安岡力也、男気あふれる伝説の男に迫る!

2017年7月6日更新

安岡力也は、お笑いの「ホタテマン」としてタレント活動をしていただけではなく、俳優、ヴォーカリスト、キックボクサーと広く活躍をしてきました。そんな強面でありながらも、お茶目な一面もある安岡力也とはどのような俳優であったのかご紹介します。

伝説の個性派俳優・安岡力也のプロフィール

安岡力也

安岡力也は、1947年7月19日イタリア・ジェノヴァ生まれです。祖父はシチリアンマフィアで、父はイタリア人、母は日本人。その血筋から、身長187cmに体重108kgと体格に恵まれました。

2012年4月8日に64歳で亡くなるまで強烈な存在感で多くのファンを魅了。「ホタテマン」キャラクターで人気と笑いを得たタレント活動だけではなく、その才能は多岐に渡り、俳優、ヴォーカリスト、キックボクサーとマルチに活躍をしてきました。

安岡力也特集上映チラシ

2012年7月28日〜9月28日には、東京にある映画館のラピュタ阿佐ヶ谷で、『強面・純情・ロケンロー!力也FOREVER!!』を開催。安岡力也にスポットを当てた特集上映が催され、故人を惜しむファンで賑わいました。

安岡力也とはどのような俳優だったのでしょうか。彼が出演した映画とともにご紹介します。

安岡力也の映画デビュー作『自転車泥棒』

自転車泥棒

安岡力也は、1964年に東宝が公開した『自転車泥棒』で映画デビュー。日本脱出を夢見る混血孤児たちのリーダーとなる、主人公の酋長役を務めました。

この作品には、ハツコ役にデビイ・シエス(真理アンヌ)、ゼニガメ役に上岡肇(ケン・サンダース)、コムギ役に森田則之(パット・モリタ)、東北弁役に城アキラ(ジョー山中)などが出演。演技経験の少ない、または皆無だった若者が多数起用され、安岡以外にも多くの俳優たちにとってデビュー作となった記念碑的作品です。

「シャープ・ホークス」でミュージシャンとしてもデビュー

シャープ・ホークス

安岡力也は、映画デビューに引き続き、グループサウンズの「シャープ・ホークス」にヴォーカルとして参加します。1966年には『ついておいで』でレコードデビューしました。その他、『遠い渚』『海に帰ろう』などの楽曲を発表しています。

また、ミュージシャン活動と並行して、ヘビー級とミドル級でキックボクサーとして4試合を行い、3勝1敗の成績を残したそうです。

1969年に「シャープ・ホークス」解散後は、俳優活動に専念。東映の俳優・若山富三郎の派閥に属して、山城新伍の弟分を務めていたようです。

梅宮辰夫を兄貴と慕っていた安岡力也

不良番長

安岡力也は、傷害事件を起したことで一時芸能界から干されていましたが、梅宮辰夫の尽力もあって、東映の人気「不良番長シリーズ」で芸能界に復帰を果たします。1970年に、シリーズ第8作『不良番長 出たとこ勝負』で、アパッチ役を務めました。

物語は、暴力団の大滝組による圧迫と街の浄化運動を受け、神坂弘たちカポネ団が東京から福島にやって来ることから始まります。彼らは、アメリカ財閥を騙って商売と美女狩りをしよう計画するものの、最後の詰めで失敗し、やがて大滝に追い詰められます。

安岡力也は、仕事のなかった頃に助けてくれた梅宮辰夫の男気に惚れ、兄貴として慕っていたそうです。

『ボディガード牙』など格闘技映画に多数出演!

ボディーガード牙

安岡力也は、1973年に公開された千葉真一主演作品『ボディガード牙』で、ドウベ役を務めます。

物語の主人公、空手の達人の牙直人は、アメリカで空手の武者修行をして全身が凶器のような「神の手」と噂されていました。帰国後は、私設用心棒の「ゴッドハンド機関」というボディガード会社をオープン。ある日、牙の元に謎の美女の美輪伶子から最初の仕事依頼を受けます。伶子を狙う麻薬密売組織と対決することになり、牙の破壊力抜群の空手と頭脳で敵に立ち向かいます。

安岡力也は、キックボクサーの経験と体格の良さで、千葉真一や志穂美悦子主演の格闘技映画に次々と出演していくことになります。

映画『少林寺拳法』出演がきっかけで、少林寺拳法の有段者に!

