなたは何を信じるか」というシンプルで残酷なメッセージ。

衝撃のラスト12分間に、あなたは何を感じるでしょうか。何よりも、自分の目で見て考えたい一作になっています。