武田鉄矢、ものまねされがちな金八先生俳優を紐解く10の事実

2017年7月6日更新

『金八先生』、『101回目のプロポーズ』の名ゼリフ、熱のこもった演技は印象的でついついマネしたくなりますよね。歌手としても俳優としても一流な武田鉄矢を知るための10の事実を紹介します。

1.デビュー作で日本アカデミー賞を受賞した武田鉄矢

武田鉄矢は1977年山田洋次監督の『幸福の黄色いハンカチ』で俳優デビューしました。恋人にフラれた男、恋人を同僚に奪われた女、北海道へ傷心旅行に訪れた2人が刑務所を出所してきた男と出会い北海道の美しい自然を背景に旅を続けます。

武田鉄矢は本作でさえない青年・花田欽也役を演じ、アカデミー賞助演男優賞を受賞。他にも最優秀作品賞、監督賞、高倉健と桃井かおりがそれぞれ最優秀主演男優賞、助演女優賞を受賞と、まさに日本映画の金字塔といえる作品です。売れない歌手に過ぎなかった武田鉄矢の運命を変える1本となりました。

2.映画『刑事物語』シリーズでは自ら考案した拳法も披露

『刑事物語』は1982年から1987年までの6年間に制作されたシリーズ作品で原作・脚本(第4作を除く)・主演を武田鉄矢が担当しています。作中ハンガーをヌンチャクのように振り回す「ハンガーヌンチャク」を披露して話題を集めましたが、これは武田自らが考案し数か月かけて完成させたものです。

本シリーズのマドンナ役には新人や注目の若手を起用していて、現在も活躍中の大物女優の初々しい姿を見ることができますよ。『刑事物語3潮騒の詩』の沢口靖子(デビュー作)、『刑事物語5やまびこの詩』では賀来千香子、鈴木保奈美(ともに映画デビュー作)。

ちなみに原作・脚本はペンネームの片山蒼名義。武田鉄矢は後年、機会があれば本作の主人公・片山をまた演じたいと話しています。

3.坂本龍馬を敬愛

武田鉄矢の“坂本龍馬好き”は有名で、その逸話は枚挙に暇がないほどです。

高校時代の愛読書「竜馬がゆく」の影響でバンド名に海援隊を起用、龍馬が亡くなった33才の時に海援隊を解散しています。高校卒業後は坂本龍馬の研究をするため龍馬の故郷である高知大学文理学科を現役・浪人2年連続で受験するも失敗。龍馬の墓が近くにあるという理由で京都の立命館大学を受験しましたがこちらもダメで入学できませんでした。

人気ドラマ『3年B組金八先生』の金八先生の名字は龍馬の姓から、娘の乙女という名は龍馬の姉から拝借したものです。龍馬から人生を学んだ武田鉄矢の書籍として「私塾・坂本竜馬」、漫画「お~い!竜馬」を発表しています。

4.音楽活動も俳優業と並行して行う

1972年海援隊デビュー翌年に発表した「母に捧げるバラード」がヒットし念願の紅白歌合戦に出場。トントン拍子に思えた音楽活動でしたが1977年『幸福の黄色いハンカチ』で俳優としての道を切り開くまではアルバイトでなんとか食いつなぐ日々でした。

1979年ドラマ『3年B組金八先生』の主役に抜擢され爆発的なヒットを記録。主題歌の「贈る言葉」は当時ミリオンセラーとなり40年近く経過した現在も卒業式の定番ソングとなっています。

武田鉄矢が歌手活動の傍らで俳優業を行うようになった1970年代には、ミュージシャンたるものテレビに出演拒否する方がかっこいいとする気風がありました。そんな中で役者仕事をしていた武田は時代の風を読むのが早かったともいえます。

芦田よしみとのデュエット曲「男と女のはしご酒」はオリコンチャート4位を記録しカラオケの定番ソングとなりました。1993年、10年ぶりに海援隊を再結成し福岡ドームで公演を行い活動再開しています。

5.劇場版ドラえもんのエンディングテーマの作詞を長年務める

原作者の藤子・F・不二雄を尊敬していたこともあり、劇場版『ドラえもん』第1作から第17作(第5作を除く)までのエンディングテーマの作詞を担当しそのうちの何曲かは自ら歌っています。

その信頼関係のベクトルは決して一方通行ではなく双方向であったことを物語る逸話があります。ある時ドラえもん制作スタッフがエンディングテーマの担当を変更する話を持ち掛けたところ、普段めったなことでは怒らない藤子・F・不二雄が激怒したとか。

