2017年7月6日更新

勝新太郎、多くの伝説を残しながら愛され続けた俳優を紹介!

勝新太郎 座頭市

勝新太郎が演じた「座頭市」というキャラクターは、海外ではゴジラと並んで有名だと言われています。中南米のキューバでは、勝新太郎は国民的大スター。あのカストロ議長も座頭市ファンだそうです。そんな伝説的な勝新太郎の映画や出来事をご紹介します。

中村玉緒から愛された男・勝新太郎

勝新太郎といえば、「座頭市」。主人公「市」は、「ゴジラ」と双璧をなす日本が世界を代表するキャラクターです。

彼を愛したファンには、ブルース・リーや、キューバのカストロ議長、映画監督のクエンティン・タランティーノなど、枚挙にいとまがありません。

俳優の勝新太郎といえば、竹を割ったような性格。豪快で気っぷの良さは芸能界一であったとも言われ、その数々の伝説を持っています。一方で、1990年ホノルル空港で薬物所持の容疑で現行犯逮捕されました。その時の記者会見では、「もうパンツははかない」という名言が飛び出すなど、事件や問題行動も多くありました。

1965年、婚姻から3年目の中村玉緒と勝新太郎のツーショット

勝新太郎の「パンツ事件」以後、妻である中村玉緒の出演する作品や番組も無くなってしまいます。しかし、そんな中村玉緒に出演の声をかけたのは明石家さんまでした。

明石家さんまのトーク番組「さんまのまんま」に、出演する機会をつくります。明るく天然のキャラクターが視聴者に受け入れられ、やがて「さんまのからくりTV」で大ブレイク。

中村玉緒は、明石家さんまに感謝したのは言うまでありませんが、そのことを1番喜んでいたのは勝でした。

1996年、下咽頭癌の入院中には、病室で中村玉緒と二人で彼女がで出演したバラエティ番組を観るのをとても楽しみにしていたそうです。

様々な困難があっても勝新太郎と中村玉緒は生涯のオシドリ夫婦

生前中村玉緒に「中村玉緒は勝新太郎なしでも存在し得るが、勝新太郎は中村玉緒なしでは存在し得なかった」と伝えていたそうです。

1997年6月21日、咽頭癌でこの世を去りましたが、中村玉緒は生まれ変わっても、またおとうちゃんと一緒になりたいと語りました。

そんな勝新太郎の俳優として活躍した、あまり語られることのない出演作品を中心に、スポットを当ててご紹介します。

伝説の勝新太郎が俳優になったきっかけは伝説のディーン?!

勝新太郎は、長唄三味線の杵屋勝東治と、妻八重子の次男として、1931年11月29日母方の実家のある千葉県で生まれます。 生家は東京市深川区(現・東京都江東区)で、2歳上の兄の若山富三郎も俳優として活躍しました。

10代頃から長唄と三味線の師匠として、深川芸者に稽古をつけるほどの腕前でした。長唄の名取は二代目 杵屋勝丸と名乗っていました。

1954年に、日本伝統芸能の普及の為、アメリカ巡業へ出向きます。その折に立ち寄ったワーナー・ブラザース撮影所で、俳優として本格的に売り出すことを約束されていた、ジェームズ・ディーンと出会います。

ジェームス・ディーンが初主演した名作『エデンの東』(1955)

この物語は、農場経営をするトラスクー家には、父親のお気に入りの兄アロンは生真面目な性格、弟キャルは気難しい性格で荒くれ者。キャルは父親に疎まれ、やることすべてが裏目に出てしまい上手くいきません。そんなキャルに優しくするのはアロンの婚約者エイブラだけでした…。

旧約聖書のカインとアベルの物語をベースに描かれ、戦後アメリカ映画の名作に挙げられる作品です。

勝新太郎が出会った当時のジェームス・ディーンは、ニュースターとして売り出し直前。同じ歳のジェームス・ディーンに感化され、長唄では終りたくないと俳優になることを決意。1954年に大映所属の俳優としてデビューします。

一方その時に出会ったジェームス・ディーンは、1955年9月30日に自動車事故で24歳の若さで死亡してしまいます。

ジェームス・ディーンは、初主演映画『エデンの東』でアカデミー主演男優賞にノミネートされました。彼の死後、『理由なき反抗』、『ジャイアンツ』の2作品が公開され、死後にも関わらずアカデミー主演男優賞にノミネートされました。

