2017年10月31日更新

ジャッキー・チェンについてあまり知られていない20の真実

ジャッキー・チェン
WENN.com

香港出身の大スター、ジャッキー・チェン。世界的に超有名な彼には、まだまだあまり知られていないトリビアが多く隠されていました。

1.オーストラリアで”ジャッキー”と呼ばれるようになった

ジャッキー・チェンの本名は、陳港生(チャン・ゴンサン)ですが、オーストラリアのキャンベラで建築作業員として働いていたときから”ジャッキー”と呼ばれるようになりました。 ちなみに、英語では彼の名前を”ジャッキー・チャン”と発音しますが、日本では「〜ちゃん」のような愛称と間違えないために、現在の発音が定着したようです。

2.父親は中国のスパイ!?

ジャッキーの父、チャールズ・チャンは中国政府のスパイとして働いていました。彼は任務の間に、ステージ・パフォーマーでアヘンの売人であったリーリーという女性を逮捕しました。後にチャールズ・チャンはリーリーと結婚し、1954年4月7日にジャッキーが誕生します。

3.予定日より大幅に遅れて誕生!?

ジャッキーは予定日より大幅に遅れて誕生し、母親のおなかのなかで12ヶ月過ごしたと言われています。そのため、母リーリーは幼少期のジャッキーのことを「砲丸」と呼んでいたそうです。

4.8つの言語に堪能

ジャッキー・チェンはマルチリンガルで、話せる言語はなんと8つもあるんだとか。広東語、北京語、英語、ドイツ語、韓国語、日本語、タイ語、そしてアメリカ手話に堪能らしいです。

5.あの大スターの映画でキャリアをスタート!

ジャッキー・チェンは、ブルース・リーの主演作品で俳優としてのキャリアをはじめました。1972年の『ドラゴン 怒りの鉄拳』や1972年の『燃えよドラゴン』に出演しています。

6.歌手としても大活躍!

ジャッキーは寄宿学校で厳しい少年時代を過ごしたときに、本格的なヴォーカル・レッスンも受けており、今までに歌手として20枚のアルバムをリリースしています。

映画『ムーラン』より「闘志を燃やせ(広東語)」

1980年の主演映画『ヤング・マスター 師弟出馬』では主題歌も担当しており、ディズニー映画『ムーラン』の中国版では「闘志を燃やせ(原題:I’ll Make a Man Out of You)」を歌っています。

7.銃を持っていた時期もあった!?

1980年代から90年代まで、ジャッキーは自分と周囲のパフォーマーを中国の秘密結社から守るために、常に複数の銃と手榴弾まで携帯していたそうです。

8.保険には入っていない

ジャッキーと彼のスタント・チームは、危険なアクションを数多くこなすにも関わらず、保険に入っていないそうです。そのため、怪我などの場合にはジャッキー自ら全員の治療費を出しています。

9.ジャッキーの体は傷だらけ!

すべてのアクションを自分でこなすジャッキーは、全身怪我の跡だらけです。頭の怪我は数え切れず、鼻の骨を3回折り、膝もなんども怪我をしているため、走るシーンではスタントマンを使っています。 他にもすべての指、足首、首を骨折し、太ももを車2台に挟まれ、骨盤、肩、胸骨の脱臼を経験しています。ジャッキーは、自らスタントをこなすだけでなく、怪我をしたままアクションシーンを演じることでも知られています。

10.こんなシーンまで実際にやった

1987年の映画『サンダーアーム/龍兄虎弟』で冒険家を演じたジャッキーは、飛行機から気球に飛び移るというシーンを実際に演じています。

11.驚異の技の持ち主!

自身が主演した香港映画の英語吹き替えは、ジャッキー本人が担当しています。

12.自らの主演映画の吹き替えもこなす

自身が主演した香港映画の英語吹き替えは、ジャッキー本人が担当しています。

13.映画では日本車を多く使っている

ジャッキーは映画製作の際、日本の三菱自動車工業の協力を受けています。『スパルタンX』ではデリカ、『ファースト・ミッション』では、ミラージュ、『ポリス・ストーリー/香港国際警察』ではコルディオやシャリオなどを使用しました。 特にミラージュ、ランサー、パジェロの使用が多く、三菱の他にもホンダやニッサン車を使用することもあるそうです。

14.こんな動物に曲芸を仕込むこともできる

ジャッキーは魚を訓練することに成功しています。彼は、ナマズに広東語と英語で曲芸を仕込みました。

15.ハリウッド出演作は好きじゃない?

『ラッシュ・アワー』シリーズなどでハリウッドでも活躍しているジャッキー・チェンですが、アメリカのユーモアは理解できないと語っており、ハリウッドで仕事をするのはあまり好きではないそうです。

16.息子に財産は与えない!

ジャッキー・チェンは、2015年に米フォーブス誌の高額俳優ランキングで2位にランクインしましたが、自身の約1,320億円と言われる財産を息子に与えることはない言っています。

「もし彼にその能力があれば、自分で財産を築くことができるでしょう。そうでなければ、私の財産を食いつぶすだけです」

2011年には自分の財産は、すべて不幸な人々のために使うと発言しました。

17.スタントマンの組合を設立

撮影中に怪我をすることの多かったジャッキー・チェンは、キャリアの早い段階から信頼の置ける腕のいいスタントマンを集めて組合”シング・カー・パン”を作りました。メンバーにはジャッキーの寄宿学校からの友人もおり、今までに28本のジャッキーの映画で活躍しています。

18.飛び出た骨を戻そうとしたが…

ジャッキー・チェンは一度、ケンカの後2日間、自分の拳から飛び散った骨を戻そうとしていましたが、しばらくしてそれは彼の骨ではなく、別人の歯であることに気づきました。

19.意外なアクションシーンで死にかけた!?

多くの危険なアクションをこなしてきたジャッキーですが、失敗して死にかけたのは意外にも簡単なアクションシーンでした。 1986年にユーゴスラビアで『サンダーアーム/龍兄虎弟』の撮影をしていたジャッキーは、自差ボケのなか壁から木に飛び移るシーンを演じていました。1度目は成功したものの納得がいかず、2度目に挑んだところジャンプが短すぎたため木を掴むことができず、石の上に落下。折れた頭蓋骨が脳に刺さり耳から出血してしまいました。 この事故でジャッキーは左耳の聴覚を失い、頭蓋骨に空いた穴はプラスチックの板で塞いであるそうです。

20.ギネス記録保持者!

2012年の映画『ライジング・ドラゴン』で、ジャッキーは「最も多くのスタントを行った存命中の俳優」の記録を達成。また同作でプロデュース、出演、武術指導、大道具、照明など15の役割を兼任し「一本の映画製作で最も多くの役割を兼ねる映画人」の記録も更新しました。 完璧主義者のジャッキー・チェンは「なんでも自分の思い通りでないと気が済まない」と語っており、他の俳優のアクションに満足がいかないときは、自らスタントを買って出ることもあるそうです。 その他にも、1982年に製作された『ドラゴン・ロード』では納得のいくシーンが撮れるまで徹底的にこだわったため、「使用しなかったNGフィルムが世界一の映画」の記録も持っています。