以降テーマ曲の担当を変える話題は持ち上がらなくなったそうです。1996年映画版『ドラえもん』第18作執筆中に藤子・F・不二雄死去。武田鉄矢は故人の死を悼み、第17作をもって主題歌制作から離れることにしたのです。

6.『101回目のプロポーズ』は社会現象にまで発展

1991年フジテレビ系「月9」枠、武田鉄矢・浅野温子のW主演で放送されたドラマ『101回目のプロポーズ』。当初は美女と野獣の組合せに否定的な見方も多かったのですが、主演2人のくど過ぎる演技が話題となり最終回には視聴率36.7%をマークするヒット作となりました。

本作の名ゼリフ「ボクは死にましぇん、あなたが好きだから!」はその年の流行語大賞に選ばれるほど多用され、20年以上が経過した今でも耳にすることがあるフレーズです。

ドラマのヒットは最早社会現象といえる勢いでCHAGE&ASKAが歌う主題歌の「SAY YES」は282.2万枚のセールスを記録、武田鉄矢がフラれる予定であったエンディングもファンからの要望が殺到しハッピーエンドに書き変えられたとか。バラエティ、ドラマ、アニメに至るまでパロディ化され、中国、韓国でドラマ化、映画、舞台と幅広く親しまる作品となりました。

7.『3年B組金八先生』が自身一番の当たり役に

1979年にスタートした『3年B組金八先生』は2011年まで32年間断続的に放送され、武田鉄矢一番の当たり役であることはもちろんのこと、ライフワークとも言えるシリーズになりました。

主人公の中学校教師・坂本金八は福岡県福岡市出身の1950年生まれ、尊敬する人物は坂本龍馬と武田本人を彷彿とさせるキャラクターとなっています。ちなみに武田は坂本金八の卒業校である福岡教育大学を中退していたのですが、『金八先生シリーズ』の活動が評価され2008年国立学校法人理事会より名誉学士号を授与されています。

卒業式の回はシリーズ恒例の名場面なのですが、台本は武田のセリフ部分のみ空白になっていて武田鉄矢本人が考え自らの言葉で語りかけることにしていたそうです。シリーズ終了までに総勢265名の生徒を送り出し、金八の定年には175人の生徒が駆けつけました。

8.NHK大河ドラマに何度も出演

NHK大河ドラマに初めて出演したのは1983年放送の『徳川家康』における豊臣秀吉役、『3年B組金八先生』『徳川家康』の脚本を書いた小山内美江子のたっての願いで実現しました。1991年放送された『太平記』では主人公・足利尊氏の盟友でありライバルでもある楠木正成を好演。

2006年『功名が辻』では主人公・山内一豊の家来・五藤吉兵衛役に指名されましたが、山内家は尊敬する坂本龍馬の敵方に当たるためいったん断るという顛末がありました。結局は土佐(高知)入りする前に亡くなる役だということで納得し役を受けることになったのですが。

2010年放送の『龍馬伝』では勝海舟役を担当。敬愛する龍馬を主人公としたドラマで師匠役を演じることになりました。満足のいく役どころであったようでのちに「俳優業の集大成」、「先生冥利に尽きる」とコメントしています。

9.大阪弁が嫌い

大阪嫌いは母親譲りで現在でも大阪弁が嫌いであることを公言しています。きっかけはフランスのパリを旅行で訪れた時のこと。エッフェル塔の展望台からの風景を堪能していたところに大阪弁を話す観光客が現れ雰囲気が台無しになってしまったとか。

大阪人のことを他人に頼ってばかりで主体性がない、信用できない、すぐに人を騙すとコケ下ろし大阪出身の笑福亭鶴瓶とやり合っていますが、2人のやり取りを「芸能人の営業」とも表現しており真実のほどは定かではありません。

実際、仕事としてなら『白夜行』の大阪府警の笹垣刑事役や『JIN‐仁‐』の緒方洪庵役と関西弁を話す役も問題なくこなしています。

10.ものまねされがちな武田鉄矢

独特の演技、口調からものまねされる機会の多い武田鉄矢。ものまねされることについてこのように語っています。

“やっぱり最初は「からかわれてるな」という意識はありましたよ。でも「あなたのことが好きだから」と言われるとね。自分に興味があってまねてくれているんだから、悪意丸出しじゃなければ大目に見ることにしてます。”
引用:getnews.jp

笑いをとるためには大胆にデファルメしていることも多く、馬鹿にしているナメていると不快感を露わにする人も少なくありません。ものまねする側も怒られて当然、申し訳ないと思いながらプロとして演じているとか。立場の違う者同士リスペクトできる部分があったら許せるのかもしれませんね。