日本とアメリカ両国の伝説的俳優の勝新太郎と、ジェームス・ディーンが出会っていたことは偶然とはいえ、運命を感じますね。

勝新映画ベスト3!観るならこの伝説シリーズ

ベスト3:勝新太郎が地で演じた大宮役「兵隊やくざ」シリーズ

1965年に、勝新太郎の主演作品『兵隊やくざ』が公開され、この作品がヒットすると、第9作『新兵隊やくざ 火線』までシリーズが続きました。

原作は直木賞作家の有馬頼義が書いた『貴三郎一代』。この物語は、昭和18年にソ連の国境附近にある関東軍兵舎に、元やくざの用心棒で暴れ者の大宮貴三郎が入隊をしてきます。早々に大宮は、浴場で部隊の兵隊たちと大喧嘩で、十数人をやっつけてしまいます。

インテリ上等兵の有田は、指導係を任されますが規律に縛られない自由奔放な大宮に頭を抱えつつも、やがて2人は奇妙な友情と、男としてお互いに惹かれ合っていきます。

勝新太郎と田村高廣は、もはやBLな関係?『兵隊やくざ 大脱走』

勝新太郎が演じた大宮貴三郎と田村高廣が演じた有田上等兵は、シリーズ全体を通して離れたりくっ付いたりと、まるで2人はボーイズラブのような関係。

二枚目俳優で「板妻」と呼ばれた俳優の坂東妻三郎の長男・田村高廣は、この作品で1966年にブルーリボン賞で最優秀助演男優賞を受賞しています。

ベスト2:中村玉緒も出演!勝新太郎が河内弁を捲し立てる「悪名」シリーズ

1960年に、『週刊朝日』にて作家の今東光が連載された小説『悪名』は、河内の暴れ者の八尾の朝吉を主人公として、大映の田中徳三監督により1961年に映画化されました。

河内にある農家の息子の朝吉は、無類の暴れん坊で知られ、松島遊廓で土地のやくざのモートルの貞と対決して倒してしまいます。貞は、朝吉を親分にして、2人は因島へ売られた琴糸を救おうと島へ殴り込みます…。

勝新太郎の主演では、「座頭市」シリーズ以前に最初に記録的なヒットをした作品となります。

庶民を泣かすような悪徳ヤクザは許さない!名コンビ勝新太郎と田宮二郎

勝新太郎は朝吉を、弟分のモートルの貞を田宮二郎が演じ、第2作『続悪名』(1961)で完結する予定で制作しましたが、思わぬ大ヒット。

田宮二郎が演じたモートルの貞は、2作目で死んでしまいますが、シリーズ化するために、苦肉の策として3作目の『新悪名』(1962)で、兄と生き写しの弟の清次を登場させてコンビを復活。この大人気シリーズは全16作まで続きました。

昔気質の任侠道の持ち主な朝吉と、腕も度胸も人一倍な現代的なモートルの貞のコンビが好対照で映画ファンを魅了。貞を演じた田宮二郎にとってはこのシリーズが出世作となります。

ベスト1;怪物的キャラクターと盲目ヒーロー!勝新太郎の「座頭市」シリーズ

1962年に、大映が制作した『座頭市物語』は、勝新太郎の「座頭市シリーズ」の記念すべき第1作。原作者の子母沢寛の随筆集『ふところ手帖』に収録された短編「座頭市物語」を基にしているものの、物語やキャラクターは原作からは大きく離れています。

賭博のツボ振りと居合い抜きの刀捌きでは、誰も及ばぬ凄腕の座頭市は、飯岡助五郎の客分として厄介になります。市は釣りで知り合った肺病やみの浪人の平手造酒に友情を感じるのですが、平手は助五郎と犬猿の仲である笹川繁造の客分として身を置いていました。やがて、運命の糸は市と平手を対決へと導いてしまいます…。

実は座頭市を演じる以前に、1960年公開された『不知火検校』でそれまでにないダークヒーローを演じています。

『不知火検校』でも中村玉緒と勝新太郎は共演しています

杉の市役という、殺人、強盗、ゆすりと悪行を行う初の二枚目ではない配役に挑んだ作品。また、画期的であったのは、勝新太郎のトレードマークであるクリクリとした少年のような瞳を、敢えて閉じるという方法で新境地を切り開くアイデアを見せたのです。

