2017年7月6日更新

今こそディスコ!70'sの雰囲気を感じとれる音楽と映画

『サタデー・ナイト・フィーバー』

不思議なほどの熱気とパワーにあふれた1970年代がにわかに注目されています。そして70年代と言えば、世界規模で人気を博したディスコを思い浮かべる人も多いでしょう。ここではそんなディスコ・ブームを、音楽や映画の側面から振り返ってみます!

そもそもディスコって?

フランス語の「ディスコテック(discothèque)」が語源の「ディスコ」は、生バンドによる演奏が難しかった第二次大戦中の社交場で、代わりにレコードをかけるようになったことがその始まりだと言われています。 1960年代に入るとニューヨークの特にゲイたちの間で大きな人気を呼びます。「クラブ」という名称にとって代わるまで、70年代から80年代を黄金期として若者文化と最先端音楽シーンの一翼を担いました。 70年代のカルチャーに再び注目が集まる中、ここではディスコが大流行した当時を振り返り、またディスコを題材とした映画を紹介しながら、再びその魅力や世界中を熱狂させたパワーの源に迫ります。

数々の大ヒット曲を生んだディスコ・ミュージック

最初に火が付いたのがニューヨークのゲイの間だったこともあり、音楽の立役者となったのは黒人アーティストを中心にしたソウルやファンクなどのリズム・アンド・ブルース(R&B) でした。シックやヴィレッジ・ピープル、ビージーズなどが当時の代表的アーティストです。 そんな中、一世を風靡したのがドナ・サマーです。ジョルジオ・モロダーがプロデュースした独特のエレクトロニックサウンドはどの曲も大ヒットし、不動の「ディスコ・クィーン」と呼ばれました。例えば『ホット・スタッフ』や『ラスト・ダンス』、他にもヴィレッジ・ピープルの『Y.M.C.A.』など、ディスコで踊るためのBGMに留まらず、年齢や国を越え世界中で爆発的なヒットを記録した曲も多数生まれています。 80年代以降はよりポップス色が強くなっていき、またユーロビートなど日本独特の流行もありましたが、よりメジャーでジャンルの垣根を越えた自由な形へと変遷していきます。

最先端カルチャーの発信地だったディスコ

ディスコは、単に流行の音楽に身をゆだね自由にダンスする場所であるに留まらず、新しいカルチャーやライフスタイルの情報発信基地として大きな潮流を生み出す舞台となりました。 例えば、1977年にオープンし一世を風靡したニューヨークのディスコ「スタジオ54」は、映画スターや芸術家・ファッションデザイナー・ミュージシャンら当時のセレブリティの社交場でした。マイケル・ジャクソン、ミック・ジャガー、イヴ・サンローラン、アンディ・ウォーホルなどはほんのごく一部、さらにドナルド・トランプなど政財界の大物すら足を運んだと言います。 彼らがディスコを舞台に互いに影響し合い、情報交換してネットワークを拡げ、それぞれの分野で才能を開花させていったのです。その結果、あらゆる文化や社会の側面にディスコの影響が表出するようになり、それはもはやサブではなくメインストリームと言ってもいいものでした。 また音楽とダンスをより楽しむ手段として、ドラッグの拡散という負の遺産を生んだことも事実です。

世界的ディスコ・ブームを巻き起こした伝説的映画『サタデー・ナイト・フィーバー』

1977年、アメリカではすでに盛り上がりつつあったディスコ・ブームを世界的なものに決定づける映画が公開されます。当時まだほとんど無名に近かったジョン・トラボルタを、一躍大スターの座へと押し上げた映画『サタデー・ナイト・フィーバー』です。 トラボルタが演じたのは、ニューヨークのブルックリンに暮らすペンキ職人のトニーです。毎週土曜におしゃれしては、ディスコで得意のダンスを披露しストレスを発散する青年でしたが、ある日、チャーミングなステファニーに出会います。彼女の真摯な生き方はトニーを変え、やがてステップアップするために2人はパートナーを組んでダンス競技会に出場することを決心するのです。 トラボルタのみずみずしい魅力と斬新なダンスが評判になったばかりか、ディスコを舞台に描いた若者の成長物語は多くの共感を呼び、社会現象を巻き起こすほどの世界的大ヒット作となりました。もちろん翌年に公開された日本も例外ではなく、「フィーバー」は当時の流行語にもなっています。

『サタデー・ナイト・フィーバー』に楽曲提供したビージーズ

映画を大ヒットさせた大きな要因の一つが、ビージーズが提供した楽曲によるものであることは言うまでもありません。実際、映画ばかりかサウンドトラックも驚くべき売り上げを記録し、ビルボードで24週連続1位、『ステイン・アライブ』などビージーズが提供した7曲のうちなんと6曲が同1位を記録するという快挙を成し遂げました。 グラミー賞では最優秀アルバム賞を受賞し、全世界で4000万枚を売り上げた記録は、マイケル・ジャクソンの『スリラー』に抜かれるまで堂々第1位に君臨し続けたのです。 ビージーズはイギリス出身の兄弟トリオとして、60年代から『マサチューセッツ』や『若葉のころ』など複数のスマッシュヒットを放っていましたが、ファルセットを多用した本作の驚異的なヒットによりその名声を不動のものとしました。3人のうちモーリスとロビンはすでに亡くなりましたが、長男のバリー・ギブは現役で活躍しています。

ディスコを題材にした映画を紹介!