1975年に公開された千葉真一主演作品『少林寺拳法』にも、竹原役で出演しています。

中国で武術を学んでいた宗道臣は、日中戦争の日本軍の特務機関で諜報員として活動するも、戦勝国の横暴な輩に我慢できず、正義の鉄拳を下して帰国をします。やがて、大阪府の阿倍野で浮浪児たちと共同生活を送っていましたが、闇市を取り仕切る赤松組が、子どもたちに手を出したことに激怒した道臣は、赤松組事務所にのり込み大暴れをします…。

安岡力也は、この出演をきっかけに、少林寺拳法の稽古を始めて黒帯五段を允許されたそうです。実際、格闘家しても本当に強いのですね。

アメリカ映画にも出演している安岡力也!

1989年に公開されたアメリカのB級コミカルホラー『悪魔の毒々モンスター 東京へ行く』(シリーズ第2作)に、ビックマック役で出演をしています。

悪魔の毒々モンスターと呼ばれたメルビンは、ニュージャージー州トロマヴィル町で平穏な日々を過ごしていましたが、悪徳企業アポカリプス社の精神分析医に騙されしまい、日本に住んでいるというメルビンの父親ビックマックに会いに出掛けます。その隙に、トロマヴィル町の住人は洗脳されてアポカリプスの支配下に置かれてしまいます。

日本パートは実際に東京でロケが行われ、安岡力也の他にも、関根勤、漫画家の永井豪、大島蓉子らが出演しています。

盟友だった松田優作の遺作になった『ブラック・レイン』にも出演!

1989年に公開されたリドリー・スコット監督作品『ブラック・レイン』に、安岡力也は菅井国雄の用心棒役で出演をしています。

マフィアのボス襲撃事件で、ニューヨーク市警のニックとチャーリーは佐藤という男を逮捕し、彼を護送する為に日本へと向かいますが…。安岡力也の他にも、高倉健、松田優作、若山富三郎、ガッツ石松、内田裕也など、豪華な日本人キャストでも話題を集めた作品です。撮影時すでに癌を発病していた松田優作の劇場映画遺作となりました。

松田優作は、盟友であった安岡力也だけには病気のことを告白していたそう。松田優作の葬儀で、安岡力也は「どっちが喧嘩強いんだろう、なんて話してた」と気丈に思い出を語りつつ、「あいつとは喧嘩も、もう出来ないんだよ…喧嘩も出来ねぇんだ…」と嗚咽を漏らしたといいます。

安岡力也といえば「ホタテマン」!

ホタテマン

1982年に、フジテレビのバラエティ番組『オレたちひょうきん族』の「タケちゃんマン」のコーナーで、「ホラ貝」のことを「ホタテ貝」と言い間違えたことをきっかけに、それ以後「ホタテマン」として大人気になりました。

上下関係には厳しい安岡力也でしたが、強面の風貌に似合わず、冗談にも理解があったようでバラエティ番組などでは絶妙なイジられ役で人気を博しました。

また人気の『どっきりカメラ』では、俳優デビュー時代の東映でお世話になった若山富三郎と山城新伍に仕掛けられ、タジタジになってビビってる様子が話題になりました。

安岡力也の死因は?

安岡力也&安岡力斗

2006年6月に運動神経に障害が起きる難病のギラン・バレー症候群を発症した安岡力也。2010年には、胆のう胞、肝細胞がん、C型肝硬変を発症し、息子の安岡力斗から提供された肝臓の移植手術を受けました。

しかし2012年に容態が急変し、同年4月8日午前6時に都内の病院で心不全の為、64歳で死去しました。

息子の学校行事にもよく参加して、子煩悩であった安岡力也。妻とは女性問題で離婚したものの男手1人で愛する息子を育て上げました。

一人息子・安岡力斗も芸能界で活動

一人息子の安岡力斗は、1986年3月2日に東京都生まれ。父親譲りの体格で、特技もプロレスや水泳、登山などをたしなみます。

2014年には、亡き父親との思い出を綴った書籍『ホタテのお父さん』を出版。独自のショートドラマを発表するなど芸能界での活躍も期待されています。安岡力也のような男の伝説を見せることができるのか。注目をしていきたいですね。