これが「座頭市」シリーズへの原点になったことは一般的に広く知られています。

バブル時代のシリーズ最後の映画化『座頭市』(1989)製作・監督・主演の勝新太郎

市は、知り合いの儀肋を頼って身を寄せようと漁村に辿り着きます。その地域を取り仕切る権力者・八州取締役に近づくと地盤を確固たるものにしようとした五右衛門。大親分の叔父を殺して一家を乗っ取って八州取締役と組むことにして…。

最後の作品でも、彼の豪快さは健在です。座頭市というキャラクターが、他の作品の主人公たちと大きく違っていた魅力は、演じることが好きであった勝新太郎の等身大を越えたキャラクターだったことにあるようです。

勝新が考えた座頭市の居合い抜刀の動画集め!

勝新太郎は、座頭市のキャラクターを愛していました。よりよい「座頭市」をつくるため、居合い抜きの殺陣のアイデアや、物語の見せ場など楽しみつつ本気で考え、最上の「座頭市」を作り上げます。

映画の全シリーズは26作品。1974年には、同じく勝新太郎の主演でテレビドラマ・シリーズ化。映画版やテレビシリーズで監督も兼任するようになり、役者としてだけではなく製作に携わっていくなど、座頭市は彼のライフワークとも言うべき代表作となったのです。

勝新太郎と昭和の名優たちの共演作ベスト3

ベスト3:勝新太郎と「世界のミフネ」三船敏郎の夢の対決?!

1970年公開に公開された「座頭市」シリーズの第20作の岡本喜八監督の『座頭市と用心棒』。

勝新太郎は、「世界のミフネ」と呼ばれた三船敏郎の代表作である『用心棒』と、座頭市の夢の対決で共演を果たします。

この物語は、市が、蓮華沢の里に来るところから始まります。里では、小仏の政五郎が横暴な振る舞いをしていました。市が来たことを知った政五郎は、用心棒の浪人の佐々大作に百両で市を抹殺するよう頼みます。

用心棒は、盲人の按摩が相手だと知ると一旦は断ったが百両の金に釣られて承知します。しかし、対決して市が只者でない事を知った用心棒は、一笑すると「バケモノ」と言い、市も「ケダモノ」とつ呟くのですが…。

制作は勝プロダクションで、大映の看板女優の若尾文子も迎えて、さらには、往年の時代劇スター嵐寛寿郎や新劇の滝沢修などの豪華ゲストが話題となった作品。三船敏郎は初めは軽いゲスト出演ぐらいだろうと思っていようで、脚本のタイトルの『座頭市と用心棒』を見て大変驚いたそうです。

やはり一番の目玉は座頭市の勝新太郎と、用心棒の三船敏郎の対決。その結末は、いかに?

「座頭市」シリーズ最大のヒットを記録したそうです。

ベスト2:勝新太郎と「任侠道」の高倉健の共演作を発見!

1974年に、勝プロダクション制作で公開された斉藤耕一監督の『無宿』で、高倉健との唯一の共演を果たしています。

この物語は、昭和12年、刑務所で同じ釜の飯を食った錠吉と玄造がともに出所をします。錠吉は、兄弟分を殺した仇敵を探し求めて売春婦に身を落とした兄貴分の女房を訪ねますが、彼女はすでに死亡。そこで出会った売春婦のサキエから自分を助けて欲しいと錠吉は頼まれす。

やがて、売春宿に遊びに来ていた玄造と協力してサキエを足抜けさせることに成功。そこで3人は、ふとしたことで知った海底に沈む財宝の探しに夢中になっていくのですが…。

『無宿』の元ネタはフランス映画『冒険者たち』へのリスペクト

また、この作品は、1967年にロベール・アンリコ監督で公開された『冒険者たち』をモチーフに、男たちの夢とロマンを描いた異色の冒険譚を作ったそうです。

自動車技師のローランは、新型のレーシングエンジン開発に取り組む中年の男、その友人で複葉機パイロットのハンサムな若者マヌー。ある日ローランの工場に、前衛彫刻家のレティシアが彫刻に使う材料探しにやってきます。それぞれの3人は、夢の実現化の為に互いに支え合い絆を深めていこうとしていたのですが…。

本家のフランス映画の『冒険者たち』に出演したのは、俳優のアラン・ドロンとリノ・ヴァンチュラ、女優のジョアンナ・シムカス。影響を受けた日本版の作品は、勝新太郎と高倉健、そして梶芽衣子。どちらも男2人と女1人の美しいロードムービーとして描かれています。

ベスト1・勝新太郎と時代劇の出演が珍しい石原裕次郎、三島由紀夫との共演作があった!