ディスコはもちろん、これまで数々の映画の中で題材として取り上げられてきました。 当時を記録したドキュメンタリーから若者たちのみずみずしい青春ストーリー、軽いコメディーからディスコの裏表を描いたシリアスドラマまで、その内容は実に多岐に富んでいます。直接そのものを題材としていなくとも、70年代や80年代を舞台した物語ではごく普通にディスコが登場することも度々です。 共通するのは、誰もが一度は耳にしたことがあるはずのディスコ・ミュージックに彩られていることかもしれません。そんな中から毛色の違うおすすめの4作品をご紹介しましょう。

『ディスコ・レボリューション』【2012年】

70年代のディスコ・ブームとその革命的とも言えるパワーを写し取ったカナダのドキュメンタリー映画です。グロリア・ゲイナーやヴィレッジ・ピープル、クール&ザ・ギャングらのインタビュー映像と当時のディスコ・シーンを記録した貴重なフィルムを中心に構成されています。 黎明期からいかなるプロセスを経て世界を席巻する爆発的な流行に至ったのか、さらにその背景にあったゲイや黒人の解放運動に迫り、やがて陰りが見え始めるまでの栄枯盛衰と裏側を描きます。 ディスコの歴史を学びながら、同時に当時の懐かしい名曲の数々も楽しめるエンターテイメント作品としても一見の価値があります。

『DISCO』【2008年】

フランスのノルマンディーにある小さな港町を舞台に、さえない中年のオヤジ3人組が昔を思い出し、ダンスコンテストに出場するため奮闘します。人気コメディアンのフランク・デュボスクに、ジェラール・ドパルデューやエマニュエル・ベアールなど豪華なキャストが揃った大人のほろ苦い青春コメディー映画です。 かつてトリオ「ビー・キング」の名でディスコに君臨していた3人も、今やダサくてさえない40オヤジ。コンテストの賞品が海外旅行であることを知り、家族のため、すっかり落ちぶれた自分自身のためにディスコの舞台に舞い戻ります。 ドナ・サマーやアース・ウィンド&ファイアーなどの名曲が全編に散りばめられ、男たちの悪戦苦闘ぶりをきらびやかに盛り上げます。さて、3人は再びミラーボールの下で輝くことができるのでしょうか?

『ラスト・デイズ・オブ・ディスコ』【1998年】

80年代初めのニューヨークを舞台にした若者たちの青春映画です。出会いや自由を求めてディスコに通う日常に友情や恋愛模様を絡めて描きます。やがてディスコ・ブームにわずかな陰りの足音が聞こえ始める時期でもあり、そんな中で青春の光と影が浮き彫りになります。 主人公のアリスをクロエ・セビニー、シャーロットをケイト・ベッキンセールが演じています。また1983年の世界的大ヒット映画『フラッシュダンス』で主演を務めたジェニファー・ビールスが脇役で出演しているのも見逃せません。 音楽はもちろん、シック、ダイアナ・ロス、シェリル・リンら当時のヒット曲にあふれています。ラストのダンスシーンがキュートです。

『パリ、夜は眠らない。』【1990年】

80年代のニューヨーク・ハーレムを舞台に、パワーあふれるゲイカルチャーに迫ったドキュメンタリー映画です。女流監督のジェニー・リヴィングストンが、リアルなゲイたちの赤裸々な姿をなまなましいばかりのタッチで切り取りました。 自らが属するコミュニティを「パリ」と呼ぶ、ハーレムに暮らす黒人やラテン系のゲイたち。BALLと名づけられたコンテストに集い、女装はもちろん思い思いのファッションとダンスを競い合う姿には、マイノリティ独特の自己主張とハングリーな独創性が漲っています。 マドンナが取り上げて有名になったヴォーギングというダンスは、このBALLから生まれたことは有名です。

今、再び注目を集めるディスコ・カルチャー

時代とともに「ディスコ」は「クラブ」という名前と形態にとって代わりましたが、今も最先端の流行や文化の情報発信地のひとつであることに変わりはありません。 そればかりか、単に懐かしいというノスタルジーではなく、ディスコに代表される70年代から80年代の情熱にあふれたカルチャーそのものを再評価し、今に甦らせようという機運すら高まっています。その中心にいるのが当時を知らない若者たちです。 これからもディスコ・カルチャーは燦然と輝いて、映画や音楽はもちろん、新しく生まれる潮流に大きな影響を与え続けることは間違いありません。