1969年に公開された五社英雄監督の『人斬り』は、勝プロダクションとフジテレビが製作、大映が配給しました。主演は勝新太郎が岡田以蔵を演じて、迫力満点の殺陣シーンを展開、期待を裏切らないスケールと貫禄を充分に発揮した作品です。

動乱の幕末時代を舞台に、京の都にその名を轟かせた土佐の最強の剣士・岡田以蔵の半生を描いた歴史劇作品。司馬遼太郎の小説『人斬り以蔵』をモチーフとしています。

この物語の主人公岡田以蔵は、土佐の貧乏な郷士のもとで育った酒と女に目のない暴れ者。そんな彼を「人斬り以蔵」とまで呼ばれる刺客に仕込んだのは、土佐勤王党の首領である武市半平太だったのです。冷淡な革命家の武市は、自己実現の政策の為に以蔵の凄腕を必要としていました。

土佐藩主の執政吉田東洋を、門出の血祭りにして京に上った2人は、次々に殺戮を繰り返し好ましくない人物を斬り殺して行きます。やがて、以蔵の活躍は、一躍京の話題となり、薩摩の有名な人斬り田中新兵衛と比較されるほどになっていきますが…。

この作品では、勝新太郎とプライベートでも「兄弟」と呼び合い、深い親交があった石原裕次郎が珍しく時代劇に出演しています。また、剣客の田中新兵衛役で出演する文豪の三島由紀夫は堂々たる存在感を見せます。翌年、三島自身が壮絶な死を遂げたことでも、注目を集めた作品でした。

憧れの天才勝新太郎の「座頭市」を引き継いだトップ3!

1番は何といっても北野武の『座頭市』(2003)は有名

2003年に公開された北野武監督、ビートたけし主演の『座頭市』は、北野武監督の初時代劇であり、盲目の市の活躍を描いた勝新太郎にリスペクトした作品。

この物語は、宿場町に訪れた朱塗りの杖を持った金髪で盲目の座頭市。博打好きの新吉と出会いったこと後に、叔母で野菜売りのおうめから地域の住民を苦しめる銀蔵一家の数々の悪業を聞かされます。

また、流し芸者に身をやつし、父母の両親の命と財産を奪った「くちなわの親分」を探して旅を続ける姉弟のおきぬとおせいの両親の仇が銀蔵たちであると知った市は、一肌脱ぐことを決意しますが…。

観客動員数は200万人を越えて北野映画のヒット作となり、ヴェネチア国際映画祭監督賞、オープン2003賞、観客賞、トロント国際映画祭ピープルズ・チョイス・アウォードなど、国内外で複数の賞を受賞の快挙を得ます。

生前、1992年に北野武は、文藝春秋誌上で対談していました。その中で、勝は北野武に座頭市のワンシーンのイメージを語ります。

勝新太郎のアイデアとは、「怪しげな煙の中で足をバタバタさせながら握り飯を喰う百姓、そこに現れる市、やがて追っ手の足音が聞こえ百姓の足音と重なり一つのリズムとなる。市は踊りだし旅人風の追手と殺陣を繰り広げる」というものでした。

そして「たけちゃん」と呼びながら北野武に、百姓か、旅人姿で出演をしないかと持ちかけます。北野武監督の『座頭市』のラストシーンで披露されるタップダンスは、この対談での勝新太郎のアイデアを基にしたのかも知れませんね。

海外からも2番手のルトガー・ハウアー、『ブラインド・フューリー』(1989)

1989年に公開されたフィリップ・ノイス監督の『ブラインド・フューリー』(Blind Fury)は、勝プロから正式に許可を得て製作されたアメリカ版『座頭市』です。

ベトナム戦争で視力を失なったニック・パーカーは、アメリカに帰国後、戦友フランクを訪ねます。しかし、フランクは麻薬組織のドン・マクレディに捕らえられ、組織の手先はフランクの妻リンを、ニックの眼の前で殺害します。たった1人残されてしまった息子ビリーを連れてニックは。フランク一味の元へ向かいますが…。

原作は笠原良三、1967年に公開された三隅研次監督の『座頭市血煙り街道』(シリーズの第17作)を、ベースにしたアクション映画。

フィリップ・ノイス監督は、主演のルトガー・ハウアーが持つ内面性を引き立てた演出を試みたようです。どのように現代版に置き換えたのか、本家の勝新太郎の「座頭市」と比較して鑑賞をするのも楽しみかもしれませんよ。

3番手に挙げるなら、2017年に市川海老蔵も座頭市に挑戦!

『六本木歌舞伎「座頭市(仮)」』が、2017年2月4日から東京・EX THEATER ROPPONGIで上演される予定です。

この作品では、あのリリー・フランキーが脚本を担当。リリー・フランキーならではの新解釈による「座頭市」を上演したいと、演出の三池崇史監督と主演を務める市川海老蔵が現在企画を温めています。

勝新太郎が、クリクリした魅惑的な瞳を封印して挑んだように、市川海老蔵のあの眼力を封印したら面白いのではないか、「座頭市」が選出されたようです。また、三池崇史監督の熱いラブコールによって、女優の寺島しのぶもキャストとして参加。

このように今なお、勝新太郎の「座頭市」に挑戦したい俳優は、後を絶ちません。

20世紀最後の巨匠画家バルテュスも勝新太郎ファンだった

フランスの画家のバルテュスは、本名はバルタザール・ミシェル・クロソウスキー・ド・ローラ。20世紀最高の画家とパブロ・ピカソは、バルテュスを「20世紀最後の巨匠」と述べています。

バルテュスは日本に訪れた際に、勝新太郎の映画ポスターに惹かれて以来、勝のファンであることを名乗っています。

晩年のバルテュスは山荘の自宅に勝を招待。そこでサービス精神の旺盛な勝新太郎は、バルテュスを前にして得意な居合抜きや、三味線演奏を行なったことがあり、その際の映像も残されています。

芸術家バルディスに愛されたのは、世界中で人気を誇った証しのひとつですね。

勝新太郎の息子と中村玉緒の現在?

勝新太郎が歌う「座頭市子守唄」、歌声が渋い!

勝が生み出した座頭市は、子煩悩のキャラクターとしても有名。赤ん坊や子どもを抱えながら殺陣の大立ち回りをするシーンは名物となり、『子連れ狼』に通じる原点だとも言われています。

たまに、市は、泣く赤ん坊に自分の乳を吸わせたりするなどのコミカルな場面もあります。

実生活でも彼は子煩悩だったのでしょう。中村玉緒の間に1964年8月9日生まれの息子で俳優の鴈龍(がんりゅう)がいます。

1989年に、勝新太郎が監督を務めた映画『座頭市』で、本名の奥村雄大としてデビュー。しかし、1988年12月26日、広島県福山市みろくの里撮影所で行われた殺陣の撮影中に、斬られ役の俳優を誤って死亡させてしまいます。

以後、奥村雄大は、芸能界を去り謹慎生活を送ります。

1994年に、勝新太郎が演出と主演を務める舞台『不知火検校』で本格的に息子を復帰させます。これを機に芸名も変更、母方の祖父の二代目中村鴈治郎から1字を貰い受け、姓を「鴈」として、芸名を「鴈龍太郎」にします。やがて後に「鴈龍」とし、活躍中です。

勝がこの世を去ってから、2017年で20年が経ちます。中村玉緒は夫を亡くした後も、女優として活躍中です。

2017年公開予定の、『一茶』では、一茶の母さつ役で出演し、その存在感をしめしています。

勝新太郎は亡くなる直前に、原宿で車を停め、中村玉緒を散歩に誘います。その時玉緒の手を取り、並木道をゆっくりと歩いたそうです。それが、生涯にたった一度、中村玉緒と腕を組んで歩いた5分間だったと、目を潤ませ振り返っていました。